失った手がかり
サーズの命によりスローグに向かったイーグスと彼の部下10名は、さあや達と同じ様に迷路の様な道を通り、異臭を放つうらぶれた街に辿り着いた。彼等はすぐに住人の1人を捕まえて長の居場所を強引に聞き出すと、全員で彼の家に向かった。入口でイーグスは6人の部下に家の周りを固めさせ、後の4人を連れて中に入った。誰も居ないドーム型の集会所を走り抜け、奥の部屋に一歩足を踏み入れた途端、イーグスは思わず立ち止まった。
古びた布の上に滴り落ちる血は、今まさに己の腹を剣で貫いた長のものだった。彼は痛みをこらえながら前かがみになると、その白い毛の中の目を見開いて、イーグスを見上げニヤリと笑った。
「祖国を追われた我らの恨み・・・思い知るがいい。我らは必ずアガダスタを復興させる。我らの王の元で・・・」
そのまま長は力なく前へ倒れた。
「くそっ!」
イーグスは悔しそうに声を漏らした。さあやにつながる唯一の手掛かりを失ってしまったのだ。こうなれば町の住人たちを全員ひっ捕らえて口を割らすべきかとも思ったが、長が自ら命を絶ったのは、自分以外は誰も知らないという意味だろう。であればすぐに戻ってサーズに報告をし、次の指示を仰ぐ方がいい。イーグスはすぐにスローグを出、城へ向かった。
同じ頃、アルマの命でハル・ベズラートの住む本宅と、すべての店舗に向かった警備隊は主人であるハルを見つけられずにいた。ファイファの反物を加工する工場や衣服などを売る店などは、いつも通りに営業していたが、どこにも彼は居なかった。
そろそろ3本の爪が居た別荘から足が付くと思ったハルは、追手が来る前にカルヴァン達と合流していたのだった。
ー それに、あいつが惚れた女の顔も見てみたかったしな・・・ -
少しガタついてはいるが、何とか座る事の出来る安楽椅子に腰かけてハルは思った。彼の居る部屋は元貴賓室だったらしく、古びてぼろぼろになった家具の飾りや、色の変わった金糸の足休めなどは当時の面影を感じさせる。
今ハル達が居るのは、元アガダスタ王国の王城だ。落城の際、帝国軍に火を放たれ、城の4分の3は焼け落ちた。難を逃れた城の南側部分も3階以上の上階が今は無く、2階の天井から空を仰ぎ見る事が出来る。
こんな忘れられた城跡に、まさか獣族の王が私軍を連れて潜んでいるとは誰も思わないだろう。さあやの言葉からカルヴァンは普通の屋敷に居ると思いこんでいたサーズも、この辺境の地までは兵を送っていなかった。
「どんな王家も滅んでしまえば哀れなものだ・・・」
ハルは呟くと部屋を出た。ヴェル・デ・ラシーアを象徴するヴァン・グリフォン城もそうだ。皇家が滅びれば、無用の長物に他ならない。
「まあ、我らが実権を握ったあと組織の本部に使ってやってもいいが、あの城はまるで迷路だからな」
ハルは7歳まで暮らしたヴァン・グリフォン城を思い出してムッとした顔になった後、ゆっくり歩きだした。あの城の思い出は、そのまま母の思い出なのだ。
マスカベーラ一の豪商の家に生まれたタリアは、何不自由なく甘やかされて育てられたお嬢様だった。父のコカ・ベズラートは当時国営農場で生産されるファイファの反物を3分の2程扱う事を許されていたが、強欲な彼はその独占を狙って娘を皇帝の側室に差し出した。それによってベズラートは反物の99%を独占し、皇家とつながりのある貴族や城に仕える者達が着る制服やドレスは全てベズラートが作ることになった。
利権を得たコカは娘のおかげで益々商売を大きくしたが、毎月山のように父からドレスやアクセサリーが届いてもタリアは不服だった。ずっと町で自由奔放に生きてきたタリアにとって、城での生活は窮屈で退屈そのものだった。それに5つも年上で気位の高い、もう一人の側室アドリエには息子も居て、その息子は皇帝の世継ぎだ。
アルバドラスⅡ世は聖霊の力を持つ女性しか正妻にしないと言っているので、クラウド皇子が次の皇帝になるのは目に見えている。そうなればタリアはその身一つで城から放り出されるだろう。タリアにも皇子が居ればそんな事にはならないのだろうが、物静かなアルバドラスⅡ世は、わがままで顔を見れば文句ばかり言うタリアをあまり好いてはいなかった。
そんな時、もう現れる事はないと思っていた聖霊の力を持つ娘が見つかったのだ。セラスティーアは若く美しいだけでなく、村娘が持つ清浄(清く汚れがない)な明るさと他人を思いやる優しい心を持っていた。当然アルバドラスⅡ世はセラスティーアに心を奪われた。皇帝の力を持ってすればすぐにでもセラスティーアを妻にする事も出来たのに、彼女が心を開いてくれるまではと1年間も待ち続けた。
そしてエルディス・・・。銀色の瞳と聖霊の力を併せ持つ皇子の誕生で、皇帝の心は完全に側室やその息子から離れてしまったのだ。ハルは生まれてからずっとセラスティーアとエルディスを呪い続ける母を見て育った。当然ハルも自分の所へは顔も見せない父を恨んで生きてきた。そして母が死んだ時、その憎しみは父やエルディスだけでなく、この国全てに向けられたのだった。
皇子の身分を剥奪された後、祖父のコカ・ベズラートの元へ向かう馬車の窓から遠くかすんで行くヴァン・グリフォン城を見つめ、幼いハルは思った。
ー 滅んでしまえばいい。こんな帝国なんか・・・ -
遠い昔の出来事を思い出しながら歩いていると奥の部屋からカルヴァンの声が聞こえたので、ふと顔を上げた。どうやら給仕が差し出した食事が気に入らなかったようで、皿の上に乗った肉を掴んで年老いた侍従の顔に投げつけたところだった。
「俺にこんなものを食えというのか!鹿肉を持って来い!」
「王、この辺りに鹿はおりません。下の者達は肉を口にする事も出来ない状況です。どうかこれでお許しください」
「もういらん。下がれ!」
年老いた側近は落ちた肉を給仕の者達に片付けさせると、頭を下げ、彼らと共に出て行った。
ー やれやれ・・・ -
ハルは苦笑いすると、ふてくされたように一人、石の玉座に座っているカルヴァンの所へ歩いて行った。
「しっかり食べておかねば、いざというとき戦えぬぞ」
「戦うのは兵の仕事だ。王の俺が剣を持つ必要なんかない」
もう27歳になろうというのに、いつまでもガキのわがままが抜けない男だ。ハルは壁際にあったボトルからグラスに紫色のツィースを注いで飲み干した。獣族どもが王国を再建できようができまいが知ったことではないが、エルディスを殺し、帝制を打ち崩すまではこの男に獣族をまとめていてもらわなければならない。人を使うには金がかかるが、国を再建するという悲願の元、忠誠を誓っている彼等なら裏切ることはないし、ただで済む。
ハルはグラスを置くと、もう一度カルヴァンの方を振り返った。
「今は辛いだろうが、もう少しの辛抱だ。帝国を倒した暁には必ずアガダスタを復興させる手助けをしよう」
「それはそれでいいが、本当にアルバドラスは出てくるんだろうな。まさか大軍を率いて来る様な事は・・・」
「それはない。そんな事をすればあの女が死ぬことになるのは分かっているからな。未来の皇妃を見殺しにしたとなれば、皇家の信用も地に落ちる事になる」
カルヴァンにもそれは分かっていた。だがどうしても焦るのだ。今の獣族にとって、帝国はあまりにも強大だ。もし帝国軍が全軍で向かって来れば、一瞬で彼らは壊滅する。王国を復興するどころか、この国に居るすべての獣族が皆殺しにされるかもしれないのだ。
「だが皇帝は暗殺を恐れて、あまり外へ出た事が無いのだろう?本当にあんな女一人の為に自分の身を危険にさらすようなことをするか?」
「来るさ。あいつはもう二度と大切な者を失いたくないはずだ。必ず出てくる」
母を突然失った時の気持ちは今でも忘れない。どうして母の側に居てやらなかったのか。自分が居れば母は死なずに済んだかもしれないのに・・・。その後悔だけはエルディスと共有するものだ。だからハルは大切な物を作らない。二度と失いたくないから・・・。
「あいつは必ず来る。もう一度あの女に会うために・・・」




