5話
* マリークレスト *
東大通りに面した二階建ての建物に入ります。一階は輸入茶葉を取り扱っているお店。二階はそれを飲むことが出来るところです。この店の店主は手広くやっていて、古王国人にしては珍しく新しいもの好きで、何か目新しいものがあるとお父様に献上したり見せにきたりしていました。
お茶自体も、この国に入ったのは結構前なんですが、嗜好品ですしなかなか根付かないんですよね、という話をお茶を飲みながらオリーにしていました。
二階の通りが見下ろせる席で、この店に来たときはいつもここに座っています。まぁ今はお茶を楽しむ気分では無いです。
「紅茶じゃニャくて、緑茶なんだニャ。日本茶よりは中国茶に近いのかニャア?」
コウ? リョク? 他にもよくわからない単語が。オリーの世界でもお茶をよく飲むのでしょうか。
「あぁ、ごめんニャ。お茶って確か発酵度合いと処理方法で色んな飲み方があるニャ。色だけじゃなくて味わいとかも全然違うんだニャ。でもお茶飲みたいと思ってたからこの国にもあって嬉しいニャ」
興味が無いわけではありません。これをどうやったら古王国で流行らせることが出来るかと店主に相談を受けたことがあるくらいですし。現状、この店に来る人は、地元民よりも他国人の方が多いのですよね。
「お茶は西方王国から入ってきてるんだっけか。俺もあんまり飲んだこと無いけど、まぁ悪くねえわな」
この粗野な北方人が話がわかりそうだなんて意外ね。まぁそろそろ話を進めないと。
四人がけのテーブルに私とオリーで並び、対面にヒューというなの衛士と猫たちが。
「では話をしてもらいましょうか」
「いや、話と言いましても何から語れば良いのやら」
「ヒューと言いましたね。貴方は北方王国ラィネリの出身ということでよろしいのですよね?」
「ええ、一応王都のスラーハーヴェンで産まれて、そこで育って兵士をやってました」
ッ! これは聞きたかったことが聞けそうです。兵士であれば王族の身に何があったのか知っててもおかしくはないでしょう。
「魔軍が攻めてきたときのことを聞きたいのです」
あーと言って彼は頭をボリボリかきました。お茶を飲みながらやる仕草ではないですね。まぁ先程から眉を潜めて目を細くしていたので、これ以上細くはしようがないのですが。
「最初は国境付近での小競り合いだったんですよ。様子見してたんでしょうなぁ。魔族だといっても、時々ある蛮族の侵攻程度に思ってたんで。それが徐々に敵の兵力が増してきて、国境に領地を持ってた貴族が悲鳴を上げましてね。で、上の方も嫌がってたらしいんですわ。ほら、相手の領地なんか取れないし蛮族相手じゃ賠償金も期待できないから出費だけが嵩むでしょ」
今考えるとこれは罠だったんだろうなぁ……。そう、彼は感慨深げに呟きました。
「結局派兵を決めざるを得なくって。王国軍の主力を国境に送ったんですよ。自分もその時従軍しましてね。元々人も住まねえような荒れ地ばかりのところから湧いてきた、よくわからん連中を追い返すなんてね。略奪のあてはねえ、食い物は全部自前、いやー士気も酷いもんだったわ」
そこまで言って、一度彼はお茶で喉を湿らした。あーうめぇとか言ってる。いいから早く続けなさいって。
「国境に到着しところ、襲撃があるどころかほとんど無くってね。国境って言ってもこの街みたいにきちんと壁があるわけじゃないし、野っ原で野営して敵を待ってさ。斥候出しても何も引っかからなくって。こりゃ俺たちに恐れをなして逃げやがったか? みたいなことをみんなで言ってたんですよ」
続けなさいという意味を込めて頷いてみせます。
「将軍様もこれじゃあ埒があかないから一度王都に戻るかって話してて、でも現地の貴族に泣きつかれたらしくてですねぇ。俺らも何の娯楽もない寒いだけのところに何日も待たされるってんで不平不満ばかりでしたよ」
あそこでとっとと帰ってりゃあ良かったんですよねぇ……。
「結局一週間はいましたね。そろそろ帰るかって、皆で身支度をしていたところに王都から早馬が来ましてね」
そこで彼は一旦言葉を切ってこちらを覗き込むように見てきました。
「突如現れた軍勢に王都が攻撃を受けているって」
「そ、それで……?」
いつの間にか手に力が入っていたのでしょう、握りしめた指が青くなっていました。
「そこからは強行軍でしたわ。途中休むものも休まずに、王都まで一気に全軍駆けましてね。まぁ結構脱落者も出てたんですが。そんなのおかまいなしですわ」
今でも覚えてますよ、と続ける彼の顔は暗かった。
「王都が一日の距離まで近づくと、遠くからでも煙が見えるんですよ。王都が燃える煙が。軍には地方出身者も多かったですけど、みんなそこに住んでたから、家や家族が王都にありますからね。そりゃ動けなくなっても必死で王都を目指しましたよ」
到着する頃には軍としての体をなしてなかったですからなぁ、と乾いた笑いを上げています。何がおかしいのかさっぱりわからない。
「王都の門がね、開かれてたんですよ。国境に一軍送り込んだからといって、王都の守りを疎かにする訳ないじゃないですか。でも、押し寄せる敵方も、迎え撃つ味方も、どちらも居なくて開け放たれた門だけが閑散としていました」
「あれは冬の夜長の日だったなぁ……。みんなで木に飾り付けをしてね、一晩中酒のんだり焚き火を囲んで踊ったり、毎年酷い馬鹿騒ぎでね。争いごとも絶えなくて、軍も下っ端は駆り出されて取り締まりをするような賑やかな日だったのに。あの日だけは都が静まり返っていて……」
「生きてる人間は人っ子一人居なかった」
彼の目はどんよりとしている。多分今でも思い出すのだろう。故郷が燃えている日のことを。
「皆家族の安全を確認したくて、自分の家に駆け出してくて仕方ないのに、状況が不気味すぎて固まって動いてたんだ。将軍が、城はまだ持ちこたえているはず! とか言い出したから、そのまま城へ着いて行った。そしたら、遠目に見ても王城の門は閉まってた」
そこでまた言葉を切った。
「城門の上に、一人えらい体格の良い鎧武者が居た。俺よりも頭二つくらい大きかったかなぁ。んでその横に槍に刺した生首が並んでたよ」
「……」
「国王陛下と女王陛下、王太子の首級だった」
「みんな口々に、声にならない悲鳴を上げた。そのときに横に立っていた鎧武者が大音声あげて、王都中に響くかのように『我こそは、王の第一の下僕たる軍将グライ! 北方王国ラィネリは我が手中にあり! おとなしく降伏すれば良し、さもなくばこの哀れな王の跡を追うがいい!!』ってね」
「緊張の糸が切れてみんな三々五々に逃げ出して、俺も……」
「それだけですか?」
そんなどうでもいいことには興味がない。だから彼の言葉を遮った。
「王族は他にも居たはずです。首はそれだけしかなかったのですか?」
「えっと、よくご存知で。確かに第一王女の首がありませんでした」
「第一王女はどうなったのです?」
それこそが一番重要。ほかは些末事に過ぎない。
「いや、俺はそのまま近くの貴族の領地まで逃げちまって……」
「役立たずが!」
ヒエッと言ってその大きな体を縮こませる衛士。
「そうは言いましても、一介の兵士にはどうしようも」
睨みつける。役立たずな上に無能だとは。北方王国軍はみなこのような能無しばかりだから破れたのか。
「女だから生きている可能性はありますが、その後の戦も負け続けで、軍は完全にラィネリから追い出されて」
今じゃ前線が随分南下しましたから、わかりっこないですよ。言い訳めいたことを言う。
そんなのはわかっている。やっと掴んだ彼女に関する情報がこの程度だった。死んだという証拠はない。生きていたとしても今どんな目に会っているのかわからない。私のたった一人の友だち。




