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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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朝日の中で

 病室にさあやが入ってきた事に気付いてサーズが起き上がろうとしたので、慌てて彼の側へ駆け寄り寝ているように声をかけた。


「すみません。打撲がひどくて・・・。明日には仕事に戻りますから」

「無理しないで。お医者様も2,3日は安静にっておっしゃっていたわ」

「大丈夫ですよ。私は他の者とは鍛え方が違います」


 優しく微笑んだ彼の瞳を見ていると、涙が溢れそうになる。


「サーズ。ごめんなさい。私がみんなを巻き込んだの。ルディは待てと言ったのに・・・もう・・・」

「止めましょう・・・なんて言わないで下さいね」


 さあやの言葉をサーズは遮った。

「貴方は一緒に頑張ろうと言って下さった。あの時から私達は同志なんです。あなた一人が責任を感じる事はないのですよ」

「でも・・・」


 こらえきれずに溢れた涙が、頬を伝って落ちていった。


「イーグスはまだ目を覚まさないの。彼に何かあったら、私・・・・」

「サアヤ様。我々騎士は、いつだって己の生き方に誇りを持っています。イーグスは私に命令されたからこの計画に参加した訳じゃない。国の不正をただす事が騎士としての誇りを貫く事だと思ったのです。危険は承知の上です。誇りの為に騎士は死ぬ。ですが、騎士にはそれぞれその器に応じて死ぬ場所が決まっているのです。あそこは彼の死に場所じゃない。だからイーグスは必ず戻ってきます。我々はそれを信じて、待っていればいいのですよ」


 さあやは涙を止められずに、彼の寝ているシーツの上に顔を伏せた。


「サーズって、やっぱりお兄ちゃんだね」

「はい。私はお兄ちゃんですから、もう一人くらい妹が増えたって構いませんよ」


 頭を優しく叩く彼の手が、とても大きく感じるさあやだった。




 次の日サーズは言葉通り仕事に復帰したが、まだ無理はいけないので左腕を肩から三角巾で吊り下げ、おとなしくアルバドラスの護衛の任についていた。フレイヤは一人でも調査に行くと言ったが、さあやは「絶対ダメ!」と言って断った。


 崖崩れを調べに行かせたのはサーズが選んだ3人の部下だ。彼等はその日の夕方に戻って来たので、さあやとサーズ、フレイヤが報告を聞いた。崖崩れの原因は土砂を支えていた杭が4本引き抜かれていた事だった。

「引き抜かれていたという事は故意に引き抜いた、という事だな?」

 フレイヤが怒りを抑えるように尋ねた。


「はい。崖の上まで登って調べたところ、2,3人の人間の足跡と、2頭の馬の足跡がありました。馬の足跡から判断しますと、4本の杭にロープをつけそれを馬につなぎ、一気に引き抜いたと考えられます。実際それを裏付ける証拠としてロープにつながれた4本の杭が近くの茂みから発見されました」


 部下の2人が、持ち帰った証拠の杭を彼らの前に並べた。

「書庫の書類といい、崖崩れといい、我らの動きが完全に漏れているようだな」

 サーズが杭を見ながら呟いた。


「どうする?兄上。このまま手をこまねいているつもりか?」

 フレイヤはやる気満々だ。出来れば証拠集めなどせずに、聖騎士隊を率いて犯人の居る屋敷へ突撃したい気分だ。


「フレイヤ、お前は隊長の癖に事を急ぎすぎるぞ。人の上に立つ者は冷静に物事を判断すべきだ。今は地道に証拠を集める他はない」

「そんな事をやっているから今回みたいな事が起こるのだ。イーグスはまだ目を覚まさないんだぞ!」

「フレイヤ!」


 サーズの叫び声にハッと我に返ったフレイヤはさあやを振り返った。ギュッと唇をかみしめているさあやが目に入り、急いで彼女の元へ走り寄ると跪いた。

「サアヤ殿、すまぬ。サアヤ殿を責めているのではないのだ。私は・・・」


 いきなりさあやに頭を抱きしめられ、フレイヤはびっくりして言葉を止めた。

「もう・・・誰も傷つけたくないの。お願い。もう少しだけ待って。考えるから・・・。もう少しだけ・・・」


 この人は何かをしようとしている。だが決心がつかないのだ。

「はい。待ちます」

 素直にうなずいた妹を見て、サーズはホッとしたようにため息をついた。




 次の朝早く、イーグスの意識が戻ったと知らせがあった。さあやはベッドから飛び起きると、急いで身支度を済ませ、病棟に駆けつけた。きっと今頃イーグスの妻子やサーズにも連絡が行っているだろう。


 ドアを開けると丁度、医師長のカルデロがイーグスを診ているところだった。彼はさあやにもう大丈夫という笑顔を浮かべうなずいた。イーグスもまだ少し力のない表情であったが、さあやに笑顔を見せた。溢れてきた涙を何度もぬぐいながら「良かった、イーグス、本当に良かった」と繰り返すさあやを見て、“泣き虫なところも娘とそっくりだなぁ”とイーグスは思った。






 書庫の整理は終わっていたが、サーズ達をケガさせてしまった負い目のあったさあやは、まだアルバドラスと顔を合わせにくかった。それで自室で朝食をとり、その後ドラゴン達の居るドームにやって来た。辛い時も考え事がある時も、ここに来るのが一番だ。さあやは中に入ると、フリッパーとクラティカの間に居るエルの所へ走って行った。エルの首に腕を回して抱き付いた後、ふと顔を上げて彼を見た。


「エル・・・もしかして、ちょっと大きくなった?」

 よく見ると体長も少し伸びて、頭の所にしかなかったたてがみが首のあたりまで伸びていた。ドラゴンがどのくらいで大人になるのかは分からないが、いつかエルもここから巣立ってしまうのだろうか。そう思うととても寂しかった。


「私が帰るまでは、ここに居て欲しいなぁ・・・」

 勝手な願いだと分かっているが、さあやにとってエルは唯一の心のよりどころだった。エルは何も答えずその瑠璃るり色の瞳でさあやを見たあと、急に彼女を鼻先でぐいぐいと後ろに向かって押した。よく分からなかったが、どうやら背中に乗るように指示しているようだ。さあやが背中にまたがると、彼の体の周りに空気の渦が巻き起こり、ふわりと体を浮かせたと思うと、ドームの中を一周してから空へと舞い上がった。


「え?え?な・・・何?」


 めまいがしそうな高さにさあやはエルの首にしがみついた。はるか下には緑の芝の敷き詰められた庭と、紺色の池が見える。池に居る白鳥が小さな点に見えた。冷たい風を切りながら城の上空を旋回すると、エルはゆっくりと城の頂上にある神殿の前の広場に降りて行った。エルの背中から降りて、大きくため息をはいたさあやは、広場の端で驚いた顔で自分を見つめているアルバドラスに気が付いた。


 一瞬さあやは戸惑ったようにエルを見たが、顔を上げるとアルバドラスの方へ歩きだした。いつまでも避けているわけにはいかないのだ。彼の部下を怪我させてしまった事を謝らなければならない。


「何だか・・・久しぶりだね」

「うむ・・・」


 さあやが石の手すりにつかまって外の風景に目をやったので、彼も同じように城下を見下ろした。明るい朝の陽ざしに町が白と灰色の影のコントラストを作りだし、生き生きとして目に映った。しばらくそのまま黙って街を見下ろしていたが、不意にアルバドラスが何かを呟いた。


「え?何?」

 上空を吹く風の音にその小さな声がかき消されて聞こえなかったので、さあやは彼を見上げた。

「だから・・・。泣かすつもりは無かったと・・・言っておるのだ」


 どうやらアルバドラスはこの間の夜、喧嘩した事を言っているらしい。証拠の書類が盗まれたり、サーズ達が大怪我をしたりと色々あったので、喧嘩をしたのはずいぶん前の記憶のようになっていた。照れくさいのかアルバドラスは顔を向こうにそらしたままだ。皇帝という立場上、簡単に謝れないのだろう、さあやはその言葉だけで十分だった。


「私こそ、ごめんね。ルディの言う事を聞かなかったばっかりに、サーズやイーグスを怪我させてしまって」

「あれはそなたのせいではない。本当は我が全ての責をかぶらねばならぬのだ」


 アルバドラスがやっとさあやの方を振り向いた時、エルが彼らの後ろから上空へ飛び立つのが見えた。クラティカが心配になって様子を見に来たのか、空を飛んでいるのが見えたからだろう。


「本当にそなたはいつも変わった現れ方をするな。上から落ちて来たり、ドラゴンに乗って来たり。我の知る限り、昔の聖霊使いでもドラゴンに乗った人間はあまりおらぬだろう」

「そうなの?なんだかエルが乗れって鼻でつつくから・・・」


 さあやは照れくさそうに彼から目をそらした。朝の清浄な空気と柔らかな日差しの中でこうしていると、いつ帰れるか分からない不安も薄れて行くような気がする。ふと神殿を見ると、先程まで驚いた顔でこちらを見ていた警備兵が気を使っているのか、どこかに姿を消してしまっていた。


ー 二人きりにされると、何だか照れるなぁ・・・ -


 何かを話そうと思うのだが、何も話さなくても居心地は良かった。


「サアヤ・・・」


 不意に話しかけられ、さあやはドキッとしてアルバドラスを見上げた。日差しの中で自分を見つめる銀の瞳が透き通るように綺麗で再びドキッとした。出会って間がない頃、クリスタルガラスのような彼の瞳が冷たく見えて、じっと見つめられるのが苦手だった。でも近頃はその瞳が優しく微笑むたび、何だか暖かい気持ちになれる。吸い込まれるように見つめられて少し照れたのか、アルバドラスは彼女から目をそらした。


「今日は天気も良いし・・・あとで、フラルの茶でも飲まぬか?」

「うん」

 さあやは嬉しそうに返事をした。














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