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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三十七話 私達の勝ちだああああ!

 空が燃えているかのように、無数の炎の玉が一面を覆っている。


 横には、リンク、華菜、直哉が走る。

 後から、多くの足音が響き、地面を揺らす。

 魔族の人達も一斉に駆け出していた。

 直哉の罠に掛かった若い魔族の一人を除いて。

 後を振り返ると、数十人くらいの人が直哉の罠を外そうと、もがいている。


 目の前には、数百人の人達。


 ヴァルハラの人達は、私達が飛び出たのを見ると、固まり始めていた。

 素手で迎え撃つつもりなんだろう。

 その固まりの中へ、幸村さんは躊躇することなく飛び込んでいった。


「直哉! 幸村さんにやられたのを罠で縛れ! 華菜! バルーン!」


 リンクがそう叫ぶ。


「任せろ」


 直哉は、そう言って、倒れている人に向かって行った。


「バルーンって!」


 華菜が悲鳴に近い声を上げる。

 その間にも、炎の玉は近づいていた。

 空気が熱い。

 まだ落ちてきていないのに、息を吸うだけで喉が痛かった。


「早くしろ! あれは物体に当たれば消滅するやつだ!」

「わ、分かった!」


 華菜が慌てて両手を前に出す。


「バルーン!」


 その瞬間、空に色とりどりの風船が生まれた。

 ふざけた光景だった。

 炎の玉と、風船。

 

 リンクは叫んだ。


「全部ぶつけろ!」

「うん!」


 華菜が両手を動かす。

 空に広がった風船が、一斉に炎の玉へ向かっていった。

  

 パンっ!

 パンっ!


 風船が弾けるたびに、炎の玉が消えていく。

 音だけ聞けば、祭りのようだった。

 華菜は歯を食いしばりながら、両手を動かし続ける。


 赤い風船。

 青い風船。

 黄色い風船。

 色とりどりの球体が空を埋め、炎を受け止めていく。


 だが、全てを防ぎ切るには数が多すぎた。

 いくつかの炎の玉が、風船の隙間を抜けた。


「あっ!」


 私が声を上げた瞬間、炎が地面に落ちる。

 草に火が移った。


「ウォーター!」


 後方から魔族の声が響く。

 水の塊が飛び、燃え広がろうとしていた火を押し潰した。

 別の場所にも炎が落ちる。

 すぐに、また水が飛ぶ。


 炎が地面を焼くたび、魔族の人達が水の魔法で消していく。

 空は華菜が抑えた。


 その間にも、前線は動いていた。

 幸村さんは、すでにヴァルハラの集団の中にいる。

 数百の人影が、幸村さんを囲もうとしていた。

 けれど、幸村さんは止まらない。


 腕を払い。

 腹を殴り。

 肩で弾き飛ばす。

 倒れた者の後ろを、直哉が走った。

 直哉が足元に手を伸ばす。

 縄が生き物みたいに伸び、倒れた人の手足に絡みつく。


「よし、次!」


 幸村さんが崩す。

 直哉が縛る。

 それは、ひとつの流れになっていた。

 ヴァルハラの前列が乱れる。

 その隙間へ、魔族の人達がなだれ込んだ。

 武器は使っていない。

 けれど、素手でも勢いは軍そのものだった。

 拳で殴る。

 肩で押す。

 足を払う。

 殺さず、倒す。

 倒した者は縛る。

 その方針だけは、全員に徹底されていた。


「華菜! 視界を奪え!」

「分かってる!」


 華菜が叫び、空に残った風船を低く下ろした。

 風船が、ヴァルハラの人達の顔の前に集まる。


「前が見えねえ!」

「邪魔だ!」


 ヴァルハラの前列がさらに乱れた。

 そこへ、リンクが走る。


「疾駆!」


 リンクの体が一瞬ぶれた。

 次の瞬間には、もう敵の正面にいた。


 杖で殴り、蹴る。


 怯んだ相手を押し退けて、幸村さんの方へ道を作っていく。

 リンクはヒーラーだ。

 そのはずなのに、前線での動きは完全に戦士だった。

 

「私も行く!」


 私は地面を蹴った。


「疾風!」


 体が真っ黒になり胸の前に魔族の核が現れ、前へ飛んだ。

 目の前に、ヴァルハラの男がいる。

 大柄で、腕も太い。

 でも、勢いなら今の私にもある。


「くらええええ!」


 私は、その胸に向かって飛び蹴りを放った。

 足が当たった瞬間だった。


 ポヨーン。


 戦場の音の中でも、はっきり聞こえるくらい情けない音だった。



 男は倒れない。

 怯まない。

 痛がりもしない。

 私の蹴りは、ただ服に靴跡をつけただけだった。

 次の瞬間、蹴った反動で後ろへ飛ばされていた。


「あふーん!」


 ゴロゴロゴロゴロ。


 地面を転がる。

 

 物理法則どうなってんだ?


 起き上がると、蹴った相手が困惑した顔でこっちを見ていた。


「……何だったんだ、今の」


 イナの言葉が頭に浮かんだ。


 紙すら切れない攻撃力。


 戦いは止まらない。

 

 私も何かしないと……。


 前方で、幸村さんの動きが鈍った。

 ヴァルハラの人達が、一斉に幸村さんへ飛びかかっていた。

 一人ではない。

 二人でもない。

 十人以上が、同時に押し寄せている。

 背中に乗る者。

 腕にしがみつく者。

 足を抱える者。

 幸村さんは何人かを弾き飛ばした。

 それでも、数が多すぎる。

 膝が地面についた。


「幸村さん!」


 私が叫んだ瞬間、リンクが低く構える。


「疾駆!」


 リンクが消えた。

 次の瞬間には、幸村さんに群がる人達の中へ突っ込んでいた。


「どけ!」


 リンクの杖が、一人の腹に入る。

 体勢を崩した相手を蹴り飛ばし、さらに肩で押し込む。

 幸村さんの周りに、わずかな隙間が生まれた。


「バルーン!」


 華菜の風船が、その隙間へ入り込む。

 敵の顔の前にまとわりつき、視界を塞ぐ。

 動きが止まった者から、リンクが叩き伏せていく。


「足元、もらうぞ!」


 直哉も走り込んだ。

 罠が発動する。

 縄が跳ね、ヴァルハラの人達の足首に絡みつく。

 一人が倒れる。

 倒れた人につまずいて、もう一人が崩れる。

 前線に、さらに乱れが広がった。

 その乱れを、魔族の人達が見逃すはずもなかった。

 前へ……さらに前へ。

 魔族の人達は、ヴァルハラの後方を目指して押し込んでいく。

 狙いは、炎の玉を放っていた魔法スキル隊。

 このまま押し切れば、空からの攻撃は止まる。

 そう思った瞬間だった。


「下がるな!」


 怒号が響いた。

 ヴァルハラの中央。

 人垣の奥から、一人の男が姿を現した。

 キルアだった。

 キルアは崩れかけた前線を一目見て、すぐに声を張り上げる。


「前列は膝を落とせ! 押し返すな、受け止めろ! 罠に掛かった奴は引きずってでも後ろへ下げろ! 魔法隊は二歩下がれ!」


 その声で、ヴァルハラの動きが変わった。

 さっきまで押されていた前列が、急に踏みとどまる。

 倒れた仲間を助ける者。

 罠に絡んだ縄を外そうとする者。

 風船を腕で払い、視界を確保しようとする者。

 崩れかけていた集団が、もう一度形を取り戻していく。


 キルアは、ただ後ろで叫んでいるだけじゃなかった。

 どこが崩れているのか。

 何を止めればいいのか。

 誰を動かせばいいのか。

 それを、一瞬で見ていた。


「魔法隊、炎は捨てろ! 風で風船を流せ!」


 キルアの指示で、後方の数人が手をかざす。

 今度は炎ではなかった。

 風だ。

 突風が吹き、華菜の風船がまとめて横へ流された。


「わっ、ちょっと!」


 華菜が慌てて両手を動かす。

 けれど、風船は軽い。

 風に押されると、一気に視界が広がる。

 視界を塞がれていたヴァルハラの人達が、顔を上げた。


「前に出ろ!」


 キルアが叫ぶ。

 ヴァルハラの前列が、一斉に押し返してきた。

 魔族の人達とヴァルハラの人達が、正面からぶつかる。

 拳と拳。

 肩と肩。

 体ごと押し合う音が、地面を震わせた。

 戦場の流れが変わった。

 さっきまで、こちらが押していた。

 空を華菜が抑え、火を魔族が消し、幸村さんが前線を割り、リンクが押し込み、直哉が捕らえていた。

 けれど、キルアの声ひとつで、ヴァルハラは踏みとどまった。

 ただの乱戦じゃない。

 向こうにも、戦場を見ている人がいる。

 そのキルアが、ついに前へ出た。

 魔族の一人が殴りかかる。

 キルアは身を沈めてかわし、その腕を掴んだ。

 投げるのではなく、体勢を崩す。

 崩れたところへ、別のヴァルハラの人が押し込む。

 一人で倒すのではない。

 周りを使って倒している。


「強い……」


 リンクが小さく呟いた。

 その顔から、余裕が消えていた。

 キルアは前線に立ちながら、まだ指示を飛ばしている。


「縄で縛っている奴を止めろ!!」

「げっ、俺狙いかよ!」


 直哉が叫び、横へ跳んだ。

 その足元を、ヴァルハラの男が掴もうとする。


「直哉!」


 リンクが助けに入ろうとした。

 だが、その進路にキルアが立った。


「そうはさせねえよ!」


 リンクが足を止める。

 幸村さんは、まだ囲まれている。

 直哉も狙われている。

 華菜の風船は、風で流され始めている。

 さっきまで押していたはずの戦場が、キルア一人の指示で押し戻されていた。


 私は土を払って、もう一度立ち上がる。

 さっきの飛び蹴りは、敵に一切効かなかった。

 でも、何もできないわけじゃない。

 攻撃力がないなら、攻撃しなければいい。

 私は、後ろを振り返った。


 戦場の中央では、リンクとキルアが向かい合っている。

 その周りで、魔族とヴァルハラがぶつかり合っていた。

 空には、流された風船がまだいくつも浮いている。

 地面には、消えた炎の煙が残っていた。


 私は一気に町の中へ駆けた。

 向かう先は、イツキのいる場所。


「うさぎ様、何をしておるのじゃ」


 イツキが私を見る。


「イツキ! 手を縛るのに丁度いい長さの縄ある!?」


 私ができることを、思いついた。


「タンドレ! あるか?」

「柱を縛る縄が大量にありますわ」

「うさぎ様に渡すのじゃ」

「分かりましたわ。うさぎ様、こちらに」


 私はタンドレさんについて、倉庫まで走った。

 中には、山のように縄が積まれていた。


「これですわ」

「ありがとうございます。これで、私達の勝利を」

「うふふふ。うさぎ様のご活躍、見ていますわ」

「うん! 見てて」


 私は、持てるだけの縄を肩に担いだ。

 重い。

 けれど、今はそんなことを言っていられない。

 私は縄を抱えたまま、イツキの元まで駆け戻る。


「イツキ」

「何をするつもりじゃ?」

「私達の勝ちだよ」


 そう言って、私は前線を見た。

 リンクがキルアと向かい合っている。

 華菜の風船は流され、直哉は狙われ、幸村さんはまだ囲まれている。


 でも、もう見えた。

 私がやるべきことが。


「疾風!」


 体が黒く染まり、胸の前に魔族の核が現れる。

 私は縄を抱えたまま、地面を蹴った。


「ヴァルハラ!」


 声を張り上げる。


「私達の勝ちだああああ!」


 そして私は、乱戦の中へ飛び込んだ。

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