四十話 お祭り 壺振り
キルアさんの声が、夜の広場に響いた。
「祭りだ!!」
その一言で、ヴァルハラの人達がざわめき始めた。
さっきまで倒れていた人まで、何が起きているのか分からないまま顔を上げている。
魔族の人達も同じだった。
誰も動かない。
けれど、皆の視線だけが、キルアさんとリンクと私に集まっていた。
戦いが終わった。
そう思った次の瞬間に、祭りが始まろうとしている。
意味が分からない。
たぶん、皆そう思っている。
でも、私は思った。
これは、絶対に面白くなる。
◇
「幸村殿」
少し離れた場所で、イツキが静かに声をかけた。
幸村さんは、すぐにイツキの前へ進み出る。
まだ戦いの気配が残る広場の中で、その動きだけは落ち着いていた。
「はい」
「王国へ伝えてくれ。ここで祭りを開くとな」
「陛下にですか?」
幸村さんは、一瞬だけ目を細めた。
けれど、すぐに頭を下げる。
「承知いたしました。すぐに伝令を」
「うむ。ただし、宗篤殿は来なくてよい、と伝えよ」
その言葉に、幸村さんの表情がわずかに変わった。
「何故ですか?」
「そうじゃ」
イツキは、広場を見渡した。
倒れた者。
縛られていた者。
戦いの熱がまだ抜けきらない者。
そして、祭りという言葉に目の色を変え始めている者達。
「祭りを開けば、人が来る。始まりの街からも、この辺りの者達もな」
イツキの声は静かだった。
けれど、その静けさの奥には、はっきりとした重みがあった。
「王が動けば、兵が動く。兵が動けば、それに紛れてならず者も来る。護衛が必要になる。だが、余はこの町を守るので手一杯じゃ。王まで守る余裕はない」
「……なるほど」
「宗篤殿には、街で待てと伝えよ。祭りが終わった後、必要なら余が会う」
「かしこまりました」
幸村さんは、深く頭を下げた。
「必ず、お伝えいたします」
「頼んだぞ」
「はい」
幸村さんは、すぐに踵を返した。
その背中を見送りながら、イツキは小さく息を吐いた。
「さて」
そして、キルアさん達の方へ視線を戻す。
「次は、祭りの形じゃな」
◇
「で、どうするんだ?」
キルアさんが腕を組んで言った。
さっきより顔色はいい。
リンクのヒールのおかげだ。
それでも、傷が完全に消えたわけじゃない。
神楽さんと竜胆さんも、キルアさんの後ろに立っていた。
神楽さんは、細い目でこちらを見ている。
竜胆さんは腕を組み、黙って広場を眺めていた。
「リンクと俺で決着をつける。それはいい。だが、どういう形にする?」
「普通に殴り合いでは駄目なのか?」
リンクが言うと、華菜が少しだけ首を傾げた。
「それならさ、ボクシングみたいにしたら?」
「ぼくしんぐ?」
キルアさんが聞き返す。
華菜は、自分でも軽く言っただけだったのだろう。
少し慌てたように手を振った。
「あ、えっと、私達の世界にある競技みたいなものなんだけど……四角い場所を作って、その中で戦うの。武器なし。基本は拳だけ。倒れたら数を数えて、立てなかったら負け。相手が参ったって言っても負け」
リンクが華菜を見る。
「華菜」
「な、何?」
「良いじゃないか」
「でしょ?」
直哉が、少し考えるように顎に手を当てた。
「リングを作るなら、周りに柵か縄が必要だな。観客が近づき過ぎないようにするなら、外側にも柵を置いた方がいい」
「お前、罠を仕掛けるなよ」
リンクが即座に言った。
「仕掛けない」
「本当か?」
「勝手に発動しない罠ならいいだろ」
「駄目だ!」
リンクと直哉のやり取りを見て、キルアさんが笑った。
「いいな、それ。面白い。拳だけなら、俺も文句はねえ」
キルアさんは、リンクを見た。
「どうだ?」
リンクは少しだけ黙った。
そして、ゆっくり頷く。
「分かった。それでいこう」
「決まりだな」
キルアさんが笑う。
その瞬間、私は手を上げた。
「はい!」
全員が私を見る。
「出店も出そう!」
リンクの顔が、一瞬で嫌そうになった。
「うさぎ」
「何?」
「今度は何をするつもりだ?
「そこはまだ考えてないけど……食べ物とか、飲み物とか、くじとか、色々!」
「くじ?」
華菜の目が細くなる。
「うさぎ、くじは駄目」
「何で!?」
「金儲けの匂いがするから! 金が絡むとあんた馬鹿になるでしょ!」
「祭りなんだから、くじくらいあるでしょ!」
私がそう言った時だった。
「その話、あっしらに任せていただけやせんか」
聞き慣れない声がした。
振り返ると、アンドゥルさんがこちらへ歩いて来ていた。
その後ろに、三人の男がいる。
先頭の男は、さっきイツキと話していた人だ。
後ろの二人は、無言のままついて来ている。
アンドゥルさんは、リンクの前まで来ると軽く頭を下げた。
「リンク殿、うさぎ様。こちらは清盛次郎殿です」
先頭の男が、深く頭を下げた。
「すいやせん。某、清盛次郎と申しやす」
続いて、後ろの二人も頭を下げる。
「後ろに控えていやすのが、大朝と岩間でございやす」
「詩韻兎です」
「リンクだ」
「直哉」
私達が名乗ると、次郎さんはもう一度深く頭を下げた。
「この度の祭り、あっしら清盛一家に、テキ屋を任せていただけやせんか」
「テキ屋?」
私が聞くと、次郎さんはにこりと笑った。
「屋台でございやす。食い物、飲み物、くじ、見世物。人が集まりゃ、銭も動く。祭りを祭りらしくするには、そういう者が必要でございやす」
「おお……」
すごい。
すごく祭りっぽい。
私の胸が、少しだけ高鳴った。
けれど、華菜がすぐに前へ出た。
「ちょっと待って。くじって、賭け事じゃないよね?」
「くじはくじでございやす」
次郎さんは笑って答えた。
「ただ、別に賭場も開かせていただく話になっておりやす」
「駄目えええええ!」
華菜が叫んだ。
その声に、近くのヴァルハラの人達までびくっとした。
「賭場は駄目! うさぎがいるのに賭場は駄目!」
「華菜、私を何だと思ってるの?」
「百二十億ペニーの借金作った馬鹿!」
「うっ」
言い返せなかった。
リンクも頷く。
「華菜の言う通りだ。うさぎに賭場を近づけるな」
「おい、うさぎ。お前はどっか行っとけよ」
直哉まで言ってきた。
「ひどくない?」
ひどい。
私はただ、祭りを盛り上げたいだけなのに。
次郎さんは、そんな私達を見て、愉快そうに目を細めた。
「なるほど。うさぎさんは、少々見込みがありそうで」
「見込み?」
私が聞き返すと、次郎さんは後ろを振り返った。
「大朝」
「へい」
大朝さんが、静かに前へ出た。
手には、小さな壺と、三つのサイコロがあった。
どこから出したのか分からない。
さっきまで何も持っていないように見えたのに。
大朝さんは、地面に膝をつく。
そして、三つのサイコロを壺の中へ入れた。
その所作はとても静かで、背筋を伸ばし凛とした姿を見せる。
からん、と乾いた音がした。
そのまま壺を伏せる。
次の瞬間、大朝さんの手が動いた。
じゃらじゃらじゃら、とサイコロの音が鳴る。
壺が地面の上を滑る。
手首だけで回しているように見えるのに、壺の動きは妙に綺麗だった。
右へ。
左へ。
少し浮いて、また地面へ落ちる。
音が、一定の拍子を刻む。
からん。
じゃら。
からん。
私は、その動きから目が離せなくなった。
かっこいい。
すごく、かっこいい。
大朝さんは、最後に壺をぴたりと止めた。
音が消え、広場の空気まで止まったような気がした。
「丁か、半か。あるいは、三つの目を読む遊びでございやす」
次郎さんが言った。
私は、思わず一歩前へ出た。
「私もやってみたい」
「駄目!!」
華菜が叫んだ。
「絶対駄目!!」
直哉が私の肩を掴む。
「うさぎ、落ち着け。お前がそれを覚えたらダメだ!」
「何で!?」
「何となく分かる」
リンクも深く頷いた。
「うさぎ。頼む。関わらないでくれ!」
「何で!?」
私が驚いていると、イツキがくくくと笑った。
「よいではないか。実に祭りらしくなってきた」
「イツキ!」
華菜が信じられないものを見る目で叫ぶ。
「笑ってる場合じゃないよ!」
「くくく。分かっておる。うさぎ様には、賭場の中へ入らぬよう見張りをつける」
「そこまで!?」
「必要じゃろう」
イツキが当然のように言った。
私は少し傷ついた。
でも、大朝さんの壺捌きは、やっぱりかっこよかった。
◇
「アンドゥル」
イツキが声を上げた。
「はっ」
「魔族の者達へ伝えよ。ここから始まりの街まで、道沿いに篝火を炊け」
アンドゥルさんが顔を上げる。
「始まりの街まで、でございますか?」
「そうじゃ。祭りに来る者が迷わぬようにな。朝まで絶やすな。いや、祭りが終わるまで絶やすな」
「承知いたしました」
「それと、道中に見張りを置け。ならず者が紛れれば捕らえよ。ただし、殺すな」
「はっ」
その言葉に、タンドレさんがわずかに眉を動かした。
イツキは、ちらりとタンドレさんを見る。
「タンドレ。お主もじゃぞ」
「……承知」
少し間があった。
けれど、タンドレさんはちゃんと頷いた。
イツキは続ける。
「明日は一日、準備に使う。リングを作れ。観客の席を作れ。屋台を並べる通りを作れ。怪我人が出た時の場所も用意せよ」
「治療所ですね」
リンクが言った。
「なら、俺が見る」
「うむ。頼む」
「俺も手伝う」
キルアさんが言った。
イツキはキルアさんを見る。
「お主は一度戻れ。ヴァルハラの者達をまとめよ。祭りに人を呼ぶなら、お主らの顔も必要じゃ」
「分かった」
「神楽、竜胆とやら」
イツキが二人を見る。
二人は、静かに姿勢を正した。
「お主らは残れ。こちらの準備を手伝え。ヴァルハラの者として、この祭りに関わってもらう」
神楽さんが、少しだけ目を細めた。
「人質のようなものですか?」
「違う」
イツキは即座に言った。
「これから、この町に関わる者としてじゃ。敵としてではなくな」
神楽さんは少し黙った。
やがて、深く頭を下げる。
「承知しました」
竜胆さんも頷いた。
「力仕事なら任せろ」
「うむ」
イツキは満足そうに頷いた。
戦いの後の広場に、少しずつ役割が生まれていく。
倒れていた人達が運ばれていく。
魔族の人達が散っていく。
ヴァルハラの人達も、戸惑いながらキルアさんの指示を待っている。
さっきまで敵だった人達が、同じ祭りの準備をする。
不思議な光景だった。
でも、悪くないと思った。
ここから、本当に町が始まるのかもしれない。
そう思った時だった。
「うっさぎー!」
聞き覚えのある、軽い声が響いた。
私は、ゆっくり振り返る。
広場の入口の方から、イナが歩いて来ていた。
いつものように、楽しそうに。
まるで、戦いの後の空気なんて何も感じていないみたいに。
「お祭りするって本当?」
イナは、にこにこ笑いながら近づいてくる。
リンクと華菜と直哉が、同時に顔を引きつらせた。
「裁判長……」
華菜が小さく呟く。
イナは、そんな華菜に手を振ると、私の前で足を止めた。
「ねえ、うさぎ」
「な、何?」
「面白そうだから、私も混ぜて」




