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魔女は旅を続ける、使い魔を添えて  作者: 積極的保留


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10/19

第10話 分かるところまで

「道がある」

 ネレアは朔の指した先を見た。

 何もない森だった。

 少なくとも、彼女にはそう見えているらしい。


「どこ?」

「ここから」

 朔は足元を示した。

「見える?」

「うん」

「昼は?」

「なかった」

 ネレアは地図を開いた。

 朔が指す方向を見る。

 地図を見る。

 もう一度、森を見る。

「行ける?」

「たぶん」

 朔が先に歩いた。

 線ははっきりしているわけではない。

 見失いそうになるところもある。

 それでも、続いている。

 木々の間を抜け、緩い斜面を横切る。

 朔が方向を変えるたびに、後ろで紙の音がした。

 ネレアが地図を確認している。

 しばらく進んだところで、朔は足を止めた。

 線が少し曲がっている。

 地形だけを見れば、真っ直ぐ進んだ方が自然だ。

 けれど痕跡は曲がる。

 その先へ進む。

 背後からネレアがついてくる。


「地図と合ってる?」

「うん」

 短い返事だった。

 それで十分だった。

 さらに進む。

 見覚えのある岩が出てきた。

 朔はすぐに気づいた。

 朝、目を覚ました場所だ。

 その少し先。

 古い石が立っている。

 道の痕跡は、そこまで続いていた。

 石の前で消えている。

 朔は立ち止まった。

 ネレアも隣で止まる。

 朝と同じ石だった。

 けれど夜になった今、朔には少し違って見えた。

 苔の下。欠けた縁。

 その周囲に、薄い何かが残っている。

 道ほど長くはない。

 石にまとわりつくような痕跡。

 朔が見ている間に、ネレアは手をかざした。

 触れない距離で、刻まれた文字と、その周囲に走る細い線を順番に追っていく。

 朔も隣へ行った。

 朝に見た文字。

 読めないけれど意味は拾える。

「道」

 ネレアの手が止まった。

 朔は文字の一部を示す。

「ここ。道って意味」

「読めるの?」

「読めない」

 ネレアが見る。

「意味だけ分かる」

 少しの間。

 ネレアはそれ以上聞かなかった。

 紙の束を取り出して何かを書き足す。

 朔は別の文字を見る。

「こっちは……結ぶ、かな」

 今度はネレアが別の場所を示した。

「ここは?」

 朔は見る。

「分からない」

「うん」

 それだけだった。

 無理に答えを求めない。推測で埋めない。

 朔は少しだけネレアを見た。

 すぐ石へ戻る。

 ネレアは文字ではなく、その周囲の細い線を追っていた。

 朔には装飾にも見える。

 ただ、彼女の視線は一定の規則を追っている。

「それは?」

「術式」

 昼間に聞いた言葉だった。

 魔術を成り立たせる何か。

 まだ、それ以上は分からない。

 ネレアが石の側面へ回る。

 朔も反対から見る。

 刻まれた線が途中で途切れていた。

「欠けてる」

「うん」

「続きは?」

 ネレアは欠けた部分を見た。

「ない」

 朔も確認する。

 石ごと失われている。

 しばらく二人とも喋らなかった。


 ネレアは術式を見る。

 朔は文字を見る。

 分かるところだけ拾い、伝えるとネレアが紙へ写す。

 次の箇所を示す。

 朔が答える。

 最初は、その繰り返しだった。

 何度か続くうちに、朔はネレアが次にどこを見るか分かるようになった。

 文字と術式が重なる箇所。

 欠損の前後。

 同じ形が繰り返されている部分。

 ネレアが紙を動かす。

「そこは分からない」

 朔が先に言った。

 ネレアが顔を上げる。

「隣なら意味がある。たぶんそれも、道」

 ネレアが確認する。

 紙へ書く。

 次。

 朔も視線を移す。

「これは……結ぶ」

 また次。

 ネレアが石の下へしゃがむ。

 朔は先にその先を見る。

「次、ここ?」

 ネレアが顔を上げた。

 一瞬、間があった。

 それから笑った。ほんの少し。

 それまでほとんど変わらなかった表情が急に動いたので、朔は一瞬そちらを見たままになった。

「うん」

 ネレアはもう石へ戻っている。

 朔も視線を戻した。

 なぜか、さっきの顔だけ少し残った。


 調べても、分からないものの方が多かった。

 道らしい痕跡が石まで続いている。

 石には古い術式が残っている。

 刻まれた文字には、道や、何かを結ぶ意味が含まれている。

 そして朔は、そのすぐ近くで目を覚ました。

 並べれば関係がありそうに見える。

 ただし、関係があるように見えることと、関係があることは同じではない。

 石が何をするものなのか。

 道がなぜ消えたのか。

 朔がなぜここにいるのか。

 どれも分からない。

「動かせる?」

 朔が聞いた。

 ネレアは石を見たまま首を振った。

「触らない」

 それで終わった。

 朔も異論はなかった。

 仕組みも結果も分からないものを、試しに動かす理由はない。

 ネレアは最後まで石と周囲を記録した。

 朔も、自分に見える道の位置を伝える。

 途中から、ネレアが聞くより先に答えていた。


 終わった頃には、森はすっかり暗くなっていた。

 ネレアが紙をまとめる。

 朔はスコープを取り出し、暗い森の先を覗いた。

 電子補正が死んでいるせいで、夜は昼ほど役に立たない。

 その向こうには、スコープより自分の目で見た方がよく分かる痕跡がいくつも残っている。

 変な話だった。


 ネレアが歩き出した。

「帰るの?」

「うん」

 朔は周囲を見る。

 自分には帰る場所がない。

 正確には、帰りたい場所ならある。

 そこへ行く方法がない。

 ネレアが数歩進んで、振り返った。

「来る?」

「どこに?」

「師匠のところ」

 朔は彼女が持っている紙を見る。

「これを見せる?」

「うん」

 それなら行く理由はある。

 この石について知っているかもしれない。

 この世界についても。

 自分に起きていることについても。

「行く」


 ネレアはまた歩き出した。

 朔もついていく。

 夜の森には、まだ見たことのない痕跡がいくつもあった。

 一つずつ確かめていたら、たぶん朝になる。

 今日はやめておく。

 少し前をネレアが歩いている。

 師匠とやらに会えば、また分からないことが増えるかもしれない。

 それはそれで悪くなかった。


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