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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三八話 決着?

 魔族の核を取り込んだ者は、魔族へ近づく。

 以前、うさぎが六つの核を取り込んだ時、肉体には明確な変化が起きた。

 うさ耳が生え、無意識に内側から魔族の気配が滲み出るようになった。

 だが、変化は外見だけではない。

 核とは、魔族にとって命そのものに近い。

 力の源であり、性質であり、存在を形作る中心。

 本来、一つでも人間の器には過ぎたもの。

 それを、うさぎは六つも取り込んでいた。

 そして、うさぎの持つ向上スキル。

 能力を高めるだけの、単純なスキル。

 だが、単純であるが故に、核はそれに反応した。

 六つの核が、同時に。

 うさぎ自身の魔力に上乗せされる形で、向上の効果を増幅させる。


 二倍でも、三倍でもない。

 何十倍。

 結果として起きた現象は、加速ではなかった。


 消失。


 そう認識するしかないほどの速度。

 ヴァルハラの者達は、うさぎが動いた事にすら気づけない。

 魔族達も同じだった。

 歴戦の者であっても、目で追う事は出来ない。

 ただ、目の前にいたはずの少女が消え、次の瞬間、別の場所にいる。

 それだけが、結果として残る。

 そして、その場にいた全ての者の中で、唯一。

 魔王イツキだけは、違和感に気づいていた。

 見えてはいない。

 だが、何かが動いた事だけは分かる。

 それでも、捉えることは出来なかった。

 魔王であるイツキでさえも。


 うさぎ自身も、その変化を完全には理解していなかった。

 ただ、一つだけ分かっている事がある。

 敵の動きが、あまりにも遅い。

 拳が振り抜かれる。

 足が踏み込まれる。

 怒号が上がる。

 けれど、その全てが、水の中で見ているみたいに鈍かった。

 怖いと思う前に、横を抜けられる。

 殴られると思う前に、背後へ回れる。

 相手がこちらを見るよりも早く、縄を回せる。

 私は、魔族の人達とヴァルハラの人達が殴り合っている間をすり抜けた。


 一人。

 また一人。

 ヴァルハラの人達の手を、後ろ手に縛っていく。

 縄をかける感触だけが、指先に残った。

 でも、私が縛った相手は、まだ気づいていない。

 自分の手が動かない事に。


「な、なんだこれ!」


 縛られて、初めて声が上がった。

 その声が聞こえた時には、私はもう別の人の背後にいた。

 なのに、不思議と気持ちは追いついていた。

 体だけが勝手に動いているわけじゃない。

 ちゃんと見えている。

 誰が味方で、誰が敵で、誰が倒れそうで、誰が危ないのか。

 全部、見える。

 

「直哉! 罠を!」


 私は叫んだ。

 皆が、声の方を少し見た。

 でも、そこに私の姿はない。

 私の声だけが残って、私自身はもう、別の場所にいる。

 直哉が一瞬だけ目を細めた。


「うさぎ?」


 直哉はすぐに理解したみたいだった。

 私が手を縛ったヴァルハラの人の足元へ走り、地面に罠の刻印を刻み込む。

 その瞬間、刻印が光った。

 縄が地面から伸びる。

 腕だけではなく、体ごと縛り上げるように絡みついた。

 倒れた男が、もがく。

 でも、抜けられない。


 直哉は、次の相手へ向かう。

 私は、その先にいる男の背後へ回った。

 縄をかける。

 離れる。

 直哉が来る。

 罠が発動する。

 その繰り返しだった。


 まるで、私と直哉だけが、戦場の流れから少し外れた場所で動いているみたいだった。

 その時、視界の端に華菜が見えた。

 華菜は、逃げ回っていた。

 バルーンを使って相手の動きを崩してはいるけれど、ヴァルハラの人達は数が多い。

 追われている。

 華菜らしいと思った。

 怖くても、逃げながら役に立とうとしている。


「華菜! 戻れ!」


 直哉が叫んだ。

 そして、イツキの方を指差す。

 華菜は一瞬だけ戸惑った後、大きく頷いた。


「う、うん!」


 華菜がイツキのいる方へ戻っていく。

 それを見て、少しだけ胸の奥が軽くなった。

 華菜が安全な方へ行く。

 戦場は、まだ終わっていない。

 魔族の人達とヴァルハラの人達が、真正面から殴り合っている。

 

 魔族の人達は、殺さないように手加減していた。

 けれど、手加減しているからこそ、余計に大変そうだった。

 ヴァルハラの人達も強い。

 喧嘩慣れしている。

 倒されても立ち上がる。

 縛られても暴れる。

 怒鳴り、踏ん張り、また前に出ようとする。

 私は、その背中へ回り縄をかける。


 その途中で、リンクの姿を見た。

 リンクは、キルアと向かい合っていた。

 周りの乱戦から少し離れた場所。

 二人だけ、空気が違っている。

 キルアは笑っている様にみえた。

 口の端から血を流しながら、それでも楽しそうに拳を構えている。

 リンクも、口から血を流していた。

 でも、目は逸らしていない。

 ヒーラーなのに。

 今は、一人の男として、キルアの前に立っていた。


 だったら、私は私の役目をする。

 視線を切って、次の相手へ回る。

 その時、魔法隊の方に幸村さんの姿が見えた。

 さっきまで危なかったはずの幸村さんは、リンクに助けられた後、魔族の人達と一緒に後方へ下がっていた。


 幸村さんは戦場を見渡し、私の動きに気づいたように、声を張り上げた。


「こちらへ集めろ!」


 魔族の人達が反応した。

 殴り合っていたヴァルハラの人達を、少しずつ一ヶ所へ誘導し始める。

 私と直哉が罠を刻みやすいように。

 戦場の形が変わっていく。

 ばらばらだった乱戦が、少しずつ一つの流れになっていく。

 幸村さんは、さらに声を上げた。


「女に負けて終わりか! 悔しくはないのか!」


 その言葉に、ヴァルハラの人達が反応した。

 何人もの顔が、怒りで歪む。


 分かりやすいくらいの挑発。

 でも、効いていた。

 ヴァルハラの人達は、幸村さんの方へ意識を向ける。


 私は、そこへ入ると縄をかけていく。

 こちらへ振り向いた時には、もう遅い。

 手は縛られている。

 足元には、直哉の罠が刻まれていく。

 縄が伸び、体が縛られる。


 魔族の人達が、倒れたヴァルハラの人達を押さえ込み、動けないようにする。

 その流れが出来上がっていた。

 私は、動き続けた。

 息が切れない。

 体が軽い。

 

 これが、魔族の力?

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっとなった。

 私は、まだ人間なのかな……?

 そんな考えが、一瞬だけ浮かんだけど、すぐに考えを消した。

 まだ、この喧嘩は終わってない。


 そこで、ようやく気づく。

 周囲の怒号が、少なくなっていた。

 殴り合いの音もない。

 ヴァルハラの人達は、ほとんどが縛られていた。

 魔族の人達が押さえ込み、幸村さんが指示を飛ばし、直哉が息を切らしながら次の罠を確認している。


 華菜は、イツキの近くで膝に手をついていた。

 無事だ。

 それを確認して、私はゆっくり振り返った。

 残っているのは、一人だけだった。

 キルア。

 リンクとキルアは、まだ殴り合っていた。

 周りの戦いが終わりかけている事にも、気づいていないみたいだった。

 いや、気づいていても、止まる気がないのかもしれない。


 キルアの拳が、リンクの頬を打つ。

 リンクの体が揺れる。

 けれど、倒れない。

 リンクの拳が、キルアの腹に入る。

 キルアが息を吐き、笑う。

 二人とも、口から血を流していた。


 それでも、目だけは死んでいない。

 意地と意地のぶつかり合い。

 クランマスター同士の、譲れない何か。

 私は、縄を握ったまま立ち止まった。

 今なら、キルアの背後に回れる。

 直哉が罠を刻めば、それで終わる。

 たぶん、一瞬で終わる。


 でも、それでいいのかな……?


 ヴァルハラの人達は、キルアを見ている。

 縛られて倒れながら、それでも自分達のマスターを見ている。

 魔族の人達も見ていた。

 イツキも、何も言わずに見ている。

 

 キルアもまた、ヴァルハラの前でリンクと向き合っている。

 ここで私が終わらせたら、勝ちは勝ちだ。

 でも、何かが残る。

 きっと、納得しない。

 ヴァルハラの人達も。

 キルアも。

 リンクも。

 

 そんな気がした。

 私は、ゆっくり息を吸った時だった。

  

 閃いたああああ!


 リンクの拳と、キルアの拳が交差する、その直前。

 その場から飛び跳ねると、二人の間に割って入ると、魔族に核が消滅し髪に耳が白色に戻った。


 リンクの目が、驚きで開かれる。

 キルアの笑みが、少しだけ消える。


 リンクとキルアに向かって両手を広げた。


 

「待ったああああ!」


 二人の拳が、私の横で止まる。

 そして、言った。


「明日、二人だけで決着をつけよ! お祭りにしよう!」


 戦場が、静まり返った。

 縛られたヴァルハラの人達も。

 魔族の人達も。

 直哉も、華菜も、幸村さんも。

 イツキでさえも。

 全員が、私を見ていた。


 私は、その視線を受けながら、もう一度だけ二人を見る。

 リンクは血を拭わずに、私を見ていた。

 キルアは、しばらく黙った後、口の端を上げた。

 その笑みを見て、私は叫んだ。


「お金儲けだ!」

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