十八、紅梅(最終話)
「ちょっと付き合え」
「……雷帝。また、洞窟の中に一人で入れとか言うんじゃないでしょうね?」
一度痛い目にあっているので、晶凛は警戒して半眼になる。
雷帝はプッと吹き出した。
「まだ根にもっているのか。今回は違う。お供もいるから安心しろ」
「お供?」
「ったくもう。雷帝の我が儘に付き合うのは大変よぅ」
猫目が印象に強い、背の高い文官だった。やれやれといった具合に前髪をかき上げる。
「灯里様!」
服で隠されているが、動作から筋肉が引き締まっていることが晶凛にはわかる。
「灯里様がいれば安心ですね」
「なぜ灯里だと安心なのだ」
雷帝は憮然とした表情を浮かべるが、「保護者みたいな役割なんでしょうね」と灯里が冷静に分析するとコロッと機嫌が戻った。
単純、という言葉を飲み込む代わりに、晶凛はこっそりと笑った。
✤✤✤✤
晶凛と雷帝と、その少し後ろから灯里が町を歩いていく。
「たまには外の空気を吸いたくなるんだよな」
大きな手を天に上げて、気持ち良さそうに伸びた。お面をしていないので、道行く人々で雷帝だと気づく者はいない。
普段通りかかる町でも、雷帝と歩くと風景が違った。
「あそこの家になっている柿は旨いぞ」
「人の家のって……盗みじゃないのぉ」
呆れたように灯里が指摘すると、「落ちてる柿だぞ。カラスの餌にしかならん」と身振り手振りで説明する。
「あの川は石を投げると遠くまで飛ぶ」
川辺を指差すと、懐かしそうに目を細めた。
少年の表情になる雷帝に、晶凛は目が離せなくなった。
「よく知っているのですね」
「昔、よく遊んでいたからな。……外では俺のことを紅運と呼んでほしい。紅に運命の運で……」
指で大きな手の平に漢字を書いてみせる。
「紅運?」
「そう、俺の本名」
「紅運さん、紅運様、紅運殿……あれ、おかしいなぁ」
口ずさんでみたものの、雷帝という肩書きに慣れていたため、本名の後ろに付ける敬称がどれもしっくりこない。
「今日は呼び捨てで構わない」
首をひねる晶凛を見かねて雷帝は言った。
晶凛は言葉に甘えることにした。『雷帝』と同じ四文字繋がりだと、何でもないことだと自分に言い聞かせるように。
✤✤✤✤
町を抜けると小高い丘に出た。ちょうどいい散歩になった。
丘を少し昇ると、濃い桃色が広がっていた。
「こんなにいっぱいの梅の花を見るの初めて!」
雷帝は驚きに満ちた晶凛の顔を眩しそうに見る。
晶凛は梅の方へ駆け寄っていった。
一つの枝に顔を寄せると、微風にのってほのかに甘い香りがただよった。
梅の木が丘の傾斜に沿って植わっている。四方に伸びる枝は優美だった。
「反応は上々だな。これなら大丈夫か」
「大丈夫って?」
首を傾げた晶凛に雷帝は遠くを見つめる。
「観光地を作らないと風帝から雅がないと言われるからな。庶民でも楽しめるものを探していたのだ」
「観光地! この国では風景を楽しむって文化があまりないですけれど、どんな人でもこの景色を見てみたいと感じると思います」
雷帝は視線を梅の花々に巡らせる。
「少しでも長く楽しめるように、早咲きから遅咲きを均等に配置してある。今は早咲きだから本番はこれからだ」
「すごいですね、雷……じゃなくて紅運」
言い直すと、雷帝は満足そうに頷いた。
風国の良いところを、型にとらわれず柔軟に取り入れていることが雷帝らしい。
人を惹き付けてやまない、目の前に広がる紅梅のような人だと晶凛は思った。
これで完結となります。
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