↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女は旅を続ける、使い魔を添えて  作者: 積極的保留


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/19

第15話 私が決めること

 町の北側には、古い結界があった。

 石の柱をいくつも立て、それを繋ぐように術式が組まれている。

 いつ作られたのかは、記録によって違う。

 誰が作ったのかも、何から町を守るためのものだったのかも、はっきりしない。

 ただ一つ、どの記録にも同じことが書かれていた。

 結界を止めてはいけない。


 異変が起きたのは、少し前だった。

 町の北へ向かって歩いていた人が、気づくと同じ場所へ戻っていた。

 道を間違えたわけではない。まっすぐ歩いていたはずなのに、さっき通った石柱の前へ戻っている。

 最初の一件があったあと、結界の管理者が確認した。

 少し傾いていた石柱を直すと、異変は止まった。

 数日後、別の場所で同じことが起きた。そこも修理すると止まった。

 そして三度目が起きたところで、町の代表者がクラウディアへ調査を依頼した。


 町へ着くと、クラウディアはまず代表者から話を聞いた。

 いつ起きたのか。どこで起きたのか。それまでに何をしたのか。

 結界を管理しているのは誰か。過去の記録はどこにあるのか。

 朔はネレアの隣で聞いていた。

 一通り話が終わると、クラウディアはネレアを見た。

「調査を任せるわ」

「うん」

「結界を変える必要があると思ったら、先に私に言って」

「分かった」

 建物を出てから、朔はネレアを見る。

「俺は?」

 ネレアは持っていた書類の半分を差し出した。

「記録、多いから一緒に見て」

「了解」

 最近は、こういうことが増えた。

 朔が仕事について行っていいか聞かなくても、ネレアが仕事を渡してくる。

 それが少し嬉しかった。

 その日の午後は、結界の石柱を見て回った。

 異変が起きた場所だけではない。

 北側に並ぶ石柱を、一つずつ確認する。

 新しく補修されたものが多かった。土を掘り返した跡もある。

 朔は一つの石柱の前でしゃがんだ。

「これ、最近直してる」

「うん」

 ネレアも横にしゃがむ。

「記録にあった?」

「あとで比べる」

 ネレアは石柱に触れ、目を閉じる。

 朔は待った。

 こういうとき、声をかけても返事はこない。それももう知っている。

 しばらくして、ネレアが目を開けた。

「分からない」

「何が?」

「何がおかしいのか」

 ネレアは石柱から手を離した。

「でも、これだけじゃないと思う」

 その夜、二人は宿で再び管理記録を広げた。

 朔が古いものを、ネレアが新しいものを見る。

「三年前」

 ネレアが言う。

 朔は束から一冊抜いた。

「これ?」

「うん」

 渡す。説明はいらなかった。

 朔はまた自分の記録へ戻った。

 しばらくして、手が止まる。昼に見た石柱を思い出した。

 記録に書かれている修理の数が、明らかに少ない。

「ネレア」

「うん」

「今日見たやつ、これより多くない?」

 ネレアが顔を上げる。

 朔の記録を受け取り、目を通した。

「多いね」

「書いてない?」

「たぶん」

 ネレアは少し考えた。

「明日、管理者に聞く前に、他の人にも聞こう」

「何を?」

「最近、結界を直してるところを見たか」

 朔は頷いた。

「俺が行く」

「お願い」

 知らない人に話を聞くのは嫌いではない。

 同じ出来事でも、見ているものが違う。

 いくつか集めると、最初には見えなかった形が出てくる。

 最近は、ネレアが次に何を知りたがるのかも、少し分かるようになってきた。


 翌朝、朔は町を歩いた。

 北側の畑で働いている女性。

 石柱の近くに住む老人。

 結界の近くへ資材を運んだことがある男性。

 同じ質問でも、聞き方を変えると出てくる話が違った。

 昼前にネレアと合流する。

「どうだった?」

「記録より多い」

 朔は書き留めた内容を見せた。

「たぶん、倍以上」

「こっちも」

 ネレアも紙を出す。

「補修用の材料が、記録より多く出てる」

 ネレアは、材料の納品記録と照らし合わせてきたらしい。

 別々に調べたものが、同じところへ集まっていく。

 朔はこういう瞬間が好きだった。

 午後、二人は結界の管理者に会った。

 最初は、はっきりしない返事だった。

 けれど、記録と実際の補修箇所が合わないことを示すと、管理者は認めた。

 記録していない修理がある。

 結界の管理方法は、前任者から引き継いだものだった。

 一定期間の補修回数が決められた数を超えた場合、魔女へ調査を依頼する。そう決められている。

 だが、管理者は依頼しなかった。

 石柱が傾けば直した。ひびが入れば埋めた。そうすれば異変は止まった。

 まだ自分で管理できると思った。

 だから、記録には基準を超えない数だけを書いた。

 帰り道、朔は聞いた。

「いつから?」

「調べる」

 ネレアが答える。

「でも、今年だけじゃないと思う」

「報告する?」

「するよ」

「じゃあ終わり?」

「まだ」

 ネレアは前を見たまま歩く。

「なんで続いたのか調べたいの」

 朔は少し考えた。

 町で聞いた話を思い出す。

 修理が増えていることに気づいていた人は少なくなかった。

 管理者が何度も北へ向かっているのを見ていた人も何人もいた。

 でも、誰もそれを問題だとは思っていなかった。

 ……管理者が大丈夫だと言っていたから。

「それを調べる?」

 朔が聞く。

「その辺」

 ネレアが少し笑った。

 当たったらしい。朔も笑う。

「じゃあ明日、もう少し聞いてくる」

「お願い」

 三日目。

 朔は町の代表者のところへ行った。

 最初は、補修に使われた材料について聞いた。

 そこから最近の修理の話になった。

 代表者も、以前より材料が多く使われていることは知っていた。

「修理が増えてるのは知ってた?」

 朔が聞く。

「古い結界ですからね。多少は仕方がないと思っていました」

「どれくらい直してるかは?」

 代表者が答えたのは、管理記録に書かれていた数だった。

 朔は少し考えた。

「もっと多いよ」

「え?」

 朔は持っていた記録を開いた。

「ここに書いてあるのはこれだけ。でも、実際はもっと直してる」

 聞き取りで確認した場所。

 資材の数や石柱に残っていた新しい補修跡。

 管理者本人も、記録していない修理があると認めた。

「決められた回数も超えてる」

 代表者の顔が変わった。

「クラウディア様は、ご存じなのですか」

「調査中だよ」

 朔は答えた。

 事実は揃っている。記録と実際が違う。決められた基準を超えている。管理者も認めている。

 それが答えだ。そう思ったから。 

 午後、クラウディアが結界のところへ来た。

 ネレアと朔は、石柱の配置を確認していた。

「ネレア」

「なに?」

「町から連絡があったわ」

 ネレアが顔を上げる。

「管理者を、一時的に役目から外したそうよ」

「なんで?」

 クラウディアは少しだけ朔を見た。

 ネレアもそちらを見る。

「朔」

「うん」

「話した?」

「うん」

「記録も?」

「見せた」

 ネレアは黙った。視線が少し落ちる。

 クラウディアが続けた。

「記録と実際が違っていたことと、基準を超えていた可能性が高いことを考えれば、一時的に外す判断自体は不自然ではないわ」

「……うん」

「ただ、私たちの調査はまだ終わっていない。それは町にも伝えた」

 ネレアはしばらく何も言わなかった。

 それから石柱を見る。

「続ける」

「ええ」

 調べていくと、問題は石柱の補修だけではなかった。

 結界が作られた頃と、今では土地の使われ方が変わっている。

 町の変化に、古い結界は合わなくなっている。

 一か所を直せば、そこは一時的に安定する。その代わり、別の場所へ負担が移る。

 管理者はそれを知らず、異変が出るたびに石柱を直していた。

 その日の夕方、ネレアは地図の上に古い結界の線を引いた。

「壊れてるんじゃない」

 クラウディアが頷く。

「ええ」

「今の土地と合ってない」

 ネレアは別の線を引いた。

「北側だけ、変えたい」

 クラウディアが地図を見る。

「どう変えるの?」

 ネレアは今の道と地形を示した。

 異変が起きた場所。負担が移った順番。

 今も残っている古い術式。

 クラウディアはいくつか質問した。

 ネレアは答える。

 分かっているところ。まだ分からないところ。

 変えても影響が少ないところ。触らない方がいいところ。

「どこまでならできる?」

 クラウディアが聞いた。

 ネレアは地図の一部を指した。

「ここまで」

「その先は?」

「今の私には無理」

 クラウディアが少し笑った。

「分かった。そこまでやってみなさい」

 翌朝、朔はもう一度、町の人たちに話を聞いた。

 昨日までとは、少し違っていた。

 管理者が役目から外されたことを、もう皆が知っている。

 修理が増えていたことは知っていた。

 でも、決められた基準を超えていたとは知らなかった。

 管理者が大丈夫だと言っていた。

 だから大丈夫だと思っていた。

 言っていることは、昨日までと大きく違わない。

 嘘をついているようにも見えない。

 それでも、何かが違った。

「もういいよ」

 ネレアが言った。

「聞かなくていいの?」

「昨日と同じようには聞けないから」

 そのときは、朔には意味が分からなかった。

 町を出る前に、クラウディアが代表者たちへ説明した。

 結界には実際に異常が起きていた。

 補修だけを続けていれば、いずれ維持できなくなっていた可能性が高い。

 古い結界が、今の土地に合わなくなっている。

 決められた手順通りに報告されていれば、もっと早く魔女が確認できた可能性がある。

 ネレアが結界の一部を引き直す。

 そこまで話してから、クラウディアは続けた。

「もう一つ」

 人々が顔を上げる。

「管理記録に問題があったことは事実です。ただし、なぜそれが長く見過ごされたのかについて、私たちの調査は完了していません」

 誰も何も言わない。

「管理者一人だけに原因があったと、私たちは結論づけていません」

 朔はクラウディアを見た。

 自分が代表者へ見せたものも、全部本当だった。

 クラウディアが今言ったことも、全部本当だった。


 そのあと、ネレアが結界を引き直した。

 クラウディアは少し離れた場所に立っている。

 何かあれば、すぐに手を出せる距離だった。

 ネレアは石に両手をかざし、古い結界の一部を緩めた。

 ネレアの手のひらの先に生じた光は、やがて線になり今の地形をなぞっていく。石の紋章の残すところを選ぶ。切るところを選ぶ。繋ぎ直す。

 やがて淡い光が石柱の間を走った。

 ネレアが手を止め、しばらく待つ。

 今度は光が静かに収まった。

 クラウディアが長く確認してから言った。

「大丈夫」

 ネレアの肩から力が抜ける。

「今の感覚、覚えておきなさい」

「うん」

 クラウディアが控えめに笑った。

 朔は少し離れたところから見ていた。

 井戸の仕事のとき、ネレアのやり方を綺麗だと思った。

 今も綺麗だった。

 分からないものを確かめ、残せるものは残す。

 変えなければならないところだけ変える。

 そして、自分にできないところでは止まる。

 町を出る頃には、雨が降り始めていた。

 クラウディアが少し前を歩いている。ネレアはその後ろ。

 朔は一度、足を遅くした。

 それから追いついた。

「怒ってる?」

「うん」

 返事はすぐだった。

「俺が、先に話したから?」

「うん」

「でも、全部本当だったよ」

「分かってる」

「補修は決められた回数を超えてた」

「うん」

「ネレアも報告するつもりだった」

「するつもりだったよ」

「たぶん、あの人をそのまま管理者にはしなかったよね」

 ネレアは少し黙った。

「少なくとも、そのまま任せはしなかった」

「じゃあ、同じじゃない?」

 ネレアが止まった。

 朔も止まる。

 雨が二人の間に落ちる。

「同じじゃない。私、まだ調べてたでしょ」

「何を?」

「町の人がどこまで知ってたのか。なんで誰も確認しなかったのか」

「それは知ってる」

「だから、まだ出さなかった」

 朔は黙った。

「今はもう、昨日と同じ答えは取れない」

「なんで?」

「朔が記録を見せたから」

 ネレアは静かに言った。

「代表者が管理者を外し、確認が始まった。町の人も記録が違ってたことを知った」

 朔は朝の聞き取りを思い出した。

 昨日まで知らなかったことを、今日は皆が知っていた。

 同じ質問をしても、同じ条件ではない。

 そこでようやく繋がった。

「ネレアなら、同じことをすると思った」

「するよ」

「じゃあ」

「でも、私が決めることだった」

 朔は何も言えなかった。

 判断は合っていた。

 たぶん、結論も大きくは違わなかった。

 だから、いいと思った。

 ……自分が先に進めても。

 ネレアはまた歩き出した。

 朔はその場に残った。

 いつもなら、考えなくてもついていく。

 今は分からなかった。

 ついていっていいのか。

 ここに残るべきなのか。

 何か言うべきなのか。

 それすら、自分が決めていいことなのか。

 雨の向こうで、ネレアの背中が少しずつ遠くなっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。