4話
* オリー *
満足してお店を出てから、マールに連れられて、更に東大通りを進む。東大通りの方にも、街中心の大広場ほど大きくはないものの、それなりの大きさの広場があった。こちらも真ん中に噴水があって、広場周辺は露天や屋台で埋め尽くされていて、今まで見てきた街のどこよりも人が多かった。お昼時だっていうのもあったかもしれない。
「腹減ったー腹減ったー」「飯よこせー飯よこせー」「お前らだけ美味そうなもの喰いやがって……」
背負い袋から怨念めいた声が立ち上ってくる。ビアンコがカルネと同レベルになっちゃってるよ。これはまずい。小声だからマールも気づいてないぽい。
「申し訳ニャい、猫たちの分に何か生肉でも買ってくれニャいかニャ」
「わかったよ。何肉が良いんだろ」
「鳥が食いてえな」「私も鳥でいいですよ」
間髪入れず背負い袋から声が。マールと二人で周囲を見渡すけど、猫たちの声に気がついた人は居ないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「んじゃ鶏でも買ってきて欲しいニャ」
「あんたも来なさいよ」
そりゃそうだ、とばかりに彼女と人混みをかき分けながら肉屋を探す。大通りから南に少し入った肉屋通り(肉の処理とかする場所は臭いが凄いので固められてるらしい)に足を踏み入れると凄かった。臭いとハエが。ちなみに、東大通りからは職人街へも行けるらしい。
ショーケース付きのカウンターなんて存在しないし、当然冷蔵庫もない。店の奥には各種動物が吊るされてて血が地面にボトボト落ちてる。で、店頭には解体された豚やら羊やらが部位ごとに並べて置かれてて、その場で捌いて量り売りをしてた。兎、カモ、鶏は軒先に逆さ吊るしになってる。夏場は本当にヤバそうだなぁ。
「あー、やっぱりここ来るとキツイわねー」
マールも街に来るとは行ってもここはあんまり来たことが無いらしい。子供の頃に迷い込んでショックを受けたそうな。そのときはしばらく肉が食べれなくなって伯爵に叱られたんだと。
あ、猫たちが背負い袋の中で動いてるのがわかる。顔を出すどころか、身を乗り出して僕の肩に乗っかってるや。
「きちんと買うまで我慢しないといかんニャ」
「わかってますよ。ええ、わかってますとも。だから早く買いなさい」
「俺は自分で獲った獲物を食う方が好きなんだが、これだけあると……」
ビアンコは口調が変わってるし、カルネも言葉を失った程だった。
「ニールは人口も多いんで消費される肉の量も桁違いだからね。じゃあさっさと鶏買ってこようか。あたしは肉の目利きは出来ないからハズレだったらごめんねー?」
「お待ちなさい、こんな重要な役目を素人には任せられません」
「はい、俺! 俺が選ぶぜ俺が!」
オレオレ煩いよ。まぁ性格変わるほどならカルネに選ばせてあげようか。でも、猫の餌にするからって鶏買ってたら贅沢するなって凄い怒られそう。ばれないようにするにはどうしたものか。
「ちょい作戦会議するニャ。人の居ない場所に行きたいニャ」
「はぁ。それならちょっと路地にでも。ここらへんはまだ治安も悪くないはず」
「そんな余裕はありませんよ、オリー!」
「早くしろッ! どうなっても知らんぞー!!」
君らおかしくなってるから。今にも背負い袋から飛び出そうとする猫たちをなんとかなだめつつ路地に入る。
「カルネに選ばせたいニャ、でも店先に猫は出したくニャい。どうしたら良いニャ?」
みんなで考え込む。猫ってどうやって獲物を判断するんだろ。視力はそんな良くないしやっぱり臭いかな?
「袋から出て探せばいいじゃねえか! 早く行くぞ!」
はい、カルネステイ!
「背負い袋を前掛けして横から顔を出すってのはどう?」
直接カルネが探すなら、今のマールの提案が一番かな?
「一つ試したい術があるのですが、どうでしょう」
「魔術? どんな?」
ビアンコの発言にマールが食いついた。この人、本当に魔術に目が無いね……。
「先日お嬢様にお話を聞いた付与魔法の応用で、オリーの嗅覚をカルネと共用させようかと」
「オリーが嗅いだ臭いをキジトラちゃんも嗅げるようにするっていうことだよね?」
人同士なら感覚共有は出来るはず。使い魔と術士なら普通。でもそうじゃない人と獣はどうなんだろう? ってマールが首を捻ってる。
「血族化の進んでいるオリーとなら大丈夫でしょう」
おいッ、聞いてないよ?!
「おま、それどういうことニャ?!」
「議論をしている暇はありません。もうあまり時間はないのです。我々の我慢も限界に近いのですよ」
そういうとビアンコが袋から上半身を出して僕の後頭部を触った。また呪文の詠唱が始まる。
「……深淵なる海原の底、永劫のまどろみより目覚め……契約を我と、仮初の命を共有し……」
お前それ、絶対やばい奴を召喚する呪文やろ!!
……詠唱が終わっても僕自身に変化は無かった。
「ウニャ、終わりニャ?」
「変化があるのはカルネの方ですからね。カルネ、どうです?」
「オリー、ちょっと何か臭い嗅いでくれ」
急に言われてもすぐ近くで臭うものって。興味深さげにこちらを見ているマールが目についた。
「失礼するニャ」
彼女に顔を近づけて髪の毛の臭いを嗅ぐ。
「フワワッ! 何をするんですの!」
すぐ押しのけられた。
「おー、お嬢ちゃんの臭いだな。もうちょい質の良い整髪料使った方が良いんじゃねえかなぁ」
「し、失礼な! 一応流行のものを使ってるのですよ! オリーも身分の高い女性に同意無くそんなことをしてはいけません!」
マールは真っ赤になって怒ってる。ちょっと軽率だったかもしれないけど、魔法の方は大丈夫そうだね。
「ハハッ、ごめんニャ」
昔から一度やってみたかったんだ……。あーでもキモかったかもしれん。キモかったですよね。反省します……。
「成功のようですね。では行きましょう!」
「行くぜ! 早く行くぜ!!」
「行くから爪をたてるのはやめるニャ!」
ビアンコとカルネが背中から爪をたててせっついてくる。ほんと痛いからやめろって。急き立てられながら路地を出る。
「待ちなさい、まだ話は終わってませんよ!」
マールもついてきて、また肉屋通りで品定め。途中で嗅覚だけじゃなくて視覚も共有して、熟成度合いや肉付きを見ながら目当てのものを探す。結構時間はかかったものの、なんとか納得行く商品が見つかったのでマールに買ってもらう。
それをまた路地に入ってビアンコとカルネで仲良く分け合って食事。気のせいかもなぁ、二匹ともこっちに来てから食べる速度早くなってない?
「うーん、確かに腹いっぱいにはなったが……」
「そうですね、やはりちゅーるの方が……」
贅沢過ぎィ!! あんだけ苦労して決めたのにそれかよ! これだからお猫さまは……。
流石にちゅーるは無いからな! あー、ペット食品として異世界でちゅーる生産して経済を握るというのはありかな……?
「元の世界に未練なぞ無いつもりではありましたが」
「そうだな、ちゅーる食いてえから戻る方法探すか」
お前ら兄弟仲いいな。
「その、ちゅーる? って何?」
「元の世界にあった猫用の食品で、マタタビ以上に猫を狂わせるヤバイ商品だニャ」
もはや合法麻薬と言っても差し支えない商品だった。ちゅーる合成魔法の研究に着手するときが来たか……とかビアンコが背負い袋のなかで呟いてるけど無視しておこう。
「あんたたち何をしてなさるんで?」
突然横から声をかけられた。
「路地から声がしてたんで覗いて見たんですが、猫使いさんじゃねえですか」
あぁ、ヒゲモジャの傭兵さんだ。ヒューだっけ。服装が見違えたというか、門番とかの人と同じ制服を来てる。右の二の腕には赤いスカーフ巻いてるし。何かの意匠かな。
「こんにちはだニャ」
「おや、いつの間に喋れるようになったんです? それにしてもおかしななまりだな」
「ニャハハ、ちょっとニャ」
「まぁ、あんたらなら何をしてもおかしくはないからねぇ。深くはツッコミませんぜ」
「ヒューさん、その格好はどうしたんだニャ?」
「あぁこれかい?」
ヒゲモジャの傭兵はそう言ってからこちらに見せるようにくるりとその場で回ってみせた。
「オータルの旦那の口利きでね。この街の衛士をやることになったのさ」
まだ見習いだけどね、と。
「ニャー」
なんてやりとりをしてたら横からつつかれる。
「あんた知り合いなんて何時出来たの?」
あぁそうか、マールはついてこなかったから会ったこと無いんだね。
「こちら元傭兵のヒューニャ。かなりの剣の腕前ニャ」
こないだの討伐のときに、参加した人で魔獣とか魔軍に関する知識もあるみたいで、結構お世話になったんだよと続ける。
「お初にお目にかかりますお嬢さん。生まれは北の方なんだが、戦争のせいで随分南に来ちまった。さっきも言ったが衛士になったんで何かあったら頼ってくれ」
そう言って粗野な傭兵上がりとは思えないくらい洗練された動きで挨拶をした。こちらの作法はさっぱり知らない僕だけど、彼の挙措進退が見事なことだけはわかった。
「これはご丁寧に。衛士なら顔を合わせることもあるかもしれないし、名乗った方が良いかもしれませんね。私はこの地の領主ナースロー・ダ・ファズバン・ニールの娘マリークレスト・ラ・ファズバン・ニールです」
それを聞いたヒューは、うおっと目を剥いて、後ずさり敬礼をした。
「これはお嬢様。私めのようなものに御名を頂戴いただき感謝の極みです」
「名のりを聞くだけで信じちゃうかニャ?」
「そらお前さん、よそならいざしらず確認しようと思えばすぐの、お膝元で騙るやつなんかいねえって。あとはほら、猫使いのあんたが領主様のところの客人だってのは聞いてるからなぁ」
「なるほ」
返事をしようとしたら、マールに横から食い気味に遮られた。珍しいね。
「先程北の生まれだとおっしゃってましたが、お国はどちらで?」
「あぁ、ラィネリなんですよ。もう無くなっちまいましたがね」
そう言ったときにだけ、普段の軽い口調も潜めて目を伏せたのが印象的だった。
「……!」
そんなヒューさんとは対象的に、返事を聞いて彼女の雰囲気が一変したのを感じた。何かを堪えているような、今にも叫びだしそうな、そんな感じがする。よく見たら手を握りしめていて、奥歯を噛み締めているのがなんとなくわかった。
「詳しい話を聞かせてもらいます」
「えっ、いや構いませんが自分は今勤務中でして」
「私が大丈夫だと言えば大丈夫です」
「あっはい。そういうことでしたらお話させていただきますが、ここで続けるので?」
肉選びからこちら1時間くらいここにいるんだよね。さらに路地で長話ってのは流石に僕も嫌だな。臭うしねえ。
「……そうですね」
「僕もちょっと疲れたニャ」
「大通りに戻って喫茶店に入りましょう」
あれ、喫茶店ってことはお茶を飲む習慣あるの?
「馴染みのお店だから猫を出してても多分大丈夫でしょう」
「俺みたいなのがそんなところに入って大丈夫なんですかね」
踵を返すとそのまま何も言わずに歩いていった。ヒューと顔を見合わせて慌てておいかけた。口調もいつの間にか戻ってるし、なんかスイッチ入っちゃったのかね。




