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魔女は旅を続ける、使い魔を添えて  作者: 積極的保留


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23/24

第23話 受け継ぐもの

 目を覚ましたのは、以前使っていた自分の部屋だった。

 ただし、ベッドが大きい。

 昨夜は人間の大きさで横になったはずなのに、今は枕だけでも朔の身体よりずっと大きかった。

 起き上がる。身体が重い。

 痛いところはない。手足も動く。契約も繋がっている。ネレアの魔力が流れてくる感覚も、昨日までと変わらない。それでも、いつもより動くのに時間がかかった。

 部屋へ来たネレアは、ベッドの上にいる朔を見ると手を差し出した。

 朔はまた、小さくなっていた。

「疲れてる?」

「少し」

 ネレアの手に乗る。昨日、人間の大きさになったことと関係があるのかもしれない。

 夜に見えるものが増えたこと。人間の身体で羽を使ったこと。その羽に、小さいときより多くの魔力が必要だったこと。

 他にも、まだ気づいていない原因があるかもしれない。

 一度では分からない。

 ネレアはそれも記録に加えた。

 その日は、羽を使わないことになった。

 朝食のあと、朔は昨日の記録を見ようとした。

 人間の大きさだった昨夜、自分で書き足したものがある。

 問題は、手帳もそのときのままだったことだ。

 机に置かれた手帳は、小さくなった朔には大きい。

 表紙を開くことはできる。一枚ずつなら、紙もめくれる。できないわけではない。ただ、ひどく使いにくい。

「何してるの?」

 声がして、朔は振り返った。

 タリアが机を覗き込んでいる。

「昨日の記録」

「大きいね」

「俺が小さいんだよ」

 タリアは手帳を持ち上げた。

「小さくすればいいじゃん」

「できるの?」

「できるよ」

 あまりにも普通に言われた。

 タリアが手帳を机へ置く。

 指先が触れると、魔力が流れた。

 今の朔には見える。

 手帳を包むように広がった魔力が、その形に沿って動く。

 次の瞬間、手帳が縮んだ。

 朔が両手で扱える大きさまで。

 表紙も、紙も、留め具も、そのままだった。

「……便利だな」

「でしょ」

 朔は手帳を開いた。

 文字も小さくなっている。それでも今の視界には、こちらの方が読みやすい。

 筆記具も同じように小さくなった。

 物の大きさを変える魔術は、見た目ほど単純ではないらしい。

 ただ縮めればいいわけではない。構造を保つ。道具ならその働きも残す。複雑なものになるほど難しくなる。魔術具なら中に組まれた術式まで壊さず変えなければならない。

「これ、普通にできる魔術なの?」

「普通には難しいよ。私は得意だけど」

「自慢?」

「事実」

 タリアは笑った。

 魔術具もできるらしい。

 少し面倒だけどと、タリアは言った。

 朔は小さくなった筆記具を動かしてみた。

 問題なく書ける。

 小型になってから、身体そのものより、周囲の物の方が不便だった。

 階段も、扉も、器も、本も。

 身体に合わせたものを一つずつ用意するしかないと思っていた。

 少なくとも、持ち歩く道具については別の方法がある。

「そうだ。朔」

 タリアが持っていた包みを机に置いた。

「できたよ」

 中から出てきたのは、黒い服だった。

 今の朔に合わせて作られている。

 前に測られた寸法で作られている。しかもデザイン違いで3着。仕事が速い。

 朔はそのうちの一着に着替えた。

 黒を基調にした、装飾の少ない服だった。

 袖を通し、腕を動かす。

「どう?」

「いい」

「格好いい?」

「俺が着てるからな」

「服の話」

 タリアが笑った。

 朔は机の上を少し歩いた。

 見た目だけではない。探索に使うことを考えて作られている。

 布は薄いが丈夫で、身体の動きを妨げない。

「似合ってる」

 ネレアが言った。

「そうでしょ」

 答えてから、朔は少し機嫌がよくなった。

 タリアも満足そうに眺めていた。

 その視線が、途中で止まる。

「でもなあ」

 服の袖をつまむ。

「また元のサイズに戻るなら困るね」

「契約時の服みたいには多分いかない」

 ネレアが言った。

 タリアは、机の上にある小さな手帳を見ていた。

 さっきまで普通の大きさだったものだ。

「大きくすることもできる?」

「できるよ」

「じゃあ――」

「朔を基準にしたら?」

 ネレアが顔を上げる。

 タリアの手が止まった。

 朔もネレアを見る。

「基準?」

「朔が着るんでしょ」

 ネレアはそれだけ言った。

 意味は分かった。

 タリアの魔術では、タリア自身が物をどこまで小さくするか、あるいは大きくするかを決めている。

 それを、朔の身体に任せる。

 小さいときは小さく。

 人間の大きさなら、それに合わせる。

 服の形は変えない。

 変わるのは、朔に対する大きさだけ。

「……それ、いいじゃん」

 タリアが服を見た。

 さっきまでの軽い表情が少し変わる。

 朔が着ている服の裾に、指先で触れる。

 タリアの魔力が、小さな服全体を通り抜ける。

 途中で止まり、戻る。

 朔には何を変えているのかまでは分からなかった。

 ただ手帳を小さくしたときより、ずっと細かく魔力を動かしている。

 タリアは何度か術を組み直した。

 大きさを変えること自体は、もともとできる。

 新しいのは、その判断をタリアがしないことだった。

 服が、着ている朔を見て決める。

 しばらくして、タリアが手を離した。

「たぶん、できた」

「たぶん?」

「大きくなったら分かる」

 それはそうだった。

 タリアは笑った。

 今のところ、朔が人間の大きさになったのは昨夜の一度だけだ。

 次があるのか。あるなら、いつなのか。

 まだ分からない。

 朔は、まだ袖を通してない2着を見て言った。

「全部頼む」

「任せなさい」

 流石、魔女だ。

「これも、俺に合わせられる?」

「できると思うけど、物によるよ」

 タリアも手帳を見る。

 道具は、それぞれ何に合わせれば使いやすいのかが違う。

 手帳なら朔の手でいいかもしれない。

 鞄なら身体。

 筆記具なら指。

 もっと複雑な道具なら、単純に同じ割合で変えればいいとは限らない。

「一個ずつ考える必要があるな」

「そういうこと」

「面白い」

「でしょ」

 朔はもう、次に試すものを考えていた。


 午後、クラウディアがネレアを呼び、朔もついていった。

 今日は飛ばず、ネレアの肩に乗る。

 居間にはタリアもいた。

 机の上に、小さな箱が一つ置かれている。

 ネレアはそれを見ると、少しだけ足を止めた。

 朔には理由が分からなかった。

 クラウディアがネレアを見た。

「今が良いと思って」

 ネレアはすぐには答えなかった。

「独り立ち?」

「うん」

 それだけで話が通じている。

 朔だけが少し遅れた。

 ネレアはすでに魔女だ。

 クラウディアと暮らし、仕事を任され、各地へ出ている。

 ただ、これまではクラウディアの弟子だった。

 一人で仕事へ行っても、その仕事を任せると決めたのはクラウディアだった。

 判断に迷えば持ち帰ることができた。

 その後ろには、師匠がいた。

 独り立ちは、その位置から出ることだった。

 自分で仕事を選び、引き受ける。

 必要なら断る。

 途中で前提が変われば、自分で判断を変える。

 その結果も、自分のものになる。

 クラウディアには、もうその未来が見えていたらしい。

「おめでとう」

 タリアが言った。

 ネレアが少し笑った。

「ありがとう」

 クラウディアが箱をネレアの前へ置いた。

 蓋を開ける。

 中にはペンダントが入っていた。

 細い銀の鎖。

 中央に、小さな結晶がある。

 透明に近い灰紫だった。

 光が入ると、奥にだけ淡い紫が浮かぶ。

 朔には、それが何なのか分かった。

 契約する前なら、ただの石に見えただろう。

 今は、そこにある魔力を感じる。

「クラウディアの?」

「そう」

 クラウディアが結晶を指先で持ち上げた。

 独り立ちする弟子へ、師匠が自分の魔力を結晶にして渡す。

 それは装飾品であると同時に、魔女の身分を示すものでもあった。

 誰に学び、誰が一人で仕事を任せられると認めたのか。

 魔力を見分けられる者なら、結晶から師匠を知ることができる。

 それだけではない。

 銀の鎖にも意味があった。

 細かな環が続く途中に、違う組み方が混じっている。

「これは?」

 朔が聞いた。

「オルテンシアから受け継いだ形」

 クラウディアが答えた。

 オルテンシア。

 クラウディアの師匠だった魔女。

 鎖も既製のものではなかった。

 弟子を送り出す師匠が、自分で作る。

 受け継いだ形をそのまま並べるわけでもない。

 どの形を残し、どう繋いで次へ渡すか。

 それも含めて、一つずつ作られる。

「これ、全部クラウディアが?」

 ネレアが聞いた。

「うん」

「鎖も?」

「鎖も」

 ネレアはしばらく手の中のペンダントを見ていた。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 横にいたタリアが、自分の襟元へ手を入れた。

 細い銀の鎖が出てくる。

 その先で揺れた結晶は、ネレアのものと同じ灰紫だった。

 鎖の途中にも、同じ形がある。

「お揃いだね」

 ネレアが二つを見比べる。

「少し違う」

「それはそう」

 タリアが笑った。

 同じクラウディアが作ったものでも、まったく同じではない。

 タリアのために作られたものと、ネレアのために作られたものだった。

 クラウディアが手を出した。

 ネレアはペンダントを渡し、髪を片側へ寄せる。

 銀の鎖が首に回る。

 暗い髪の下から、細い銀が覗いた。

 胸元に、灰紫の結晶が落ち着く。

「似合う」

 タリアが言った。

「うん」

 ネレアが結晶に触れた。

 森で初めて会ったときから、ネレアは魔女だった。

 朔が知らなかっただけで、あのときも仕事の途中だった。

 その後も、ネレアが魔女ではなかった日はない。

 何か新しい力を得たわけでもない。

 昨日までできなかった魔術が、今日から使えるわけでもない。

 ただ、これから引き受ける仕事には、クラウディアではなくネレアの名前が置かれる。

 朔はその肩から、灰紫の結晶を見た。

 小さな石が、銀の鎖の先で揺れていた。



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