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+α閑話〜アーノルドと七人の青年達(壁歩き特訓編)〜

リアム視点です。


________***


季節は春。桜が開花する少し前のこと。


「う……くっ…」


息を切らし途切れる意識のさなか、ふと思った。『世の中には才能の有無がある』と。


幼少期から己の才能を自覚していた。勉学も、剣術や馬術といった運動も、礼儀作法や社交術に至るまで同世代から頭一つ抜けていた。それどころか当時の僕は大人達と渡り合える程度には優秀だった。愚鈍な伯父をすでに凌駕していたくらいだ。

そこまで抜きん出ていたのは血の滲むような努力をしたからじゃない。単に才能があったからだ。ただ、当時の僕は知らなかった。


『こんのっ…負けず嫌いがぁ!!』


世の中には一過性だとしても努力で才能に打ち勝つ人間が居る事を。

そして、


バシャア!


「起きろ! 貴様はその程度の男かッ! リアム・イグレシアス!!」


冷水の不快な感触と聞き慣れた男の怒声で重い瞼を開ける。


(……落下して気絶したのか…)


「フン、目を覚ましたかクソ餓鬼(ガキ)。まだ訓練は終わっていないぞ。もう一度登れ!!」


(アーノルドめ。人の頭を蹴りながら『クソ餓鬼』呼ばわりするのは世界中探してもこの男くらいだ)


そんな事を思いながらよろける身体を気力で起こし、壁に手を掛ける。本来なら婚約者(エキドナ)の父親と言えど、アーノルドが王族の僕に対する行いは不敬罪だ。極刑ものだろう。

けれど理解している。以前エキドナが拐われた落とし前として、彼に『煮るなり焼くなり好きにすれば良い』と告げたから抗議する資格は無いんだ。


(一瞬見えたあれは走馬灯と言うやつか…? あぁ、内容も思い出した)


__世の中には、努力で自分に勝つ人間が居る事を。


(そして、)


「おッ!? よくわかんねーけどコツがなんとなくわかって来たぜーッ!!」


壁の上部に居るのは、ややぎこちない動きだけど壁歩きをほぼ自分の物にしたニール・ケリーだ。相変わらず理屈や理論を超越した "野生の勘" とやらでこなしているのだろう。


「ふっ……ぐぬぬぬ」


ニールの後方とは言え、彼同様に壁に対して垂直に立つべく奮闘しているのはエキドナの従兄(いとこ)にあたるギャビン・ホークアイ。


「な、なるほど…。ニール(にぃ)みたく壁に穴を開けるんじゃなくて握力で足場を確保しながら上体起こしの要領で…! これなら、僕にも出来るかもしれない」


先頭二人の動きを解析しつつ、壁をよじ登る体勢からギャビンの状態へ移ろうとしているのはルイス・ケリーだ。この中では最年少にも関わらず恐ろしいくらいに吸収が早い。

以上、三名の姿を見て思った。


(『世の中には努力や才能をも超越した化け物が居る』と言う事を、昔の僕に教えてやりたかったなぁ…)


「お父さま! 僕もギャビン兄さまみたいに登りたいので、一旦壁歩きを中断して腹筋を鍛えても良いでしょうか!!?」


「よくぞ言ってくれたな流石我が愛息子!! 己の足りない部分を自覚するとは素晴らしいッ ではこの重しを授けよう。これを両腕に嵌めた状態で上体起こし五百回だ!」


「ありがとうございますお父さま!!」


(正気かこの親子)


作戦を変更したフィンレーと頑強そうな重しを両手に持ちながら嬉々とした表情をしているアーノルドの二人による奇妙なやり取りを見て、僕は引いた。

と言うのも壁歩き訓練を始めるまでに、僕達は腕立てと上体起こし、スクワットを三百回ずつ。さらにランニング10㎞をこなして来たからだ。


(昔は姉恋しさに泣きじゃくってた癖に、今ではただの脳筋)


幼馴染(フィンレー)の謎成長っぷりにただただ複雑な気分になった。


「はぁぁぁ〜〜〜〜っ…はぁぁぁ〜〜〜〜っ……し、死ぬぅぅ……」


(あいつは予想より保っているな)


僕達から少し離れた場所で筋トレ百回ずつをこなし終えたフランシスの声が聞こえて、少し思考を切り替える。武術全般の訓練は初参加らしく、息も絶え絶えではあるがなんとかランニングに取り組んでいるようだった。


「………………」


僕の隣付近で白目を剥き口から泡を噴いて失神している無様な気配を感じるけれど、死んではいないので無視し、再び壁に触れていた手に力を込めて訓練を再開する。


「ッ……!」


(重い)


自身の体重とほぼ同じ重さの鉄塊を背に乗せているから胴体が地面の方へ引っ張られる。それを耐えながらひたすら頂上を目指した。

少しずつ、少しずつ前進して行くものの全身の筋肉が悲鳴を上げ、手のひらが汗で湿り、徐々に掴む事が難しくなっていく。


「!」


しばらくよじ登ったのちに、僕は再び数m下へと落ちて行くのだった。


「道具を使わない事に疑問を覚えませんでしたか?」


出来ない事への歯痒さと、全身の痺れや痛み。それらを感じながら空を見上げていると、アーノルドが声を掛けてきた。彼の肩に乗っているのはイーサンだ。幼少から訓練しているにも関わらず運動全般の才があまり無いらしく、すぐ気絶する。

イーサンには触れずに僕は上半身をなんとか起こしてからアーノルドに返事をした。


「…意地悪な質問をしますね。敢えて使わないんでしょう?」


アーノルドが「相わらず可愛げの無い餓鬼(ガキ)ですね」と返す。


(丁寧語を混ぜれば貶しても良いと思わないでほしい)


そう。

何故このふざけた訓練内容になったのか。それはエキドナが拐われた事件への対策だろう。ダガーナイフを持った荒くれ者三人に対してあの時の僕は護身用の短剣しか携帯していなかったため不利な状況だった。

彼女の凛とした声が、金の瞳が、蘇る。


『リー様逃げて』


(…だからこそ、双剣を隠し持っていたドナが自ら(おとり)になった……)


「百億歩譲って、(エキドナ)を見捨てたのは立場上仕方が無いでしょう」


そう言いながら、アーノルドはイーサンを僕達から離れた場所まで運んで地面に軽く転がす。黙って聞いている僕の方を振り返って話を続けた。


「ただ、此度の問題点の一つは『適切な武器が無いと勝てない事』だった。貧弱な貴方に我々と同じやり方をしろなどとは流石に申しません。ですが私個人の意見としては、戦いが不利ならせめて娘を背負って壁をよじ登り、一時撤退するくらいの対応をして欲しかったのです。腐っても貴方は私の教え子ですから」


「…………」


『教え子』という言葉に内心僅かに驚きつつも、なんとも言えない気持ちになり目を伏せた。


(なんだかんだ言いながら、目の前の男からもう八年以上武術の指南を受けて来た)


『師弟関係』と言わずして何と表現するだろう。


(例え、最初は別の目的による隠れ蓑だったとしても)


「……まぁ、あの()の場合だと貴方に背負われる以前に双剣とジャンプを駆使して自力で登れる可能性がありますが」


アーノルドが少し困惑混じりな声で述べたから、堪え切れずに軽く吹き出してしまった。


「ふっ…あり得ますね」


すると少し離れた場所からアーノルドを呼ぶ声が聞こえて来た。


「…父様ー! お父様ぁー!」


「オヤオヤ、噂をすれば」


「みたいですね」


返事をしながら静かに立ち上がり、身体に付いた土を払い落とす。

こちらへ駆けて来るエキドナの装いがいつもと違う事に気付いたため、内心嫌な予感がした。何故なら彼女の長く癖の無いプラチナブロンドの髪は後ろで一つにまとめており、服装も動きやすそうなズボンだったからだ。


「自分も参加したいです!!」


生き生きした表情で片手を真っ直ぐ伸ばして声高らかに宣言する姿に、予感が的中して小さく息を吐く。

どうにか説得すべく口を開こうとした刹那、


「断る!!!」


僕より先にアーノルドが強い口調で拒否していた。その言葉に不本意ながら少し安堵する。


(流石の親馬鹿なアーノルドでも止めるか)


やや意外な気持ちで二人のやり取りを眺めていると、急にアーノルドが僕達の方へ指をさした。


「コイツら飢えた獣の中にかわいこちゃんなんか入れてみろ! 秒で喰われるぞ!! 男なんてほらアレだから、獣って言うか十代なんてムラムラし過ぎてむしろケダモノだから」


(……………はぁ!!?)


奴の想定外の発言で反射的に顔が引き攣るのを感じた。


「「「「……」」」」


イーサンとニール以外の全員が『自分達の前で娘になんて説明をするんだ』とでも言いたげに気不味そうに沈黙している。

僕もエキドナの方を見る事が出来ない。


「あっハイ…」


幻滅したような、凍り付いたようなエキドナのか細い声が耳に入った瞬間、まるでどこかが揺さぶられ、息が詰まる状態になり余計に居た堪れなくなった。きっと今頃、顔を青ざめながら後退りでもしているのだろう。


「そういう反応が一番傷付くわ!!!」


(フラン、癪だけど同意見だ)


「即座にそれだけデカい声が出せるなら、貴様手を抜いているな。欺いた罰としてフランシス・リードにランニング五十周追加する!」


「ゔっ…ゔおぉぉぉ…!」


奴の声が聞こえたかと思えば、フランシスが力無く唸り声を上げている。

するといつの間にかエキドナに付いて来たらしい、フランシスの双子の姉のエブリンの声が響く。気配からしてエキドナに急接近している。


「そうよドナちゃん! 男なんてみんな下心で頭が一杯なんだから!! ドナちゃんの全身をジッと見てはあんな事やこんな事をアレコレ考えているのよ!」


「全身下心がなんか言ってらァァァ!!!」


「追加で百周ッ!!」


わざわざエブリンの相手をした事でフランシスにまたペナルティが課されて行く。

だけど、そんな事はどうでも良い。


(アーノルド殺す。いつか必ず絶対殺す)


「フランのヤツ、意外とタフだなぁ」


アーノルドへの殺意が増すさなか、後ろでフィンレーが不思議そうに独り言を呟いているのが聞こえて、僕は少し冷静さを取り戻した。彼の言葉に同じ疑問を持ったからだ。

そして脳裏に浮かんだ仮説を唱えてみた。


「普段から十人以上の令嬢と同時に交際してるんだ。体力が無いと両立しないんでしょ」


(あくまで予想だけれど)


「…………あ、あ"ーー。なるほど…」


色々察したらしいフィンレーが、気不味そうに視線を逸らして口籠る。

こういう反応がどことなく(エキドナ)を彷彿させ、わかりやすくて面白い。僕は自然と肩の力が抜けるのを感じて、軽く口元を押さえてから話題を変えた。


「それはそうと、エブリンと二人きりで帰らせて大丈夫なの?」


「あっ確かに! また襲われてなきゃ良いんですけどってほら言わんこっちゃない……あ、迫られた姉さまがエブリンを巴投げした」


僕にも一部始終が見えた。同時に前から疑問に思っていた事を、今度はこちらから尋ねてみる。


「投げ技や寝技といった接触が前提の体術をアーノルドに禁止されているはずなのに、何故習得しているんだ?」


「それ、前から不思議なんですよね〜」


質問に対して、フィンレーは両腕を組みながら首を少し傾けて唸った。反応からして目の前のシスコンによる関与は無いようだ。


「こら、何をサボっている」


「!?」「イッタっっ!!」


頭頂部に強い痛みと衝撃が起こってフィンレーと共に膝を付く。

アーノルドの奴がわざわざ気配を消して、僕達の背後を取って空手チョップ辺りをやったらしい。地面に埋められるほどの威力は無いものの、僕達は頭頂部を覆いながらしばらくその場から動けずに居た。


「そうそう、言い忘れていましたがリアム様。学園内の警備を増やすのに加えて、隠密を常に貴方のそばに配置させて頂きますよ」


「…わかりました」


言いながら忌々しい気持ちを隠す事無くアーノルドへ視線を向ける。

すると何を勘違いしたのか、奴は僕の肩に手を置いて、さらに無駄口を叩き始めた。


「そう悔しがりなさるな。誰しも得意不得意がありますから。私だって戦闘は兎も角、侯爵としての領地運営はあまり得意では無いのです。妻のフォローで何とか形を保っています」


「……」


「…まぁ、アレです。立場故に城でも学舎(まなびや)でも常に警護と言う名の監視をされ続ける事には少し同情しますよ、えぇ。だから……」


「…?」


段々本気で憐れまれているようで薄気味悪くなり、僕は静かに顔を上げる。

アーノルドの奴は何故か照れ臭そうに頬を掻いていて正直気持ち悪かった。


「まぁ、なんです。私の眼が黒いうちなら、護衛が居なくとも大丈夫でしょう」


けれどその言動が、彼なりの僕への気遣いなんだという事を理解させて行く。


「『地獄耳』とよく言われますし。…息苦しくなった時は、いつでも我が屋敷へ来れば良い」


少しでも気色悪いと感じた相手とは言えど、流石に善意を受け取れないほど僕は子どもじゃない。


「お気遣いありがとうございます。オルティス侯しゃ…」


「まぁこれで娘に手出しはし辛くなったけどなッ! ザマァみやがれフハハハハハ!!!」


化けの皮が剥がれたアーノルドの高笑いが至近距離でこだまする。

刹那、散り積もった苛立ちが僕の中で限界を迎えていた。


(うん。やっぱりこいつはいつか必ず消そう)


こうして、時折闇討ちを並行しながら、僕達は春季休暇の間アーノルド指導の元、『壁歩き』などと言うふざけた訓練をこなして行った。

結局壁歩きは習得出来なかったけれど、重しがある状態での壁登りは速くなったからひとまず問題無いだろう。休暇が終われば新学期だ。新学期には彼らが来る。

そんな事を考えながら準備に勤しんでいた僕だけど、後日エキドナから何故か嬉しそうに『なんかリー様達、二〜三周りくらいゴツくなった?』と質問され、フランシスからは『筋肉がキモいって言われて振られた』という旨の愚痴を聞かされる事となる。


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