スーザの決意
さあやがさらわれたという知らせを聞いたサーズは、すぐに病棟に入院しているであろうフレイヤの元に行こうとした。しかし彼が行く前に医師たちの制止を振り切って、彼女とスーザが直接アルバドラスの元へとやって来た。スーザにとっては初めてまじかに見る皇帝である。近衛とはいえ、10番隊の新人に皇帝との直接的な謁見は許されていなかった。
フレイヤは自分を支えていたスーザの手を振り払い、アルバドラスの足元に跪いた。
「このたびはサアヤ殿の護衛の任を仰せつかったにも関わらず、私の不徳の致すところによりサアヤ殿を獣族などにさらわれた事、死をもってお詫び申し上げる覚悟にございます!」
「フレイヤ、もうよい」
体中の痛みをこらえて頭を下げるフレイヤに、アルバドラスは静かに声をかけた。
「それより、何があったか話してくれ」
フレイヤはさあやがさらわれた経緯を順を追って話した。
「陛下。すべては私の責にございます。どうぞ厳罰をもって・・・」
「違います、陛下!」
姉の言葉をさえぎって、スーザが叫んだ。本来なら直接皇帝と言葉を交わせる立場ではないと分かっていたが、今回のことはすべて自分が悪いのだ。あの時、仮病を使って姉を遠ざけたこと。スローグを出て、すっかり油断してしまったこと。処分を受けるのはフレイヤではないのだ。
「すべては私の責任です。姉には何の罪もありません。処罰はどうか私に・・・」
「お前は黙っていろ、スーザ」
「いいえ、引けません」
「スーザ!」
「いい加減にしろ、お前たち!」
たまらずサーズが叫んだ。
「今、大切なのは誰が責を負うかではない。いかにしてサアヤ様を見つけ出し、お救いするかだ」
サーズの言葉をアルバドラスが引き継いだ。
「サーズの申す通りだ。2人とも少し落ち着くがよい。フレイヤ。そなたはまず傷を治すことだ。それからスーザ、そちも己の隊に戻り、控えておるがよい。2人共くれぐれも短慮を起こすでないぞ」
苦渋の表情のフレイヤをスーザが連れて出ていくと、今度はサーズがアルバドラスの足元にひざまずいた。
「陛下。妹の不始末。すべてカルヴァンの居所を突き止めることのできない私の責任でございます。サアヤ様はきっとカルヴァンの所に連れていかれたに違いありません」
「そのようだな。まだ奴の居場所を突き止められぬか」
「サアヤ様がおっしゃられた荒野の中に建つ石造りの建物。思いつく限りの所は調べましたが、奴の痕跡はまだ・・・」
引き続き捜索を続けるようにとの命を受けて、サーズは部屋を出た後、すぐにアルマを呼んだ。
「リズロ達はまだ何も吐かぬか」
「はい・・・」
「いかなる手段を使っても吐かせろ。なぶり殺しにしても良い」
初めて聞く上官の辛辣な言葉にアルマははじかれるように走り出した。それを見送った後、サーズは聖騎士隊の控室に向かった。あの激しい気性の妹のことだ。病室でおとなしく寝ているはずはないと思ったのだ。案の定、控室の近くにやって来ると、中からフレイヤの叫び声が聞こえてきた。
「ええい、こんなもの、傷のうちに入らん。私はサアヤ殿を死力を尽くしてお守りすると誓ったのだ!」
丁度、左肩にまかれた包帯をはぎ取って放り投げた時サーズが入り口を入ってくるのが見え、急いでフレイヤは走り寄った。
「兄上、申し訳ありません。この上は兄上の剣で成敗されるのも覚悟しております」
「もうよい、フレイヤ。陛下もおっしゃられたであろう。責を取るのはサアヤ様を助け出した後だ。それより犯人に心当たりはないのか?」
「もちろんある。あのスローグのガキどもだ。兄上、すぐに兵を率いて出陣しよう。あの獣族どもめ。スローグなどすぐに叩き潰してやる!」
サーズはいきり立つフレイヤを落ち着かせながら、今日さあやと共にスローグを訪れた時の話を聞いた。さあやをさらったのが年若い獣族ばかりなら、たぶんそれを操っている者がいるだろう。彼らをまとめているのが、さあやが一人で会いに行った獣族の長ならば、間違いなくその者が命令を下しているに違いない。
フレイヤは自分が行くと言い張ったが、彼女を行かせると長をすぐさま剣の錆にしてしまいそうなので、イーグスと彼の部下にスローグへ向かわせた。
その頃、スーザも自分の隊に戻ってきていたが、さあやの事を考えると、とてもいつものように訓練に参加することもできずに彼らの控室で考えに耽っていた。
獣族の王が現れ皇帝の命を狙っている事は、近衛である彼の耳には当然届いていた。こんな時に皇妃候補と噂される女性がさらわれたのだ。彼女は帝国軍を動けなくさせる為の人質か、あるいは皇帝をおびき出す手段に使われるか・・・。だがさあやは皇妃候補ではない。当然そのどちらにも有効な切り札にはならないのだ。となればさあやはどうなるのだ?帝国への見せしめの為、なぶり殺しにされるのがおちだ。
身の毛もよだつような想像に、スーザはゾッとして立ち上がった。スローグへ行こう。今はそれしか手がかりがない。剣を持って外へ出たスーザの後ろから誰かが声をかけた。
「どこへ行くんだい?新人さん」
「その呼び方はやめて下さいと言ったでしょう、兄上」
首の後ろを掻きながら現れたキートレイをスーザはじろっとにらんだ。
「サーズ兄上にお前が短気を起こさないよう、見張れと言われてな」
「どいて下さい、兄上。でないと斬ります」
剣の柄に手をかけた弟を見て、キートレイは両手を上げた。
「おいおい、まさか本気で俺とやるつもりか?言っておくが剣の腕は俺の方が上だぜ」
「どうでしょう、試してみますか?」
スーザが低く体を構える。こりゃいかん。どうやら本気のようだ。
「落ち着けよ。お前一人で行ってどうなる。獣族の王は少なくとも500の軍勢を集めてるって噂だ。さあやを助けるどころか、すぐさま何百本もの矢の的になるぞ」
「それでも行かなきゃならない。すべては僕の責任だから。あの人をさらわれたのも、守り切れなかったのも・・・」
「だからってさあやはお前を責めるような女じゃないだろう。お前が自分の為に死に急ぐのをあいつが喜ぶと思うか?」
「でも僕はあの人を助けたいんだ。彼女を妻にしたいから!」
妻・・・という言葉に一瞬キートレイは硬直した。妻をめとるなんて26歳の自分でさえまだ全く考えていないのに、まさか22歳の弟がこんなに真剣にさあやの事を考えていたなんて・・・。
スーザの思いつめたまなざしを見て、キートレイは以前さあやに言われた言葉を思い出した。
ー だって、突然私が消えちゃったら困るでしょ? ー
フルゲイトの屋敷に単身乗り込もうとしていたさあやが言った言葉だ。あの言葉の意味をキートレイはずっと考えていた。城の中でさあやは異国からの客人だと言われている。だが異国ってどこだ?キートレイは任務で辺境の地に赴き、色々な国の人間に会っていた。ヴェル・デ・ラシーアの周辺の7つの王国。ダマスカスやナルグル。オクトボス、カディーラ、そしてカムラにセグト、ファダール。それぞれの国によってそれぞれの国民性を持った人々だったが、さあやと同じような雰囲気を持った人種はどこにも居なかった。
大陸を囲む巨大な海を超えた人間はまだ誰も居ないのだ。もしもっと離れた国から来たのだとすれば、それは異国ではなく、こことは全く違う世界ではないのだろうか。そんな考えは飛躍しすぎていると思う。だがさあやが持っている色々な道具の事を考えると、そう思わざるを得なかった。強盗を倒した刺激の強い霧が出る装置や、まるで青い雷のような力を発する武器。そして携帯と彼女が呼んでいた悪魔の鏡。
どれもこの世界には存在しえないものばかりだ。もし皇帝が聖霊の力で異界からこの国を救うものを呼び寄せたのだとしたら・・・。だから彼女は誰も好きにならない。突然消えるかも知れないから。
キートレイはスーザの肩を掴むと、弟の目を覗き込んだ。
「スーザ。兄上は必ず帝国軍を動かす。それも全軍だ。あの人は本気でサアヤを皇妃にするつもりだからな。いいか。こういう時こそ、ウラル・バジールの名を使うんだ。兄上のすぐ後ろに付いて行くぞ。そしてお前が一番にサアヤの元へ行けばいい。だからそれまで待つんだ。俺だってサアヤに惚れてんだぞ。だから一緒に行こう。いいな?スーザ」




