+α閑話〜エキドナとエブリン、買い物デートをする(注:エブリンが買収しただけ) 前編〜
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ここは聖サーアリット学園のとある一室。うら若き乙女達の楽しげな笑い声が辺りに響く。
彼女らのそんな声を聞きながら、花園の中心に居た男が呟いた。
「やっぱ俺の居場所はここだわ…ツッコミ役なんかじゃねぇ…ただの女好きチャラ男……」
わざとらしいくらい染み染みと感慨深そうに溜め息を吐くのは、フランシス・リードである。
フランシスの様子を見て、両サイドで彼の腕を絡ませたり後ろから軽く抱き締めたり、太腿の上に頭を預けたりしている女子生徒らがおかしそうに話し掛けた。
「急に何言ってんのおもしろーい!」
「『過労』ってやつー?」
「フラぁ〜ン、最近遊んでくれないから寂しかった〜♡」
甘い声でしなだれかかる女子に対して、フランシスは笑みを浮かべ、慣れた手つきで彼女の顎に軽く指を添えるのだった。
余談だが、彼女らは同時進行で交際しているフランシスの恋人達である。
「まぁまぁ、今日はたっぷり可愛がってやるからさ…♡ この後どう?」
「えーどうしよっかなぁ〜?」
「ずるーいアタシも〜!」
「やだぁ、なら私も参加しようかしら♡♡」
聞き慣れた女の声にフランシスは硬直した。周囲の女子達が怪我をしないよう気遣いつつ、声が聞こえた方へ勢いよく振り返る。
「エブリン!!!?」
「はぁい♡」
狼狽した問い掛けに対して、出入り口付近で立ったまま鷹揚に受け流したのはフランシスによく似た赤毛を持つ美少女。彼女の名はエブリン・リード、フランシスの双子の姉である。
花園の主とは真逆で、フランシスのガールフレンド達はエブリンの登場を歓迎していた。
「あらお姉様ごきげんよう〜!」
「お久しぶりでーす☆」
「ごきげんよう♡」
「相変わらず美人ですねー♡」
代わる代わる挨拶するガールフレンド達に対して、エブリンも色っぽい笑顔で応える。
「ありがとう♡ 貴女達も最高に素敵よ♡ 今すぐお持ち帰りしたいくらい♡♡」
「「「「「「「「きゃあ〜!!」」」」」」」」
「ちょっ…待てよ嘘だろ!? なんでお前が俺んとこ来る訳!?」
テンション爆上がりのガールフレンド達に反して、フランシスは警戒した。
何故ならこの実姉に今迄散々NTRているからだ。エブリンが同性愛者だからこそ成立する、世にも奇妙な双子である。
「ドナに『浮気してる』って言い付けんぞコラ!!」
「残念ながら相手にされないのよね〜」
「オイ勝手に隣座んなっつの!」
「えーっ まだエキドナ様狙ってたんですか!?」
「ガード堅そうですもんねーっ」
「ていうか、上手くいったらいったで国揺らぎません? リアム王子と決闘じゃん」
「情熱的すぎ〜ッ!!」
エブリンに席を譲ったガールフレンドらは双子のやりとりを眺めては「きゃはははっ」と楽しげに笑っている。当然ながらフランシスの恋人達とてエブリンの言動を本気と捉えてはいない。その場のノリで軽口を叩き合っているだけなのだ。
そんな冗談を面白いと思えず、フランシスは抗議するようにジロッと彼女らを見つめた。
フランシスの複雑な内情を知ってか知らずか、エブリンは言葉少なに語る。
「そう。今回はドナちゃんの件で相談があるの…」
先程とは違う沈んだ声色。
言いながら憂いを含んだ瞳で俯く、姉のらしくない姿にフランシスは一瞬驚きで言葉を失った。
けれども、しおらしい態度が続くかと思いきや、頭を上げたエブリンの表情は意味ありげな笑顔に変わっていた。
「協力してくれるわよね? 愛する双子の弟♡♡」
数十分後……。
「ったく、人の心配返せよ。せっかくカノジョ達解散させてやったのに、蓋開けてみればただの愚痴じゃねぇか」
呆れと軽い苛立ちを隠しもせず、フランシスは立ち上がったまま己の赤毛をガシガシ掻いている。
そんな弟にエブリンは不貞腐れたように頬を膨らませていた。
「フランも協力しなさいよ〜。双子のよしみじゃない!」
「うるっせぇぇぇッ! 散々女横取りされてんのに協力する訳ねーだろ!! つか俺もドナ狙いなの忘れてね!?」
フランシスの指摘に対してエブリンも勢いよく立ち上がって抗議した。
「まーっ! でもフランは本気じゃないんでしょ? 可愛いカノジョ達がい〜っぱい居るんだから。なら良いじゃない! 最初から一人に絞る気無い癖に〜!!」
「俺はちまちま味見したい派なの!!」
「私はすべてを丸裸にして独り占めしたい派!!」
人目が無いからか、ギャーギャーとお互いの性癖を暴露し合っている。
なおフランシスはセクシー系美少女たる姉の事を『え? 美人でエロい姉ちゃんで羨ましい?? いやいやあんなの見た目は女・性癖は男で実質男兄弟だからマジで。女の話とか猥談が通じるのは楽だけど、好みのタイプもよく被るしでたまったもんじゃねぇよ』…とカノジョを含む友人知人に愚痴っているのはここだけの話である。
「それとこう見えて俺も結構本気だぜ!? リアムが婚約してなきゃもっとグイグイ攻めてるっつの!! 何よりフィンとかのやり取り見た限り間違いねぇ…あの手の女は普段ツンツンしてるけど、実は好きな相手にめちゃくちゃ尽くすタイプだ! そういう子は健気で可愛いから好物! ギャップ萌え!!」
「それは賛同するわ! ツンデレ最高!! 凍りついた心を私の愛で溶かしたいッ!!」
「わかる! あの無表情を笑顔にさせたい! あわよくばこの手で蕩けさせたい!! 」
「わかるわ! 誰にも見せない表情を私が見たい! この手で!!!」
「それな!!!」
恐らくエキドナがこの現場に出くわしていたら一発ぶん殴られるか、『気持ち悪い。しばらく私に話し掛けないで』と言いながらゴミを見るような目を向けられるか、絶縁されるかの三択であろう。
双子はしばらくギャーギャーと言い合いをして……互いに疲れたのか、二人共息を荒げながらその場でバテるのだった。ヨロヨロと同じ動きをしながら長椅子に身体を預ける。
「あぁ…そうそう、今度の日曜、私ドナちゃん達と街へ女子会するから、そこで仕掛けるつもりなの…」
「……あっそ。けど、『女子会』って事は他の女の子も居るって事だろ?」
「えぇ…もちろん。ミアとティアも参加するみたいだわ。ステラ様はミアへの苦手意識があるのを理由に不参加のようだけど」
息を整えたフランシスが軽く身体を起こしながら頷いた。
「あ〜あの二人馬合わねぇみたいだもんな…。てか、じゃあ二人きりにならなきゃガチで仕掛けるのは無理ゲーじゃね?」
「わかってないわねぇフラン」
言いながら今度はエブリンも身体を起こす。フランシスの銀朱の瞳を見つめながら、薄桃色の唇が弧を描くのだった。
「二人きりに "なる" のよ♡♡」
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日曜日。快晴。
「あれ?」
「あらドナちゃん♡ ごきげんよう♡♡」
待ち合わせ場所の噴水公園でエキドナとエブリンの二人が鉢合わせた。
「わ〜、エブリン。今日なんか可愛いね」
ほわーっとした顔で微笑むエキドナに、エブリンは「そうかしら♡」と笑顔で受け流す。
(よっしッッ!!)
表面上はいつも通りを装いつつ、内心照れながら勢いよくガッツポーズをするのだった。
というのも、今日の装いは普段と系統が違う。彼女の豊満な身体を覆うのは、淡いイエローのシャツと紺地に白の小さな水玉模様のフレアスカート。首元はスカートと同じ柄のスカーフで結ばれ、耳元を飾るの小粒のパールや小花をモチーフにしたダイヤモンドがはめ込まれたイヤリング。唐紅色の髪はサイドを編み込んでおり、実に上品で爽やかな春らしい装いである。
自分の魅力を最大限に発揮するお姉さんっぽいお色気コーデが多いエブリンであるが、エキドナが可愛いもの好きであるのに薄々気付いた結果、このコーディネートを用意したのだ。
(フランから聞いていたデート服よりももっと可愛い系なのね♡ 清楚な可愛い系に合うよう、『私は大人っぽくリード出来る可愛いお姉さん系に』って決めてたんだから♡♡)
そして情報通りエキドナの服装は可愛らしい装いだったため、エブリンはバレない程度に盗み見る。
どうやらミアやセレスティアなど、女子のみ複数人で遊ぶ場合は装いが年相応になるらしい。エキドナが着ているのはアイスブルー色のコルセットワンピースである。鎖骨下から胸にかけてふんわりしたフリルで覆われているデザインで、コルセット部分は白。Aラインスカートが相変わらずシンプルな印象を与えるが、普段の装いよりも段違いで愛らしく、彼女が時折見せる柔らかい雰囲気にマッチしている。
髪は下ろし、サイドを大きめの白と水色の石がはめ込まれたヘアピンで留めていて、ヘアピンと揃いのデザインらしき華奢な白い石が中指で輝いていた。
(流石はドナちゃん♡ 全体のバランスが優れているわ♡)
出会って以降に参加した社交などを見た限り、エキドナは学園内の装いと学園外での装いにON/OFFをつけるタイプらしい。
そんな事を考えながら、ニヤつきそうな表情筋を抑えて声を掛ける。
「ドナちゃんもいつもとお洋服が違うのね、とっても素敵で似合ってるわ♡」
「それはエブリンもでしょ」
言いながらエキドナはエブリンの目を見てにこっと微笑む。もちろん他意は無い。
「ぅッ…!」
(今すぐお持ち帰りしたいぃぃぃ…!!!)
エブリンは返り討ちに遭うのであった。すぐ抱えて自室に持ち帰れない現実に心の中で歯噛みする。
そもそもの話だが、この時のエキドナはエブリンと二人きりのデートになるとは1mmも思っていない。エキドナ、エブリン、ミア、セレスティアの四人で最近話題のいちごパフェを食べに行くと言う約束のもと、この場に居るのである。
初めはステラも誘ったが、『ミアが居るから行かない』と言う旨の断りがあったため今回は不参加。
念のため声を掛けたジェンナにはツンデレムーブをされしつつ、『里帰りで忙しい』と断られていた。
「お嬢様、毎度の事ながらわかっておりますよね?」
「耳タコだわばあや♡」
エブリン付きの老婦が主に慣れた様子で釘を刺すのに対してエブリンもまた軽い口調で答えている。
「少しエブリン様から距離を取りますか?」
「ははは…」
エキドナ付き侍女のエミリーの方はと言うと、心配そうにコソッと話し掛けるのでエキドナは苦笑いをするのだった。
その後エブリン達二人は軽く立ち話をし、彼女らの後ろに控える侍女二人が静かに待機をする中、ミア達が来るのをゆったりと待った。
だがしかし、待ち合わせ時間が過ぎても他の女子ズはなかなか来なかった。
「あれ? ミアはともかくティア氏は?? 珍しい。何かトラブルかな…」
「あらー? どうしたのかしら〜?」
二人で首を傾げているとセレスティア達の使用人らが各々手紙持参で現れる。
一言礼を言って受け取り、エキドナは手紙を開封して中身を確認した。
『新たな糧が舞い降りたため、急ぎしたため候。かたじけなきことなり。 セレスティア・リベラより』
『ごっめーん、彼ピッピのデートとダブっちゃった♡ ドナちゃが激おこプンプン丸だとあたしマジぴえん超えてぱおんだからガチでごめんて。また遊ぼ! ミア』
「癖強いなぁ」
思わず独りごちるエキドナだった。
これは蛇足だが、以前リアムからの情報提供により、フィンレー達男子ズをひたすら逆ナンしていた件について尋ねた際、ミアから
『えぇ〜? そんなつもり無いよ〜! だってほら、あたしって今迄女友達居なかったっしょ? だからちょっと距離感バグってて向こうに勘違いさせたのかもー!』
『フィンレー君もリアム王子もゴリゴリの上位貴族サマだからさぁ、平民出身の冗談が通じなかっただけだと思うよー! あっ、もちろんドナちゃが嫌ならあんま声掛けないようにするから安心して!』
…という旨の説明を受け、その際ミアが嘘を吐いている素振りが見られなかったため、一旦様子を見ている。現にミアの発言以降、『夜会で会っても声を掛けられなくなった』と弟から報告を受けているのだ。
「……もしかして、二人共欠席?」
エブリンは少し遠慮気味な態度を装いつつ手紙を持ったまま立ち尽くしたエキドナに声を掛ける。
エキドナもパッと顔を上げて困ったように笑った。
「うん、そうみたい。二人共あんまりドタキャンしないタイプなのに珍しい…」
呟くエキドナの横で、エブリンは普段通りに振る舞いながらも内心ほくそ笑むのだった。
(当たり前だわ、買収したんですもの♡♡)
ミアにはリード侯爵家のような上流階級の人間しか手に入らない、紹介制のエステサロン1日フルコース(注:お土産付き)券を、セレスティアには弟の幼少期の恥ずかしいエピソードを当時の姿絵と同封して差し入れたのだ。
「ドナちゃん…どうしましょう」
意識的に眉を下げてエキドナの方を見る。
するとエブリンの予想とは裏腹に、エキドナの反応はあっさりしていた。
「仕方が無い。限定の苺パフェも食べたいし、エブリンさえ良ければ二人で行こっか?」
その言葉に、エブリンの心が一気に晴れ渡る。
「ぜひ♡♡」
こうして、エブリンはさも当然のようにエキドナの隣を歩き、デートを開始するのであった。
(良いわ…良い流れだわぁ♡)
流石に一年近い交流を経てエブリンも学んだのだ。エキドナはあまり攻めすぎると投げ技やロープによる拘束で文字通り動きを封じられ手も足も出ない。正直手強い相手だと悟った。同時に燃えた。
なので作戦を変更し、地道にコツコツと長い時間を掛けて、一友人としてたまに軽いスキンシップはあれど、ほどほどの距離感を維持して来た。維持しつづける事で『自分に危険はありません』と言外にアピールし続けた。
今、その効果が発揮されているのだッ!
(敵には容赦無いのに身内には脇が甘いドナちゃん…単純でかわいい♡♡)
そんな事を考えながら、エブリンは上機嫌で歩みを進めるのだった。




