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魔女は旅を続ける、使い魔を添えて  作者: 積極的保留


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20/23

第20話 制約と責任

 仕事部屋へ戻った頃には、日付が変わりそうになっていた。

 クラウディアは、もう一度契約の状態を確かめた。

 ネレアと朔の間には、魔力の繋がりがある。

 契約してから、途切れてはいない。

 維持するだけでも、ネレアの魔力は少しずつ減っているらしい。

 今のところ、大きな負担ではない。

 それが一晩、一日と続いたときにどうなるかは、まだ分からなかった。

「消える感じは?」

 クラウディアが聞いた。

「ない」

 朔は答えた。

「前も、消える直前まで分からなかったけどね」

「一晩はここで見ましょう」

 クラウディアが言った。

「明日の朝も問題がなければ、家に戻る」

「分かった」

 確認が終わっても、すぐには眠らなかった。

 塔には、さっき見つけたばかりの痕跡が残っている。

 朔には見えている。

 ネレアにも見えている。

 クラウディアには見えない。

 三人はもう一度、見えているものを確認した。

 濃さの違う痕跡が、いくつも重なっている。

 どれが何に使われたものなのかは分からない。

 古さも、正確には分からない。

「今日全部見るのは無理だね」

 ネレアが言った。

「俺もそう思う」

「記録だけ残そう」

 見えている範囲を紙に落とすことにした。

 朔が位置を言い、ネレアが書く。

 途中から、ネレアも自分で見えているものを書き加えた。

 同じものを見ている。

 けれど、見方は少し違うらしい。

 朔には、濃さや重なりが先に目につく。

 ネレアは、どこからどこへ繋がっているのかを見ていた。

「ここ、途中で切れてる」

 朔が言う。

「切れてない」

 ネレアが床を見る。

「下に入ってる」

「下?」

 朔も見る。

 言われてから追うと、確かに薄い痕跡が床の向こうへ続いている。

「……ほんとだ」

 ネレアが紙に線を足した。

 朔はその手元を見る。

 自分一人で見ていた頃とは、ずいぶん違う。

「昼にどう見えるかも確認したい」

 ネレアがこちらを見る。

「そうだね」

 それだけ決めて、紙を置いた。

 調べたいことはいくらでもある。

 けれど、今夜はそれだけではなかった。

 契約したばかりだ。

 身体も変わった。

 そちらも調べる必要がある。

「今日はここまでにしましょう」

 クラウディアは、自分の師匠が使っていた部屋へ向かった。


 仕事部屋に、ネレアと朔が残る。

 壁際に古い長椅子がある。

 ネレアが座り、朔もその隣に座った。

 昨日までなら、二人で座ればそれなりに場所を取ったはずだ。

 今は、ずいぶん余っている。

 その余白が、朔には妙に広く感じられた。

 隣にいるはずのネレアが、少し遠い。

 距離は変わっていないのに、身体が変わっただけで、いつもの場所まで別のものになっていた。

 朔は立ち上がった。

 座面の上を歩き、端まで行って戻る。

 身体の動きそのものには、違和感はない。

 ただ、見えるものの大きさがまるで違う。

 クッションの沈み込みが、足を取られそうな段差に感じられる。

 そうして歩き回る朔を、ネレアが見ていた。

 これまでとは逆だった。

「どう?」

「動くのは問題なさそう」

 本当に、動くだけなら問題はない。

 床を見る。

 今までなら何も考えずに下りていた高さだった。

「疲れる?」

「……前より疲れるかも」

「身体が小さいから?」

「分からない。契約の影響かもしれない」

 確かめることはいくらでもあった。

 契約を維持するだけでも、ネレアの魔力は使われる。

 魔術を使えば、もっと減るはずだった。

 どこまでなら問題がないのかも分からない。

 朔はネレアを見る。

 まだこちらを見ている。

 朔はもう一度、腕を動かした。

「今のところ大丈夫」

「うん」

 ネレアはそれでも見ていた。

 そのうち、朔は気にしなくなった。

 しばらくして、長椅子に横になる。

 身体が小さいせいか、クッションが妙に柔らかい。

 ネレアが端にあった布を取り、朔の近くへ置いた。

「寒い?」

「今は大丈夫」

「眠い?」

「少し」

「寝る?」

「もう少し」

 ネレアは本を一冊開いた。

 使い魔契約について書かれた本だった。

 朔も近くから覗く。

 文字が大きい。

「読みやすい」

「そう?」

「前より」

「近いからじゃない?」

「それもある」

 普通の使い魔契約。

 魔力の繋がり。

 契約した使い魔に起こる変化。

 当然、人間が小さくなるとは書いていない。

「ないね」

「ない」

「人間だからかな」

「分からない」

「異界だから?」

「それも分からない」

 分からないことが増えた。

 朔は少し笑った。

「何?」

「面白いなと思って」

 ネレアがこちらを見る。

「小さくなったのが?」

「それは困ってる」

「困ってるんだ」

「そりゃ困るよ」

 ネレアの目が少しだけ細くなった。

「……疲れたかも」

 ネレアが本から顔を上げる。

「寝た方がいいよ」

「まだ話せる」

「うん」

 朔は布の上に横になった。

 天井を見る。

 高い。

「明日、昼になったら痕跡がどう見えるか確認して」

「うん」

「あと、魔力も」

「うん」

「この身体で、どのくらい動けるかも――」

 そこで目を閉じた。


 次に目を開けたとき、窓が明るくなっていた。

 身体に布が掛かっている。

 朔は起き上がった。 

 最初に自分の手を見る。

 身体も、昨日と同じだった。

 目を覚ましたら戻っているかもしれない。

 どこかで、そう考えていたらしい。

 顔を上げると、ネレアと目が合った。

「おはよう」

「……おはよう」

 ネレアが近づき、しゃがんで朔を見る。

「いるね」

 朔も自分を見る。

「いるね」

 契約も分かる。

 ネレアから魔力が流れている。

 昨日と同じだった。

 朔は壁を見る。

 昨夜、あれほど見えていた痕跡を探す。

「……減った」

「見える?」

「少し」

 夜ほどではない。

 意識すれば、魔力そのものは分かる。

 ネレアの魔力も分かる。

 けれど、塔に重なっていた古い痕跡はほとんど沈んでいた。

「夜の方が見える」

 ネレアが頷く。

「前と同じだね」

「前よりは分かる」

 昼でも、以前より世界に魔力があることが分かる。

 ただ、夜とは違う。

 朔はその違いを覚えておくことにした。

 朝食のあと、クラウディアも契約を確認した。

 繋がりは続いている。

 ネレアも、大きな負担にはなっていないらしい。

 朔の身体にも、今のところ新しい変化はなかった。

 ただし、一晩消えなかったからといって、これで解決したとも言えなかった。

「しばらく記録しましょう」

「うん」

 ネレアが答える。

「身体も?」

 朔が聞く。

「もちろん」

 クラウディアは小さな朔を見る。

「むしろそっちも問題ね」

「戻るかもしれない」

「戻らないかもしれない」

「だよね」

 分かったのは、それだけだった。


 三人は転移門の時間に合わせて塔を出て、クラウディアの家へ戻った。

 家に着いて最初に会ったのは、タリアだった。

「おかえり」

「ただいま」

 ネレアの肩に座っている朔に視線が止まった。

「……朔?」

「そう」

 タリアの口元が動いた。

 朔は先に言った。

「笑うなよ」

 タリアが吹き出した。間に合わなかった。

「かわいい」

「それは要らない」

 タリアはまだ笑っている。

「何があったの?」

「契約した」

 ネレアが答える。

「それで?」

「小さくなった」

「なんで?」

「分からない」

 タリアがもう一度朔を見る。

「ちょっと待って。近くで見たい」

「今見てるだろ」

「もっと」

「嫌だ」

「服まで小さくなってる」

「そうなんだよ」

「よくできてるね」

「昨日まで普通の大きさだったからね」

「触っていい?」

「だめ」

 タリアがネレアを見る。

「ネレアは?」

「本人がだめって言ってる」

「残念」

 ネレアが歩き出した。

 朔はその肩に乗ったまま、タリアを見る。

 肩は悪くない。

 高さがある。視界も広い。歩かなくていい。

 問題は、ネレアが動くたびに少し揺れることだった。


 家に戻ると、昨日まで当たり前だったものが、ほとんど合わなくなっていた。

 椅子は高いし、水差しは動かせない。

 扉の取っ手に届かない。

 本は読めるが、ページをめくるのに少し苦労する。

 階段は上れなくはない。

 一段ずつなら、自分でも行ける。

 朔は試しに上ってみた。

 一段。

 次。

 時間がかかる。

「何?」

「見てるだけ」

 ネレアが後ろからついてきていた。

「落ちる前には何とかしてよ」

「できそうだから」

「まあ、できるけど」

 もう一段上る。

 できる。

 ただ、遅い。

 この調子で二階まで行くのは、かなり面倒だった。

 朔は立ち止まった。

 何ができないのかが分かれば、どうすればいいのかを考えられる。

 これは、できないわけではない。

 やり方が悪い。

 考えていると、目の前に手が差し出された。

 ネレアの手だった。

 朔がネレアの手に乗ると、そのまま階段を上がる。

 速い。

「これはこれで便利だな」

「そう?」

「うん」

 ただし、毎回これでは困る。

 別の方法は必要だった。

 その日のうちに、ネレアは朔が使うものをいくつか変えた。

 机の横に箱を重ねて、段差を作る。

「登ってみて」

 朔が登る。

 机まで届く。

「いける」

 次に、小さな器を出す。

 水を入れる。

「これは?」

 持ち上げる。

 少し重いが、使える。

「大丈夫」

 食事の器も替えた。

 よく使うものは低い場所へ移した。

 本を読む場所も変えた。

 一人では届かないものもある。

「全部自分でできるようにしなくてもいいでしょ」

 ネレアが言った。

 朔は少し考えた。

「まあ、そうだね」

 できなくなったことは多い。

 やり方を変えればできることもある。

 道具があれば、どうにかなりそうなものもある。

 朔は気づいたものから覚えておくことにした。

 夜になって、最後に残ったのは寝る場所だった。

 昨日は塔の長椅子で寝た。

 ここでは、自分のベッドがある。

 朔は見上げた。

 高い。

 上がれなくはないだろう。

 何かを足場にすればいい。

 ただ、毎晩やるには面倒だった。

「どうする?」

 ネレアが聞いた。

「何か置けば登れると思う」

 ネレアもベッドを見る。

 少し考えて、部屋を出ていった。

 戻ってきたときには、小さな籠を持っていた。

 中に布を敷いてある。

「……籠」

「嫌?」

「使い魔っぽい」

「使い魔でしょ」

「そうだけど」

 入ってみる。

 自力で入れる。

 横になる。

 十分な広さがある。

「どう?」

「悪くない」

 ネレアが布の位置を少し直した。

 朔は、その手を見る。

 昨日から何度も、自分のために動いている手だった。

「ありがとう」

 ネレアの手が止まる。

「……うん」

 籠は、そのまま持ち上げられた。

「どこに置くの?」

「私の部屋」

 朔はネレアを見る。

「なんで?」

「まだ何が起こるか分からないから」

 籠が置かれたのは、ベッドのすぐ横にある台の上だった。

 手を伸ばせば届く距離。

 朔は籠の中から部屋を見る。

 いつもと違う高さ。

 見えるものも違う。

 ネレアはベッドに座っていた。

 朔は布の上に横になった。

 身体もある。

 分からないことは、まだ多い。

 明日になれば、また増えるかもしれない。

 契約は繋がっている。

 朔は目を閉じた。





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