↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女は旅を続ける、使い魔を添えて  作者: 積極的保留


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/19

第14話 知らない海

 翌朝、ネレアと朔、それからタリアは港へ向かった。

 タリアは旧知の魔女と会う以外にも、予定があるらしい。

「何買うの?」

 歩きながら朔が聞く。

「秘密」

「なんで」

「聞かれたから」

「答えになってないけど」

「そういう答えもあるんだよ」

「便利だね、それ」

「使っていいよ」

「使わない」

 前を歩いていたネレアが笑った。

 クラウディアの家から港までは、歩いて一時間ほどかかる。

 朔は初めてだった。

 坂を下りきる少し前に、海が見えた。

 朔は足を止めた。

 見覚えのある色だった。でも、同じではない。

 海風に混じる匂いはよく似ている。

「朔?」

 ネレアが振り返る。

「海だ」

「海だね」

「知ってるの?」

 タリアが戻ってきた。

「あったよ。俺のいたところにも」

「じゃあ珍しくないじゃん」

「この海は初めて見る」

「全部それで済むね、朔」

「便利でしょ」

「さっき私の答え方に文句言ってたのに」

「これはちゃんと答えてるよ」

 タリアが笑う。

 ネレアも少し笑ってから、港の方を見た。

「帰りに寄る?」

 朔は海からネレアへ目を戻した。

「いいの?」

「私も見たいし」

「行く」

「即答だね」

 タリアが言った。

「海、好きなんだ?」

「まだ分からない」

「じゃあ何で即答したの」

「見たいから」

「はいはい」

 港へ近づくにつれて、人が増えた。

 朔の足も遅くなる。

 最初に気になったのは、大きな帆船だった。

 船体の横に積まれた木箱へ、見たことのない印がついている。

「ネレア、あれ何?」

「どれ?」

「箱の横」

 ネレアが目を細めた。

「南の方の印だと思う」

「行ったことある?」

「ないよ」

 朔はもう一度箱を見る。

「ネレアも知らない場所あるんだ」

「あるよ。いっぱい」

「へえ」

「何、その顔」

「ちょっと安心した」

「なんで?」

「全部知ってたら面白くないから」

「失礼だなあ」

 タリアが横から言った。

「ネレアが全部知ってるわけないでしょ」

「タリアは?」

「私はだいたい知ってる」

「嘘」

「早いな」

「今のは分かる」

「成長したね」

 二人で笑う。

 ネレアは何も言わなかったが、口元が少し緩んでいた。


 最初に向かったのは魔術用品を扱う店だった。

 ネレアが紙とインクを選んでいる間、朔は棚の端に置かれた別の紙を見ていた。

 触ると少しざらついている。

「それ、植物の繊維が違うよ」

 ネレアが横から言った。

「何の?」

「たぶん河草。家に本あるよ」

「読む」

「まだ買ってないよ」

「帰ったら読む」

「そういうところだけ早いね」

「そういうところ?」

「知らないもの見つけたとき」

 朔は紙から顔を上げた。

「分かる?」

「少しは」

 ネレアはそれだけ言って、インクを三つ籠へ入れた。

 店を出ると、タリアが先に待っていた。

 手には小さな包みを持っている。

「何買ったの?」

「秘密」

「まだ言うんだ」

「だって面白いから」

「俺が聞くの?」

「うん」

「じゃあもう聞かない」

「それは困る」

「なんで」

「秘密って言えないじゃん」

「知らないよ」

「冷たいなあ」

「タリアが始めたんでしょ」

 ネレアが笑った。

 次に、ネレアが足を止めた。

 小さな茶葉の店だった。

「寄っていい?」

 朔は少し意外に思った。

 仕事の途中で、ネレアの方から店へ寄りたいと言うのは珍しい。

「もちろん」

「私も入る」

「タリアは買い物終わったの?」

「終わったよ」

「秘密のやつ?」

「そう」

「まだ言わないんだ」

「しつこいね、朔」

「最初に聞いてほしいって言ったのタリアじゃん」

「覚えてるんだ」

「覚えてるよ」

「そういうとこ可愛くないね」

「格好いい方だからいい」

「自分で言う?」

「事実ならいいでしょ」

 タリアが吹き出した。

 ネレアも笑っていた。


 店の中には、いくつかの茶葉が並んでいた。

 ネレアはすぐには決めなかった。

 一つ手に取り、香りを確かめてから戻す。

 別のものも見る。

 仕事のときより、少しだけ迷っている。

「お茶、好きなんだ」

 朔が言う。

「好きだよ」

「知らなかった」

「聞かれてないから」

 ネレアはそう言って、また一つ手に取った。

「どんなのが好き?」

「渋いの」

「甘くないやつ?」

「うん。香りが強すぎない方が好き」

 朔は頷いた。覚えておこうと思った。

「朔」

 横からタリアに呼ばれる。

「なに?」

「それ、何の顔?」

「何の顔って?」

「覚えましたって顔」

「覚えたけど」

「素直だねえ」

「悪い?」

「別に」

 タリアは笑いながら、少し先の棚へ行った。

 ネレアは聞こえていたはずだが、何も言わなかった。

 ただ、茶葉を選びながら少し笑っていた。

 店を出てしばらく歩いたところで、朔が古本を並べた露店を見つけた。

 古い文字が見える。

 足が止まった。

「見てくる?」

 ネレアが言う。

「いい?」

「うん」

 朔はすぐ露店へ向かった。

 一冊手に取る。

 文字は読める。けれど、ところどころ形が古い。意味は拾えるのに、単語として読めないところがある。面白い。

 頁をめくっていると、少し離れたところからタリアの声が聞こえた。

「朔って、やっぱ格好いいよね」

 朔の手が止まる。

 ネレアの声が返る。

「そうだね」

「顔、整ってるし」

「顔だけじゃないよ」

 少し間があった。

「……へえ」

「なに?」

「別に」

 朔は頁へ目を戻した。

 読めない。さっきまで意味だけなら拾えていた文字が、急に頭へ入ってこなくなった。

 格好いいと言われること自体は珍しくない。

 タリアに言われても、たぶん普通に受け取れる。

 ネレアもそう思っているらしい。それは少し嬉しい。

 問題は、その次だった。

 顔だけじゃない。

 何が。

 朔はもう一度同じ行を読んだ。

 やっぱり分からなかった。

「朔?」

 すぐ近くから声がして顔を上げる。

 ネレアが立っていた。

「何かあった?」

「古い文字が読めない」

「買うの?」

「うん」

「読めないのに?」

「読めないから」

 ネレアが笑う。

「やっぱり朔だね」

 朔は本を閉じた。

 その言葉も、さっきより少しだけ気になった。

 横からタリアが覗き込む。

「聞いてた?」

「……何を?」

「今の間で分かった」

「何が」

「格好いいってところ」

「聞こえたよ」

「嬉しかった?」

「うん」

「即答なんだ」

「褒められて嬉しくない?」

「ネレアに言われたのが?」

 朔はタリアを見る。

「それも嬉しいよ」

「へえ」

「その顔なに」

「別に?」

「ネレアと同じこと言ってる」

「便利だから」

「さっき俺に使っていいって言ったやつ?」

「そう」

「やっぱり使わない」

 タリアが笑う。

 ネレアは少し先を歩いていた。

 聞こえているのかどうかは分からない。

 振り返らなかった。


 買い物が終わる頃には、日が少し傾いていた。

 港を出る前に、タリアが別の道を指した。

「じゃあここから別行動ね」

「じゃあまた家で」

「うん」

「朔」

「なに?」

「海に落ちないでね」

「落ちないよ」

「本当に?」

「なんで疑うの」

「気になるもの見つけたら前見なくなるから」

「ならない」

「なるよ」

 ネレアが言った。

「ネレアまで」

「さっき船見ながら人にぶつかりかけてたよ」

「……見てたの?」

「見てた」

 タリアが笑いながら手を振った。

「じゃあ任せた」

「何を?」

「朔」

 タリアはそのまま人混みへ消えた。

 ネレアと朔は港を抜け、海沿いの道を歩いた。

 さっきまでタリアがいたせいか、急に静かになったように感じる。

 嫌ではない。

 しばらく歩くと、岬へ出た。

 海が広がっている。

 近くで見ると、朝に遠くから見た色とは違った。

 風が強い。波が岩へ当たって白く崩れる。

 朔は立ち止まった。

「ネレア、海好き?」

「好きだよ」

「どこが?」

 ネレアは少し考えた。

「色かな」

「青いから?」

「それだけじゃないよ」

 ネレアは海を見る。

「朝と夕方でも違うし、天気でも違う。深いところと浅いところでも違うし」

 朔も海を見る。

「変わるところが好き?」

「それも好き」

「それも?」

「変わっても、海は海だから」

 朔は少し考えた。

 分かるような気がした。

「朔は?」

 ネレアが言う。

「なに?」

「朔は、何が好き?」

 朔はネレアを見る。

 聞かれたことがなかった。

 この世界へ来てから、何ができるのかは何度も聞かれた。

 何を知っているのかも。どこから来たのかも。

 好きなものは、聞かれていない。

「知らないもの」

「もの?」

「場所でもいいし、仕組みでもいい。言葉でも」

「全部じゃない?」

「全部かも」

 ネレアが笑う。

「知るのが好きなんだ」

「うん」

「朔っぽいね」

「そう?」

「うん」

 少し嬉しかった。

 何が朔っぽいのかは分からない。

 でも、ネレアの中に自分についての何かができているらしい。

 それが分かった。

 しばらく二人で海を見た。

「朔のいたところにも、海はあったんだよね」

「あったよ」

「どんな海?」

 朔は少し考える。

「似てる」

「ここに?」

「色とか、匂いとか」

 風が吹いた。

 潮の匂いがする。

 知っている匂いだった。

「懐かしい?」

 ネレアが聞く。

「うん。ちょっと」

「そっか」

 ネレアはそれ以上聞かなかった。

 朔も何も言わなかった。

 帰り道、朔は買ったばかりの本を開いた。

「歩きながら読まないで」

「ちょっとだけ」

「さっきぶつかりかけてたでしょ」

「今は船見てないから大丈夫」

「本見てるじゃん」

「これは手元だから」

「前見てないのは同じだよ」

 朔は本を閉じた。

「帰ったら読む」

「読めないんでしょ」

「調べる」

「明日の仕事は?」

「それもやる」

「寝る時間なくなるよ」

「大丈夫」

「何が?」

「なんとかする」

 ネレアが笑った。

 港には、まだ知らないものがたくさんあった。

 海も、店も、文字も。

 また来たいと思った。

 朔は少し前を歩くネレアを見る。

 ネレアについても、きっと同じだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。