↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風雷記  作者: 八木愛里
PR
17/18

十七、専属

 整体師とは、骨の歪みを矯正し、体の調子を整える職業である。そして、相手に活力を与える職業である。


「……最近、元気がないのではないか?」


「え? 何か表情に出ていましたか?」


 晶凛は整体の手を止めて、雷帝に聞き返す。


「いや……少し前までは整体すると体の芯から暖かくなったのだが、指に力が籠っていないというか……」


 歯切れ悪く説明すると晶凛は肩を落とした。


「わかってしまいましたか。……整体師失格ですね」


 落ち込んでいる様子を見て、雷帝は小刻みに首を振った。


「そんなことを言いたかったのではない。何か落ち込んでいることがあるのなら、力になりたいと思ったのだ」


「私事で困ったことがありまして……」


「さぁ、何でもいいから言ってみよ」


 整体を一時中断して、晶凛のお悩み相談をすることになった。




「お店ができなくなるかもしれないだと?」


「……はい。叔父の呉服屋の片隅で整体をしているのですが、建物の老朽化で建て直しが必要と言われてしまって……」


「建て直しで、お店をしばらく休むことになったってことか……」


 晶凛はこくこくと頷いた。


「毎日のように来てくれたお客様もいるので、寂しいなって感じなのです」


「それなら、しばらく皇帝専属でやればいい」


 言ってから視線を横に外し、指で頬をかいた。


「まぁ晶凛がよければだが……」


「雷帝も常連さんでしたね。そうね。じっとしていると腕も鈍るしちょうどいいかも。あと……雷帝の手料理は美味しかったし」


 柔らかく笑顔を見せた晶凛を見て、雷帝は嬉しさのあまり拳を震わせる。

 料理を振る舞ったことで胃袋を掴む効果があったようだ。



 ✤✤✤✤



 晶凛が皇帝専属の整体師となったある日の昼下がり。


「雷帝! 大変なことになっているわよぅ!」


 灯里が雷帝の執務室の扉を強く叩いた。


「どうした」


「宮廷前に、晶凛ちゃんの常連客が押し寄せてきて、晶凛ちゃんを返せですって!」


「なんだと!」


 書類を署名する手を止めて雷帝は顔を上げる。


 雷帝と灯里が駆けつけると、宮廷の入口には十数人の老若男女がいた。門番が叩かれている門を必死に抑えていた。


 町人からすると役人の二人が近づいてきたと見えるだけだった。お面をしていないので、その一人が皇帝だと気づく者はいない。


 門番の制止を聞かずに声をあげる。


「俺たちの町の宝なんだ! 晶凛ちゃんを返してくれ!」


「あの子がいないと、私たちの健康を誰が守ってくれるのよ!」


「雷帝が独り占めするのはずるいぞ!」


 ほらね、と言うように灯里は手の平を広げた。雷帝は足をとめると、町人の様子に絶句する。


「晶凛の人気がすごいな……」


「これを止められますか?」


「さすがに、お面を着けた状態でも無理かもしれない」


「どうしますか?」


 挑戦するかのような灯里の目に、雷帝は渋々降参を認めた。


「ちょっと失礼」


 門番の横から灯里が町人の前に出た。町人はいきなり出たきた文官に対しても、非難の声をあげた。


「町民の皆さぁん。雷帝は反省しているわぁ。宮廷の一室を解放して、晶凛の整体を一般の人でも受けれるようにするって言っているわぁ」


 町人は文官の女言葉の違和感よりも、寛容な内容に反応した。


「ほんとか!」


「よかったわ! また晶凛の整体を受けられる」


 町民の歓喜の声と対比するように、寂しげに遠くを見つめる雷帝の姿があった。


 西日が差し、横顔が哀愁を帯びる。


「先程まで雷帝の専属だったのに。ほんの束の間の出来事だったな……。だが、これだけお客からの人気があると晶凛が知ったら泣いて喜ぶだろうな……」


 皇帝の専属の整体師という甘い言葉は、夢のように儚く消え去ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。