九話 異世界でホームレス?
裁判所の一角。
「イナ様、どうすれば?」
日に焼け、無精ひげを生やした中年の冒険者が、膝をついたまま訊ねた。
「兎を守って。この世界を安定させるには、シーフの力が必要」
「はっ。他三名は?」
「……放っておいていいよ」
「よろしいのですか?」
「兎には悪いけど、あの三人は死ぬことになるから、いや、必ず死んでもらわないと……」
「……承知しました」
「お前は手を出すな。いいな?」
「はっ!」
中年の冒険者は、深く頭を下げた。
イナは、いつものように笑っていなかった。
◇
ホームとクランのお金を没収され、ついに、私達はホームレスになった。
ただのホームレスじゃない。
四億ペニーの価値があるホームレスだ。
始まりの館が、『かなり。』のホームに……。
ま、座る所には困らない。
「誰のせいなん!」
「はぁ? うさぎのせいじゃん! どうすんのよ! 四億!」
「何で、私のせいなん! それだったらリンクも同罪じゃん!」
「何で俺もだよ! ふざけるな!」
「買ってくれるところ探そうって言ったじゃん!」
「それだったら、直哉もだろ! 浪漫とか言ってただろうが!」
「ああっ! 俺は関係ないだろ!」
グウ〜。
四人のお腹が鳴った。
「喧嘩やめよう……。余計にお腹が空く」
「うん……」
三日間、何も食べていなかった。
ああー!
ラーメンたべたーーい!!
「お? お前さん達。街を半壊させた者達だな?」
日に焼けて無精ひげを生やしたおじさんが声を掛けてきた。
「隣いいか?」
そう言ってきたけど、おじさんの声は私達には届かない。
おじさんの手には、カレーを乗せたお盆を持っていた。
おじさんは、私の隣のテーブルにカレーを置く。
ああああ……。
カレーの匂いが……。
リンクが。
華菜が。
直哉が。
カレーを見ている。
私は、口を開け、ヨダレが流れるのを止めることが出来ない。
グウウウ〜〜。
今までにないくらいに、四人のお腹が鳴った。
カレー。
ああ。
カレーが私を呼んでいる……。
気がつくと、自然とおじさんの前に土下座していた。
頭を上げると、リンク、華菜、直哉も……。
土下座していた。
カレーの匂いは、魔力がある。
もう、止められない。
ミジメだって?
情けない?
ああ?
四億なすりつけるぞ……。
華菜が叫ぶ様に言った。
「おじ様! どうかお恵みを。 三日間、何も食べてなくて!」
おじさんは、始まりの館の食堂に私達を連れていくと、好きな物食べていいと言ってくれた。
皆、無言だ。
カチャカチャと食器にスプーンがあたる音が響く。
嗚呼、カレー!
そして、ずぞぞぞぞぞ!
ラーメン!
幸せに包まれている。
皆、一心不乱に食べていた。
華菜の前には、焼き魚、肉じゃが、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、ご飯。
リンクは、ラーメン、餃子、若鶏の唐揚げ、炒飯。
直哉は、私と一緒だった。
「そんなに、急いで食べると喉につまるぞ」
おじさんは、私達の食べる姿を笑顔で見つめている。
頭の中で考えていることが、つい口をついた。
「何て良いおじさんだ。今度から、おいちゃんて呼んであげる」
「あははは! おいちゃんか」
あ、つい。
「うさぎ失礼でしょ! おじ様と呼びなさいよ」
「だな」
「おじ様に謝れ」
たしかに……。
「ごめんなさい」
「いい。おいちゃんでいいよ」
「本当? やったあ!」
「えー、うさぎだけずるいじゃん」
「皆、そう呼んでくれ」
なんて、いい人だ。
「それよりも、君達に協力するように頼まれていてな」
え?
誰に?
「誰に、頼まれて」
リンクが不思議そうな顔をして聞いた。
「ある人としか言えないが、俺は、伊藤一刀」
「え! あの?」
直哉が、びっくりして声を上げた。
「直哉知ってるの?」
「ああ、剣術で最強と噂の」
ええ?
そんな凄そうな人をおいちゃんと……。
ま、いいか。
その時、おいちゃんは、私に耳打ちをした。
(俺はイナ様の配下。イナ様に……)
え?
イナが?
イナちゃん!
ごめん!
今までアホと思って……。
なんて、良い子なんだ!
そして、おいちゃんが、クランに入ることになった。
協力するには、クランに入ってた方が都合が良いだろうと。たしかにその通り。
おいちゃんは、どこかに出かけていった。
私達は、瓦礫処理などをしなければいけなかったけど……。
「行きたくない。行って何言われるかわかんないし」
華菜が言った。
皆も、華菜に賛成した。
そして、始まりの館で、ボーッとしている。
四億て、どうやって稼げばいいんだ!
お腹も満腹になり、朝まで、ずっと誰が悪いのか喧嘩していたけど、もう喧嘩する気も皆なかった。
「はぁ……四億……」
「うさぎ、言うな」
「どこで、寝るの?」
華菜があくびしながら聞いた。
「本当だよ」
「教会にいけば、簡易ベッドにシャワーあるな」
「ヤダ! あのシスター怖い!」
そんな話をしていた時に、おいちゃんが帰って来た。
「宿、一カ月分とってきたぞ」
はっ?
やど?
宿だとおお?
「え? 宿?」
リンクが困惑して聞いた。
「ああ、俺も『かなり。』に入ったしな。クランに協力するのはあたりまえだろ?」
「伊藤さん、ありがとうございます」
「で、でも、お金! 私達お金ない」
「大丈夫だ、皆の分払っといた」
「浪漫だな」
おいちゃんが用意してくれた宿は、旅館。
しかも、ただの旅館じゃなかった。
街外れの小高い場所に建つ、超高級旅館。
入口まで続く石畳の道には、手入れされた木々が並ぶ。
左右には小さな灯籠が等間隔に置かれ、淡い光が足元を照らしていた。
庭には池があり、水面には月が揺れ鯉が泳ぐ。
この鯉、絶対に私達よりいい暮らしをしているよ。絶対に……。
建物は大きな木造で、柱も床もぴかぴかに磨かれていた。
入口には立派な暖簾がかかっていて、そこをくぐるだけで、何か場違いな気分になる。
「あの……伊藤さん、いくらしたんですか?」
リンクが恐縮していた。
「ん? そこそこした」
場違いだった。
しかも、さっきまで騒いでいた華菜と直哉が、妙におとなしい。
いや、違う。
二人とも目を輝かせて、満面の笑みで旅館中を見渡していた。
完全に、現実逃避している顔だった。
その気持ち、わかる……。
引き戸を開けると、すぐに上品な香りがした。
木の匂いに花の匂い。
それと、奥の方から漂ってくる出汁の匂い。
広い玄関には、つやつやした床が広がっていた。
受付には落ち着いた着物姿の人が立っていて、私達を見るなり、深く頭を下げた。
部屋は、二部屋用意されていた。
華菜と私で一部屋。
リンク、直哉、おいちゃんで一部屋。
案内された部屋は、広かった。
マジで広い。
八人くらい余裕で寝れる。
一泊いくら?
怖い。
畳の部屋があって、低い机があって、ふかふかの座布団があって、窓の外には立派な庭が見えた。
さらに奥には、寝るための部屋まである。
布団も、今まで見たことがないくらい厚い。
しかも、庭には部屋専用の小さな露天風呂までついていた。
湯気がゆらゆら上がっている。
木の囲いの向こうには、夜の庭。
竹が風に揺れて、さらさらと音を立てていた。
「……華菜」
「なに?」
「ここ、いくらすると思う?」
「わかんないけど、タダよ? タダ最高!!」
華菜は、真顔で言った。
その通り!
「おぉ〜! タダ最高!!」
私達は今、四億ペニーの借金を背負っている。
なのに、目の前には超高級旅館。
ふかふかの布団。
部屋付き露天風呂。
そして、絶対に高い夕食。
これが、一カ月……。
おいちゃん。
どんだけ持っているんだ?
「ねぇー、露天風呂入ろー!」
「お、いいですな。うさぎさん」
「おりゃああ!」
「あははは! おりゃああ!」
超高級旅館の部屋に、衣服、下着が散乱する。
華菜と私は、気にすることなく露天風呂に飛び込んだ。
「ふあああああああああ!」
変な声が出た。
温かい。
お湯が身体に染み込んでいく。
三日間の疲れ。
裁判。
シスターの怒号。
四億ペニー。
ホーム没収。
全部、お湯に溶けていく。
「うさぎ。シャンプーとかあるよ」
「頭洗いたーい。三日も入ってないから実は痒かった」
「だよね。私達、ちょっと臭くなってたかも」
「かも……」
◇
「直哉、風呂はいるといいぞ」
「そうだな。一刀さん、先にどうぞ」
「ん? 何を言っている? 庭に出てみるといい」
「何を言って?」
「分からないか?」
「はい」
おいちゃんは、庭にリンクと直哉を連れ出した。
「聞こえるか?」
「ああ、うさぎと華菜が風呂に入っているみたいだな」
「だな」
「この、竹垣の向こうに若い女の裸が二つある。覗いてあげるのが、男としての礼儀作法だ」
「は? ダメだろ」
「いや、浪漫だな」
「おい、直哉」
「しーっ」
「君は、見たくないのか?」
「それは……」
◇
「うさぎ……ここでは、おとなしくしとこうね」
「うん、絶対に壊さない」
お互い背中を洗いあっていた。
華菜の黒髪きれい……。
はあ、思い出した……。
「私の髪……はぁ……」
「見たいかも、うさぎの黒髪ロング。転職したら? 髪元に戻るんじゃない?」
「ダメだった」
「ダメ?何で?」
「分からないけど、シーフは転職できませんて」
「ああ、やっぱり? 私達全員出来ないのよ。何でだろうね?」
「え? 華菜も?」
「うん、リンクと直哉も」
イナの顔が浮かんだ。
何かある……。
リンク、直哉、華菜、そして私。
この世界で、私達だけが転職出来ない。
始まりの館で、多くの人が転職している姿をみた。
私達の出会いは偶然じゃなく、イナに導かれて……なわけないか。
「どうしたの? 考えこんで」
「何でもない。私達全員転職できないなんて、もしかして、最底辺クラン?」
「あははは! かも!」
「だよね」
立って、手を挙げて背伸びをする。
「うーん……」
背筋が、ピンッと張るような感覚がする。
「うーん」
隣を見ると、華菜も背伸びしていた。
正面には、竹垣がある。
その竹垣の上から覗いている、リンク、直哉、おいちゃんと目があった。
「ぎゃああああああ! 華菜! リンク達がああ!」
慌てて露天風呂に飛び込んだ。
うおおお!
あいつら!!
「ほぉう? お前ら、面白い事するのぉ!」
華菜さん……?
言葉が……。
シスターが乗り移った?
「ヤベ! 浪漫じゃねえ」
直哉の声がした直後。
ドサッ。
ドサッ。
ドサッ。
三つの何かが、竹垣の向こう側に落ちる音がした。
たぶん、三人だ。
ガシッ!
華菜が竹垣を蹴った。
ガシッ!
もう一回蹴った。
バキッ!
三回目で、竹垣が嫌な音を立てた。
「部屋で正座して待ってろおお!!! いいな!!!」
「はいっ!!!」
三人の返事が、あまりにもきれいに揃っていた。
それが、おかしくなった。
「あははは!」
「うさぎ、何がおかしいのよ」
「この後、リンク達が華菜に怒られる姿想像したら」
「徹底的に」
「あははは! 皆、可哀想!」
「私達の裸みたのよ? 金払って貰わないと!!」
「四億ペニーだね」
華菜は、真顔で頷いた。
「そうね。あんた達! 覗き料四億ペニーよ!」
竹垣の向こうから、三人が部屋に逃げ込む音が聞こえる。
その音を聞きながら、私は湯船に肩まで沈んだ。
ああ。
満天の星。
綺麗……。
隣に華菜が浸かっている。
二人に会話はない。
ただ、一緒に星をながめていた。
三人は、きっと正座して待っている。
ふふふ……。
こんな日々が続きますように。
その時、流れ星が流れた。




