八話 裁判
私達は、今、横並びに立っている。
裁判所で……。
街が半壊した後、建物はすぐに生えてきたらしい。
建物が生える?
何を言っているのか分からないと思うかもしれないが、そう表現するしかない。
奇跡的に死傷者がいなかったみたい。
それは、本当に良かった。
教会に、三日間監禁されていたけど、本日裁判らしい。
三日間、シスターにどれほど怒鳴られたか。
あれ本当に聖職者なんだろうか?
重たい鐘の音が、裁判所の中に響いた。
ゴォン……。
その音だけで、背筋が勝手に伸びる。
広い法廷だった。
天井は高く、壁には難しそうな文字がびっしり刻まれている。
正面には、一段高くなった席。
その左右には、黒い服を着た人たちがずらりと並んでいた。
何これ。
めっちゃ本格的なんだけど?
「これより、都市損壊事件に関する裁判を開廷する」
低い声が響いた。
その瞬間、法廷にいた全員が一斉に立ち上がる。
私達は、横並びのまま固まっていた。
華菜は顔が青い。
直哉は目を逸らしている。
リンクは腕を組んでいるけど、額に汗が浮いている。
「被告人、前へ」
被告人。
その言葉が、胸に刺さった。
「裁判長、入廷」
その声と同時に、正面の扉が開いた。
法廷の空気が、さらに重くなる。
そして、そこから現れたのは――。
「はーい。兎! 何か面白いことになってる!」
イナだった。
私は、目を疑った。
は?
何で、このアホが?
しかも、スーツ着てやがる。
イナは、裁判長席に座ると、にこにこしながら木槌を持ち上げた。
「それでは、開廷しまーす」
コン。
軽い音が鳴った。
私達の命運、そんな軽い音で始まったんだけど……?
「はい! 処刑〜! 閉廷」
コン。
華菜が泣き出した。
「ふざけるな! アホ!」
「あははは! めんごめんご。冗談だよー」
しかし、皆、このアホが、こんなふざけた事しているのに、何で真面目な顔してるんだろう?
「リンク。裁判長、おかしくない? いきなり処刑って」
コン。
コン。
「私語は慎むように」
チッ!
「兎以外は、私の事、おかしいと思わないよー。そう設定されてるから」
設定?
今、こいつは何て言った?
私は、隣にいる華菜を見た。
華菜は、まだ泣いている。
けれど、イナに対して何かを感じている様子はない。
直哉も同じだった。
さっきまで目を逸らしていたくせに、裁判長席に座るイナだけは、当然みたいに受け入れている。
リンクもだ。
額に汗を浮かべながら、それでも口を挟もうとはしない。
おかしい。
明らかにおかしい。
こいつ、さっき「処刑」って言ったよ?
開廷して三秒で処刑って言ったんだけど?
なのに、誰も怒らない。
誰も疑わない。
誰も、このアホを裁判長席から引きずり下ろそうとしない。
そして、今私と話している。
誰も何も言わない。
「この世界はね、私に全部都合の良いように出来てるの」
そういや、コイツが作ったんだったか?この世界。
「私を、元の世界に戻せ」
「えー。やだー!」
「おい! ふざけんな! 拉致、誘拐だろ! こんなの!」
「そうだよー」
は?
そうだよ?
怒りが……。
「怒っちゃ、やーだー」
話しが通じねえ……。
「でも、私に感謝してほしいけどね」
「あ? お前に感謝する事なんてない」
「さっきの処刑って、冗談に聞こえた?」
「……は?」
「めんごめんご。今のは忘れていいよー」
はぁ……コイツと話していると疲れる。
そう思った瞬間、イナの笑顔が、すっと消えた。
「じゃ、遊びはここまで」
その声は、さっきまでと違っていた。
ほんの少しだけ、空気が冷えた気がした。
イナは木槌を握り直し、正面を向く。
「罪状の読み上げを」
「はい」
黒い服を着た男が、一歩前に出た。
手に持っていた紙束を開く音が、やけに大きく聞こえた。
「被告人、詩韻兎。被告人、華菜。被告人、直哉。被告人、リンク。以上四名は、三日前、危険指定、持ち出し禁止対象である大型魔物の卵を街内へ搬入。その結果、魔物を街へ誘引し、都市外壁、住居区画、商業区画、および教会周辺施設に甚大な損壊を発生させた疑いがある」
文章にされると、めちゃくちゃ犯罪っぽい。
「なお、被害総額は現在算定中。ただし、一次見積もりでは――」
男は、一度そこで言葉を切った。
その間、怖い。
「四億ペニー」
四億。
よんおく?
数字が頭の中でぐるぐる回る。
え?
何?
四億って何?
隣で、華菜が小さく震えていた。
「四億……」
直哉が、ぼそっと呟く。
リンクは、腕を組んだまま固まっていた。
汗の量だけが増えている。
「さらに」
まだあるの?
「街内における混乱、避難誘導、復旧魔法陣の緊急発動、騎士団および教会関係者の出動費用も別途請求対象となる」
別途。
別途って何?
四億で終わりじゃないの?
「なお、本件はクラン単位での行動中に発生したものと認定されているため、損害賠償はクラン『かなり。』全員の連帯責任とする」
連帯責任。
私は、ゆっくりと左手の指輪に触れた。
ウィンドウを開く。
クラン情報。
脱退。
そこまで指が動いた瞬間――。
「おい」
リンクの低い声がした。
「お前ら、まさかクラン抜けようとしてねえだろうな?」
ぎくり。
私だけじゃなかった。
華菜も、直哉も、同じように指輪を触っていた。
「違うよ?」
「なわけないだろ? ははは……」
「いや、ちょっと操作ミスで」
「全員、同じ操作ミスするわけねえだろ!」
コン。
木槌の音が響いた。
「私語は慎むように」
イナが真顔で言った。
「もういやああ!!」
「華菜、落ち着け!」
「落ち着けるわけないでしょ! 四億だよ!? 四億って何!? 家賃何年分!?」
「計算するな! 余計に死ぬぞ!」
直哉が頭を抱える。
私は、もう一度ウィンドウを見る。
クラン脱退。
いけるか?
今なら、まだ。
「兎」
イナの声がした。
顔を上げると、イナがにこっと笑っていた。
「逃げたら、個人請求に切り替えるよ?」
私は、そっとウィンドウを閉じた。
「続けて」
イナが言うと、男は、淡々と紙をめくった。
「本来であれば、都市危険誘引罪、禁制物搬入罪、公共施設破壊罪により、被告人らには極刑が求刑される案件です」
極刑。
さっきまでの空気が、完全に変わった。
華菜の泣き声が止まる。
直哉も口を閉じた。
リンクの表情も、初めて本当に険しくなった。
極刑って。
処刑ってことだよ……ね?
冗談じゃなくて?
本当に?
さっきイナが「処刑」と言った時は、ふざけていると思った。
あれは、冗談じゃなかったのかもしれない。
イナが来なかったら。
この裁判長席に、別の誰かが座っていたら。
私達は、本当に?
「ただし」
書記官の声が、法廷に響いた。
「本件において、死傷者は確認されておりません。また、被告人らが故意に魔物を誘導した証拠も現時点では存在しません」
少しだけホッとした。
「よって本裁判では、被告人らに対し、極刑ではなく、損害賠償および一定期間の強制労働、または特別任務による弁済の可否を審理します」
強制労働。
特別任務。
どっちも嫌な響きなんだけど?
イナは、裁判長席で頬杖をついていた。
さっきまでのアホみたいな笑顔はない。
ただ、じっと私を見ている。
その目が、何を考えているのか分からない。
「では、被告人代表」
イナが言った。
「詩韻兎。前へ」
「ちょ、何で私が代表なの?」
「私が面白いから」
「ふざけるな!」
コン。
「私語は慎むように」
「お前が話しかけたんだろうが!」
法廷の誰も笑わなかった。
黒い服の人たちは、ただ真面目な顔でこちらを見ている。
華菜も、直哉も、リンクも、固唾を飲んで私を見ていた。
ああ、そうか。
ふざけているのは、イナだけだ。
でも、この裁判そのものは、本物なんだ。
私は、ゆっくりと一歩前に出た。
「被告人、詩韻兎」
イナの声が響く。
「あなた達は、危険指定の卵を持ち帰ったことを認めますか?」
「つうか! 弁護人いないのかああ!」




