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魔女は旅を続ける、使い魔を添えて  作者: 積極的保留


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第5話 寄り道

 宿を取ったのは、塔へ戻る途中の町だった。

 昨夜の仕事で、二人とも消耗していた。

 転移門を一つ越えたところで日が暮れ、塔に戻るのは翌日に持ち越すことにした。

 夕食を終え、部屋へ戻ったあと、ネレアは荷物を整理しながら朔に声をかけた。

「明日、通りを見ていく?」

 窓辺から外を見ていた朔は、勢いよく振り返った。

「いいの?」

「うん。昼過ぎまでね。午後には転移門通るよ」

「もちろん見る。……もしかして、ご褒美?」

「私も茶葉買い足したいし」

「じゃあ決まり。そういうことなら、もう寝よう」

 朔がベッドの隅に移動する。

「そうだね」

 ネレアはそう言って眼鏡を外した。


 翌朝、二人は早めに朝を済ませ、宿を出た。

 大通りには店が並び、朝の支度を終えた店から順に扉が開き始めていた。

 朔はネレアの肩のあたりを飛びながら、通りの左右を見ている。

「どこ行く?」

「本屋」

 即答だった。

「決めてたんだ」

「昨日、看板が見えた」

 本屋は大通りから一本入ったところにあった。

 それほど大きな店ではなかったが、壁際の棚には天井近くまで本が詰まっている。

 朔は店に入るなり肩の上で立ち上がった。

「見てくる」

「どうぞ」

 返答を確認するやいなや、飛び上がる。

 ネレアはしばらく、朔の姿を後ろから眺めた。

 朔は羽を器用に使いながら、下段から上段まで順番に背表紙を確認し、隣の棚へ移っていく。

 人気の物語、魔物図鑑、古い地図。上段で、土地の植生について書かれた本を引っ張り出した。飛んだまま棚板に手をつき、中を確認する。

「ネレア」

 呼ばれて顔を上げる。

「なに?」

「これ、この辺りの植物が載ってる」

「仕事で使う?」

「いや。面白そう」

「じゃあ、それにしたら?」

 朔は本を見る。

「いいの?」

「今日は仕事じゃないでしょ」

 少し考えてから、朔が笑った。

「そうだった」

 ネレアは魔術書の棚に移動した。

 ネレアも読書は好きだった。

 町の本屋で魔術書自体を目にすることはほとんどないが、魔女の旅の記録を取り扱っている本屋は多い。

 それぞれ棚を見て、ときどき相手を呼ぶ。

 そうしているうちに、あっという間に時間が過ぎた。


 本屋を出たあと、通りに面した茶葉店に入った。

 ショーケースには茶葉の産地と銘柄が並べられていて、紅茶の種類も多い。

 他にも数組、茶葉を選んでいる。

 ネレアは銘柄を確かめ、気になったものを手に取り、香りを確かめた。

 肩から乗り出して一緒に香りを嗅いだ朔が先に言った。

「この香り、ネレア好きそう」

「そうだね。悪くない」

「塔のアールグレイはあと一缶だったよ」

「覚えてたの?」

「誰に聞いてる?」

 そう言われれば、なるほどと納得してしまう。

 朝は大抵、朔がお茶を入れてくれる。

 得意げに笑う朔を見て、ネレアも笑った。

 この茶葉店には、緑茶もいくつか置いてあった。

「朔はこっちの茶葉が気に入るんじゃない?」

「お、これは試したい。いい?」

「いいよ」

「じゃあこれ」

 そうして四種類の茶葉を買った。


 店を出たところで、朔が言った。

「ネレア」

「なに?」

「あの猫、さっきからずっと俺を見てる」

「猫?」

「店の中にいるときから視線感じてたんだけど」

 朔が示した方向を見る。

 少し先の店の前に、旅装の女性が一人、背を向けて立っている。

 その足元にいたキジトラの猫の視線は、確かに朔に向けられていた。

 猫はそのままこちらに寄ってきた。

 ネレアの足元まで来ると、肩の朔を見上げて鳴く。

「ミャ」

「ミロ?」

 声に気づいた女性がこちらを振り返った。

 見知った顔だった。

「……ネレア?」

「リゼット」

 リゼットはすぐにこちらへ歩いてきて、笑顔を浮かべて手を差し出した。

「ネレア、久しぶりね」

「うん。久しぶり」

 相変わらず、雰囲気の柔らかい、人好きのする笑顔だ。

 リゼットはミロが見上げていた先へ視線を動かした。

 朔と目が合う。

 しばらく見たあと、リゼットが言った。

「……朔?」

「そうだけど」

 朔が少し目を丸くする。

「俺のこと知ってる?」

「名前だけ。頼まれてる魔術具があるから」

「ああ」

 リゼットはもう一度、朔を見た。

「でも、こんなに小さいとは聞いてなかったな」

「それは割と最近」

「最近」

 リゼットがネレアを見る。

 ネレアは頷いた。

「いろいろあった」

「そう」

 リゼットはそれ以上聞かなかった。

 朔は、今度は足元の猫を見る。

「それで、この猫は?」

「ミロ。私の使い魔」

「使い魔?」

 朔がミロを見る。

 ミロも朔を見る。

 しばらく見つめ合った。

「……俺以外にもいるんだ」

「いるよ」

「知ってはいたけど、初めて見た」

 ミロが、ミャ、と鳴いた。

 そのあと少し話して、リゼットとは通りで別れた。

 ミロは最後まで朔を見ていた。

 朔も何度か振り返っている。

「気になる?」

「初めて見たから」

「使い魔を?」

「俺以外の」

 少し考えてから、朔が続ける。

「猫なんだな」

「ミロがね」

「みんな猫じゃないのは知ってる」

「ならよかった」

「俺、羽生えてるし」

 それもそうだった。


 大通りへ戻る。

「次は?」

 ネレアが聞くと、朔はすぐに通りを見回した。

「まだいいの?」

「昼過ぎまでって言ったでしょ」

「じゃあ、あっち」

 朔が先に飛んでいく。

 通りの先には、旅道具や文具、小さな雑貨を並べた露店がいくつか出ていた。

 朔は一つずつ覗いていった。

 小さな方位磁針を手に取り、裏返す。

 紐を編んだ道具を見つけて店主に用途を聞く。

 隣の店では、薄い金属板を何枚も綴じた小さな手帳を見つけた。

「ネレア、これ何に使うと思う?」

「聞けば?」

「その前に考えてる」

 しばらく眺めてから、朔は店主に答えを聞いた。

 予想は外れていたらしい。

「全然違った」

「残念」

「でも面白い」

 そう言って、また次の店へ飛んでいく。

 ネレアは急がず、その後を歩いた。

 通りの角まで来たところで、今度はネレアが足を止めた。

 チョコレートを売っている店だった。

 朔も戻ってくる。

「買う?」

「見る」

 店先には、小さく割ったチョコレートや、木の実を混ぜたものが並んでいた。

 ネレアは一つずつ眺める。

「どれが違うの?」

「産地と、混ぜてるもの」

「食べたら分かる?」

「たぶん」

 朔も隣で見る。

 しばらくして、ネレアは一つ手に取った。

「買うんだ」

「食べたくなった」

「俺も食べていい?」

「いいよ」

 店を出る。

 昼前には、二人の荷物は宿を出たときより明らかに増えていた。

 本が一冊。

 茶葉が四種類。

 細々とした買い物がいくつか。

 それに、チョコレート。

「増えたね」

 朔が言った。

「朔のものが多いけどね」

「茶葉とチョコはネレアの」

「お茶は朔も飲むでしょ」

「チョコも食べる」

「じゃあ半分」

「やった」

 転移門へ向かう道を歩く。

 朔はネレアの肩に座り、通りを振り返った。

「まだ見てない店あったな」

「また来ればいいよ」

「来る?」

「通ることがあればね」

「じゃあ覚えとく」

 それなら本当に覚えているだろう。

 ネレアは少し笑った。

 転移門が見えてくる。

「帰ろうか」

「うん」

 二人は、少し増えた荷物を持って、塔へ続く転移門へ向かった。




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