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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三十九話 清盛一家

「祭り? う、うさぎ?」


 リンクが、すっごく不安そうな顔で私を見ていた。


 顔中にアザができている。

 頬は赤黒く腫れていて、口の端からは血が流れていた。

 額にも傷があり、汗と血が混じって、顎の先からぽたりと地面へ落ちる。


 それでも、リンクは立っていた。


 さっきまでキルアさんと殴り合っていたとは思えないくらい、まっすぐに。

 けれど、その目だけは、完全に私を心配している目だった。


「お嬢ちゃん、どういう事だ?」


 キルアさんが聞いてきた。


 キルアさんも、リンクと同じくらい酷い顔をしている。

 頬は腫れ、片目の周りは青くなっていた。

 服も破れ、肩で息をしている。


 でも、その顔には怒りはなかった。

 少しだけ面白がっているような色。


「だからね……」


 私は、ゆっくりと辺りを見渡した。


 ヴァルハラの人達。

 魔族の人達。

 リンク。

 直哉。

 幸村さん。

 キルアさん。


 皆が、私を見ていた。

 誰も声を発しない。


 これだけたくさんの人がいるのに、広場は信じられないくらい静かだった。

 少し離れた場所で燃えている篝火の音だけが、ぱちぱちと小さく聞こえる。


 地面には、戦いの跡が残っていた。

 踏み荒らされた土。

 倒れた人達。

 直哉の罠に縛られて転がっている人達。

 まだ消えずに残っている焦げた匂い。


 戦いは、もう終わりかけていた。


 だからこそ。


 ここで終わらせるのは、もったいないと思った。


「よく聞いてね?」


 私は、少しだけ声を張った。


「この喧嘩、リンクとキルアさんで決着しよ?」

「お?」


 キルアさんが、眉を上げた。


「いいのか? どう見ても……」


 キルアさんは、ゆっくりと周囲を見渡した。


 縛られた仲間達。

 倒れて動けないヴァルハラの人達。

 その近くで、魔族の人達が静かに見下ろしている。

 どこからどう見ても、勝敗は決まっていた。


 キルアさんは、もう一度私に視線を戻す。


「どう見ても、俺達の負けだが?」


 その言葉に、リンクが小さく頷いた。


「うさぎ、これ以上は……」


 リンクの声は、いつもより弱かった。

 止めたい。

 けれど、私が何かを考えていることも分かっている。

 そんな声だった。


 私は、リンクを見た。


 顔はボロボロ。

 腕も震えている。

 それでも、まだ戦う気があるのは分かる。


 キルアさんも同じだった。

 負けを認めながらも、目は死んでいない。


 だから、私は言った。


「ここで終わったら、もったいないでしょ?」


 リンクがため息をつくと、キルアは少し笑う。

 私は続けた。


「ちゃんと舞台を作ろうよ。明日、リングを作って、皆で見て、ちゃんと決着をつけるの。ヴァルハラと私達の喧嘩を、最後はリンクとキルアさんの一騎打ちで決める」


 キルアさんの目が、わずかに細くなった。

 リンクは、嫌な予感がする顔になった。


「それでね」


 私は、にこっと笑った。


「祭りにするの」

「祭り……?」


 リンクの声が震えた。


「うん。見物人を呼んで、屋台を出す。皆が見てる前で、リンクとキルアさんが戦う」


 言っているうちに、自分でも楽しくなってきた。


 この町に、人を呼ぶ。

 この町を知ってもらう。

 ここに、新しい何かが始まるんだって、見せる。


 それに。


 絶対、お金になる!


「……うさぎ」


 リンクの声が低くなった。


「何?」

「お前、今、金のこと考えただろ」

「考えてないよ?」

「嘘つけ!」


 リンクが叫んだ瞬間、キルアさんが腹を抱えて笑った。


「あははは! 面白い! お嬢ちゃん、名前は?」

「詩韻兎といいます」

「うさぎちゃんか……。面白い事を考えるな」


 キルアさんは、血のついた口元を親指で拭った。


「俺はその話、乗らせてもらう」


 そして、リンクを見た。


「リンク、君次第だが?」


 リンクは、しばらく黙っていた。


 その顔には、迷いがあった。

 まだ戦えるかどうかではない。

 私の案に乗っていいのかどうか。

 それを考えている顔だった。


 やがて、リンクは小さく息を吐いた。


「……ヒール」


 淡い光が、リンクの手から生まれた。


「ヒール」


 光が、まずリンク自身を包む。

 腫れていた頬が少しずつ引き、切れていた唇の血が止まる。

 完全に治るわけではない。

 けれど、立っているのが少し楽になったのは分かった。


 次に、リンクはキルアさんへ手を向けた。


「ヒール」


 同じ光が、キルアさんの体を包んだ。


 その瞬間、キルアさんの顔色が変わった。


「……おい」


 何かを言いかけた。

 けれど、リンクが先に口を開いた。


「うさぎ……やめろ」

「え?」

「お前が金儲けを考えると、碌なことが起きないだろ」


 リンクの声は真剣だった。


「また、百二十億ペニー以上の借金が出来たら……」

「あははははは!」


 キルアさんが、今度こそ大きく笑った。


 その笑い声は、広場に響いた。

 静まり返っていた空気が、少しだけ揺れる。


「その話は本当だったのか! お前達、面白いな!」


 ◇


「終わったか?」


 少し離れた場所で、イツキはそう呟いた。


 戦場だった場所を見渡す。

 魔族の者達は、すでに大きな損害を出していない。

 ヴァルハラの者達は、多くが倒れ、あるいは罠に縛られて転がっている。


 勝敗は、明らかだった。


 だが、イツキの視線の先では、妙な光景が続いていた。


 うさぎ。

 リンク。

 キルア。


 三人が、何かを話している。

 しかも、リンクはキルアにヒールまで使っていた。


 敵に回復をかけている。


 その光景に、イツキは片眉を上げた。


「アンドゥル、どういう事だ?」


 背後に控えていたアンドゥルは、すぐに答えようとした。

 だが、言葉が出なかった。


 彼にも分からなかった。


 ただ、うさぎが何かを始めようとしている。

 それだけは分かる。


 その時、幸村が戻ってきた。


 幸村は息を整え、静かにイツキの前で頭を下げる。


「幸村殿、どうなっているのじゃ?」

「うさぎ殿が、お金儲けと申しています」


 一瞬、空気が止まった。


 アンドゥルの表情が固まる。

 タンドレの眉間に皺が寄る。

 近くにいた魔族の者達も、わずかに反応した。


 イツキだけが、くくく、と喉の奥で笑った。


「金じゃと? くくく……」


 呆れたような、感心したような。

 それでいて、どこか嬉しそうな笑みだった。


「まったく、うさぎ様は……」


 イツキは、視線を前へ戻した。


 魔族の者達も、縛られて転がっているヴァルハラの者達も、皆うさぎ達を見ていた。

 倒れている者でさえ、首だけを動かしてそちらを見ている。


 誰も、この流れを理解していなかった。


 戦いが終わるはずだった。

 それなのに、今度は祭りだと言い出している。


 その時だった。


 三人の人間が、イツキ達の方へ近づいてきた。


 先頭の男は、派手ではないが、妙に目立つ雰囲気を持っていた。

 姿勢は低い。

 だが、腰が引けているわけではない。

 こちらの機嫌を伺いながらも、引く気はない歩き方だった。


 その後ろに、二人の男が控えている。

 どちらも無言だったが、ただの見物人には見えなかった。


 アンドゥルが、すぐに反応した。


 真っ黒い翼を大きく広げる。

 その翼が広がっただけで、周囲の空気が重くなった。


 タンドレも、イツキを守るように前へ出る。

 片手をわずかに上げ、いつでも動ける姿勢を取っていた。


 少し離れた場所では、華菜が膝を抱えて座っていた。

 戦いの緊張から解放されたばかりの顔をしていたが、三人の気配に気づくと、すぐに顔を上げた。


 三人は、アンドゥルの翼を見て、一度足を止めた。


 普通なら、それだけで引き返す。

 けれど、先頭の男は目を伏せ、深く頭を下げると、ゆっくりと歩みを進めた。


 イツキの前まで来ると、男はさらに深く頭を下げた。


「すいやせん。某、清盛きよもり次郎じろうと申しやす」

「何用でしょうか?」


 答えたのは、アンドゥルだった。


 声は静かだった。

 けれど、その静けさの奥に、明確な警戒がある。


 タンドレは黙ったまま、清盛次郎を睨んでいた。

 イツキは、まだうさぎ達の方を見ている。


「この争い事を見物しておりまして……」


 その言葉に、イツキが反応した。


 ゆっくりと顔を向ける。

 次郎は、その視線を受けても逃げなかった。


「アンドゥル、タンドレ、よい。下がれ」

「……はっ」


 アンドゥルは一瞬だけ次郎を見た後、翼を畳んだ。

 タンドレも静かに身を引き、イツキの背後へ控える。


 次郎は驚いた表情を浮かべた。


 お嬢さん。

 そう見えていた相手が、明らかにこの場の中心として扱われている。


 だが、次郎はすぐに表情を戻した。


「なるほど……。お嬢さんと思っていやしたが」

「イツキじゃ。で? 何用じゃ?」


 イツキは、短く名乗った。


 その声だけで、次郎の背後にいた二人の男がわずかに身を固くした。


「某の背後に控えていやすのは、大朝と岩間でございやす」


 次郎がそう言うと、二人は揃って頭を下げた。


「我々、清盛一家の者にて……。某が清盛一家を預からせて頂いておりやす。根を持たぬ、身分卑しき者にて」

「ふむ」


 イツキは、次郎を見た。


 服装。

 立ち方。

 話し方。

 視線の置き方。


 どれも、表の者ではない。


「裏の者達か」


 次郎は、否定しなかった。


 ただ、さらに深く頭を下げる。


「へい。単刀直入に申しやす」

「申してみよ」

「見た所、町を開発中かと」

「うむ。その通りじゃ」

「どうでしょう……あっしらに、賭場を開かせてくださいやせんか?」


 その言葉に、誰より早く反応したのは華菜だった。


「賭場?」


 華菜が立ち上がりかける。


「ギャンブル?」


 次郎は、華菜に顔を向けた。


「こちらのお嬢様は?」

「このクランのリーダーの一人の華菜じゃ」

「そうでやすか。華菜さん、ギャンブルですな」

「ダメ!」


 華菜は、即座に叫んだ。


「絶対にダメ!」


 その声に、周囲の何人かがびくっと肩を揺らした。


「イツキ、うさぎがそれ聞いたら、また……!」


 華菜の顔は本気だった。


 さっきまで戦いの場にいた時よりも、ある意味では切羽詰まっている。

 それほどまでに、うさぎと金儲けの組み合わせは危険だった。


 イツキは、くくく、と笑う。


「たしかにな……」


 次郎は、イツキと華菜を交互に見た。


 どうやら、ただ賭場を開きたいという話だけでは済まないらしい。

 この町には、この町なりの事情がある。

 そう察した顔だった。


 イツキは、次郎へ視線を戻した。


「ならば、こちらも単刀直入に聞こう」

「へい」

「上がりはいくらじゃ?」


 次郎は、待っていたように答えた。


「二割を」


 そこで一度、言葉を切る。


「そこへ、あっしらに便宜を図っていただく分として、一割上乗せして、三割でどうでやしょうか?」


 即答だった。


 最初から、その話になることを考えていたのだろう。

 いや、むしろ、それを提示するためにここへ来たのだ。


 イツキは、次郎をしばらく見た。

 次郎は頭を下げたまま、動かない。


「うむ」


 イツキは、小さく頷いた。


「アンドゥル」

「はっ」


 アンドゥルが前へ進み出る。

 次郎は、すぐにそちらへ体を向けた。


「次郎。この者は、アンドゥルじゃ。この者と話すが良い」

「ありがとうございやす」

「うむ。アンドゥル、後は任せた」

「はっ」


 アンドゥルは深く頭を下げた。

 次郎もまた、同じように頭を下げる。


 町がまだ出来てもいないうちに、賭場の話がまとまり始めていた。

 華菜だけが、信じられないものを見る目でイツキ達を見ていた。


「……絶対、うさぎに聞かせちゃダメだからね」


 ◇


 その頃、リンク、うさぎ、キルアの三人の話もまとまりつつあった。


 キルアさんは、ゆっくりと周囲を見渡した。

 縛られている仲間達。

 倒れている者達。

 こちらを警戒している魔族の人達。


 そして、私達を見る。


「悪いが、皆を解放してくれないか?」


 キルアさんの声は、落ち着いていた。


「暴れはしない。どう見ても、俺達の負けだしな」


 その言葉には、悔しさがあった。

 でも、潔さもあった。


 リンクは少しだけキルアさんを見た後、直哉に声をかけた。


「直哉、解放してくれ」


 少し離れた場所で腕を組んでいた直哉が、ゆっくりとこちらを見る。


 そして、ものすごく勝ち誇った顔で頷いた。


「任せろ」


 その顔は、完全に自分の罠が大成功した人間の顔だった。

 ヴァルハラの人達と唯一罠に掛かった魔族の一人が解放された。


「ありがとう」


 キルアが一言だけ、直哉に感謝する。

 ヴァルハラの人達と魔族は、どうしていいのか立ち尽くしていた。


「皆、聞いた通りだ! 神楽と竜胆は残れ! それ以外は、町に戻れ! いいな!」


 キルアは、ヴァルハラの皆を見渡すと、リンクと私に笑顔を見せ、そして、もう一度叫んだ。


「祭りだ!!」

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