十六、朝礼
雷帝の一日はお面を装着するところから始まる。
鏡に向かって、お面の位置を確認する。
着け心地で一日が左右されると言っても過言ではない。
雷帝はお面の縁を優しく撫でる。
「今日もよろしくな……って違う!」
「雷帝、どうなされたの?」
振り向いた顔を見て、文官の灯里は大きく吹き出した。
「そのお面は……お見合いを断るために作った、最大級の憤怒のお面ではないですか!」
飛び出した発言からは女言葉が若干抜けていた。口を手で押さえて、出てしまった笑いを収めようとしている。
「なんてことだ……。寝ぼけた拍子にお面を取り間違えて持ってきてしまったようだ。自室まで取りに戻っていたら朝礼には間に合わぬ……」
雷帝は大事なお面を自室で保管することにしていた。通常のお面と、最大級の憤怒のお面は並べて置いていた。それが仇となったようだ。
「素顔で朝礼に出るわけにはいかぬ……。この憤怒のお面のまま行くしかあるまい」
以前、お面をせずに素顔のまま朝礼に出たところ、厄介者扱いされて追い出されてしまった。
少しでも混乱を起こさないためには、憤怒のお面を着けて行くしかないだろう。
雷帝は腹をくくるしかなかった。
「雷帝、私は見守っていますので、どうか朝礼をつつがなく進めてくださいませ」
灯里は主君が決めたことに淡々と従うことにした。
朝礼に向かう途中で雷帝はあることに気づく。
「なんだか今日はとても力が沸いてくるぞ……!」
✤✤✤✤
雷帝が朝礼の場に立つと、家臣は表情の違いを敏感に読み取った。
「今日の雷帝はさらにお顔が引き締まって見える……」
小さく言葉をこぼした者は、雷帝からの鋭い視線を感じて肩をびくりと震わせる。
雷帝は数字の並ぶ書類を広げた。
「財務官、この予算の組み方は何だ。理由を言ってみよ」
「それは、昨年を参考に……」
家臣の一人が汗を拭きながら言う。
「甘い! 状況は一刻と変わっているのだ。昨年が全部今年にあてはまるわけではない。すぐに調べ直せ!」
「は、はいぃ……」
すくみあがり、すぐさま書類をまとめてその場を去る。
雷帝は次の案件に取りかかる。
「国土官、河川の事業は進んでいるのか?」
「現在、進行中でございます」
家臣の一人が進行中を強調して言った。
「進行中と言えば丸く済むと思っているのか! 甘い! 何百人も人を動かしているのだ。目標に対する進捗状況を言わなければ朝礼の意味をなさない。出直してこい!」
「は、はいぃ……」
冷静を保とうとしていた家臣だったが、逃げるように去っていく。
雷帝の指摘は実に的を得ていたが、お面の効果もあり恐怖を植え付けるものだった。
「……ふぅ」
雷帝が執務室に戻ってお面を外すと、見慣れた顔に灯里は安堵の表情を浮かべた。
「雷帝、お疲れ様」
雷帝が危惧していたような、朝礼が機能しなくなるということはなく、灯里が助け船を出すまでもなかった。
「今日は不思議な気分だったぞ……。急に力が沸いてきて、思うところを話していたら朝礼が半分の時間で終わってしまった」
「たまにはお面の雰囲気を変えてみるのもありかもしれないわね。誰かを誉めたいときは笑顔のお面とか……」
「それは面白いな。今度、色んな種類のお面を百理に作ってもらうことにしようか」
思いつきの提案だったが、あっさりと雷帝に聞き入れられることになった。
それにしても、お面によって皇帝の機嫌が左右されるとは困った宮廷だと灯里はつくづく感じた。




