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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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狙われた皇帝

 ただお茶を飲むだけだというのに、カヤはやたらと豪華なドレスを用意して、髪にもたくさんの飾りを付けた。あまり目立つのも恥ずかしかったので、さあやが照れていると、カヤはしごくそれが当然であるように言った。


「皇帝陛下からお茶に誘われたのはサアヤ様が初めてでございますわ。私の自慢のご主人さまですもの。この城の誰よりもお美しくして差し上げなければ」


 カヤの言葉にさあやは微笑んだ。

「ありがとう、カヤ。いつも一杯気を使ってくれて」

「そんな、当然ですわ。私の方こそサアヤ様にお使え出来て幸せでございます」


 カヤとフレイヤを伴って、いつもアルバドラスがお茶を楽しんでいる庭へ降りると、いつものようにアルバドラスが真ん中のソファーに座り、その後ろにサーズ、近くにメダと3人の召使い、そして少し離れた場所から彼らの周りを取り囲むように十数人の近衛兵が居たが、女官の姿は見えなかった。


 ただお茶を飲むだけなのに、こんなにたくさんの人たちに囲まれなければならないなんて、皇帝陛下は色々大変なのだ。


 さあやが現れた事に気づいたサーズが顔を上げて微笑んだので、彼と話をしていたアルバドラスもさあやの方を振り返った。さあやがアルバドラスの右側の席につくと、フラルがお茶を運んできた。みんなに注目されている中でお茶を飲むのは緊張するなと思いつつ、カップを口に運んだ時だった。


ー 飲ンデハ ダメ・・・! -


「え?」


 誰かの声に驚いて、顔を上げた瞬間、アルバドラスの手から落ちたカップが音を立てて割れ、彼の体が前に崩れ落ちるのが見えた。


「ルディ・・・?」


 急いで駆け寄り彼を抱き起こした。

「陛下!」

「毒消しを、早く!」

 メダが叫ぶ。フレイヤがアルバドラスとさあやを守るように前に飛び出した。何が何だかわからず戸惑っているさあやに、アルバドラスが苦しそうに息を吐きながら呟いた。


「フラルを・・・・」


ー フラル・・・? -


 さあやが顔を上げると剣を引き抜いたサーズと近衛兵に追われているフラルが見えた。周りを囲まれフラルは胸元から短剣を取り出すと追手の方に向けたが、もう逃げようがないと思ったのか剣先を自分の方に向け、勢いよく腹に突き立てた。


 アルバドラスが衛兵達に運ばれた後、さあやははじかれたようにフラルの元へ走った。剣を構える近衛兵の間をすり抜け、倒れようとしていたフラルの体を支えた。


「フラル、しっかりして」


 剣が刺さった腹からにじみ出る血が、彼女の服を赤く染めていく。フラルは荒い息を繰り返しながらうっすらと目を開けた。


「お許しを・・・陛下。サアヤさ・・・ま・・・」


 フラルが目を閉じるのと同時に、彼女の体からすべての力が抜けて行くのを感じた。突然の悪夢にさあやは何が起きたのか分からないまま、フラルの体を抱きしめていた。





 気が付くとさあやは城の一室で呆然とソファーに座っていた。あのあと、フレイヤがフラルを抱きしめたまま動けなくなっているさあやの肩を抱いて城へ連れ帰ったのだが、それさえも良く覚えていなかった。


「サアヤ様・・・」


 カヤに呼びかけられて、さあやはやっと顔を上げた。部屋の奥の方でサーズとメダが難しい顔をして話し合っている。廊下の向こうからは慌てたように走り回る人々の足音が響いていた。周囲の様子に体が震えてくるのを感じた。あの時ルディは毒を飲まされたのだ。まさか・・・。


 さあやは立ち上がると、サーズ達の所へ歩いて行った。


「サーズ、ルディは・・・?」


 真っ青な顔で震えているさあやを安心させようと、サーズは笑顔を作った。


「陛下は大丈夫ですよ。この国一番の優秀な医師団が付いていますから」

「でも・・・毒を飲まされたんでしょ?すごく苦しそうにしてた・・・」

「エルディス様はこれしきの事で負けたりはなさいません。それに陛下の体は毒に慣れておられますから」


 メダの言葉にさあやは眉をひそめた。

「毒に慣れてるって、どういう事?」


 メダは失言を後悔するようにサーズと目を遭わせると人払いを命じ、さあやをもう一度ソファーに座らせた。そしてこの帝国に古くから伝わる伝説と、過去に起こった全てを話し始めた。


「もう、500年も昔・・・この国にはまだたくさんの精霊使いがおり、精霊たちは今よりずっと人間に近い存在でした」


 皇帝の血脈には時々、精霊の力を使う力が強く現れる子が生まれる事があった。精霊は悪い方に力を使おうとすると、その者の側から消えてしまうと言われているので、精霊の力を持って生まれた皇帝は、その力を国を良い方に導くためだけに使った。仁愛と正義にあふれた皇帝を人々は精霊王と呼び慕ったが、国から精霊使いが減少するにしたがって、その力を持って生まれてくる皇子も居なくなってしまった。


「アルバドラスⅡ世陛下は乱世後の国を治めるのに大変苦労されたお方です。前陛下は巨大な帝国を統治していくには力のある王が要る。それにふさわしいのは精霊王しかいないと考えられるようになりました」


 それでアルバドラスⅡ世は国中に精霊の力を持つ女性を探す命令を出したが、精霊の声を聞く者さえほとんど居なかった時代、誰も探し当てる事が出来ずに時は流れた。お付の者達がそろそろあきらめるよう皇帝に進言し始めた頃、国の南部にあるカザハという小さな村で洪水が起こる事を予言し、村人の命を救った少女がいると言ううわさが流れた。


 娘はその村の村長の娘で今年16歳。本当は小さい頃から誰も聞こえない声を聞いたり、次の年の作物の出来を予言したりと、不思議な力を持っていたのだが、両親が人々から疎外されたりしないよう、娘の力を秘密にしてきたのだった。だが村人全員の命を救ったという噂は止める事が出来なかった。


 迎えに行った使者は「納得させて連れて来よ」という皇帝の命どおり根気よく娘を説得し、皇帝の正妃として迎えられるのは栄誉な事だとの両親の助言もあって、娘は生まれて初めて故郷を離れ、帝都マスカベーラへ向かった。


 初めて皇帝に目通りした娘は21歳も年の離れた皇帝に嫌悪感を感じたが、アルバドラスⅡ世は父王と違い、人徳のある温厚な人物だったので、ー それでも1年かかったが - 娘はやっと皇妃になる事を承諾した。


「それがエルディス様の御生母、セラスティーア妃様でございます」


 さあやは初めて聞くアルバドラスの母の名を心に刻むように耳を傾けていた。


「この帝国に500年ぶりに精霊王が生まれるかもしれない。お二人の結婚は国中から祝福され、民は期待に喚起しました。・・・しかし、それがすべての悲劇の始まりだったのです・・・・」













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