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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三十六話 盗む

 華菜の叫び声が響いた瞬間、リンクが叫んだ。


「伏せろ!!」


 リンクは、また私達に覆い被さろうとした。

 私は、地面の血を見ていた。

 

 さっきまで、ここには何もなかった。

 ただの地面だった。

 けれど、今は違う。

 ここまで来たら、もう後には引けない。


「皆、覚悟はいい?」


 地面の血を見ながら呟くと、直哉が答えた。


「だな」


 たったそれだけだった。

 けれど、その一言で、私の覚悟は決まった。

 私は、震える指でウィンドウを開く。

 盗むのスキルをなぞり、範囲指定を選択する。

 目の前に、飛んでくる矢が赤く表示された。

 

 数えきれない。

 全ての矢が、自分に刺さるかも……。


「うさぎ?」


 リンクと華菜が同時に言った。

 その声は、少し震えていた。

 私は、二人を見ない。

 前だけを見ている。


「行くぞ! 『かなり。』!!」


 直哉が笑った。

 その笑い方が、いつもの直哉だったから。

 私は、少しだけ息ができた。

 右手を前に翳す。


「矢を全て盗め!」


 次の瞬間。


 バラバラバラバラバラッ!


 右手の先から、大量の矢が地面に落ちた。

 空を埋めていたはずの矢が、消えていた。


 すぐに自分の身体を確認する。

 何の変化も無さそうだった。


「ククク。うさぎ様、その調子じゃ」


 イツキが愉快そうに呟くと、直哉が小さく言った。


「リンク、華菜、笑ってやろうぜ」

「笑う?」


 華菜が、青い顔で聞き返す。

 直哉は、前を見たまま笑った。


「あいつらを怒らせる。冷静に下がられたら困るだろ」


 この場所の先には、直哉が仕掛けた罠がある。

 相手が攻めて来なければ、意味がない。


 リンクは、一瞬だけ目を伏せた。

 それから、息を吸って叫んだ。


「笑え!」


 イツキが、嬉しそうに目を細める。


「皆、笑うのじゃ」


 次の瞬間。


 『かなり。』から、笑い声が響き渡った。


 ◇


 ヴァルハラ側に、動揺が走った。


「お、おい。キルア、どういう事だ?」


 メンバーの一人が、キルアに声をかける。

 キルアは、消えた矢の行方を探すように目を細めた。

 だが、矢はなかった。


 空にも。

 地面にも。

 射線上にも。


 ただ、あの女の前にだけ、大量の矢が落ちている。


「分からん」


 キルアは、低く答えた。


「分かるのは、矢が消えたって事だけだ」

「どうする?」


 その問いに、キルアは一瞬だけ黙った。

 遠距離は消された。

 なら、距離を詰めるしかない。

 それに、あの力が何度も使えるとは限らない。


 笑い声が、まだ聞こえていた。

 キルアは奥歯を噛み締める。

 笑われたまま、下がれるわけがない。


「盾持ち、前へ!」


 キルアが叫ぶ。

 盾を持ったメンバー数十人が、一斉に前へ出た。


「槍隊は盾の後ろ! 剣持ちは左右に広がれ! 魔防持ちは全体に防御を張れ! 魔法隊は後方待機!」


 ヴァルハラのメンバー達が動き出す。


 盾を構えた者達が前列を作り、その後ろに槍を持つ者達が続く。

 剣を持つ者達は左右へ散り、回り込むように位置を取った。

 さらに後方では、魔防スキルを持つ者達が淡い光を広げ、全体を包むように守りを張る。

 そのさらに奥に、魔法スキル隊が並んでいた。


 キルアは剣を抜いた。


「皆! 攻め込む! 俺達を笑った事を後悔させてやるぞ!」


 その声を合図に、ヴァルハラのメンバー達が一斉に声を上げた。


「おおおおおおおおお!!」


 ◇


 『かなり。』側。


「来た、来た、来た」


 直哉が手を叩いて笑っている。

 皆が、ヴァルハラ達を見ていた。

 

「イツキ殿、先鋒は私が」


 幸村さんがそう言うと、イツキは幸村さんを少しだけ見つめて、視線をヴァルハラに移す。


「うむ。幸村殿、気をつけてな」

「お任せください」


 幸村さんが、前に出る。

 イツキが手を挙げ叫ぶ。


「来るぞ! 構えよ!」


 魔族の皆が盾を構え、防御のフリをした。

 リンクが、私達に声をかけてきた。


「ここまで来たら、やるしかないか……。皆、やるか」


 私達は、顔を見合わせ頷いた。

 

「イツキ、まだ?」


 イツキを見ないで声だけ出した。


「うむ。罠に掛かれば盗むを」

「分かった」


 ヴァルハラの盾持ち達が、じりじりと距離を詰めてくる。

 その隙間から槍の穂先が覗いている。

 左右には剣を持った人達が広がり、私達を包み込むように動いていた。

 盾の向こうから聞こえる足音が、地面を揺らしているみたいだった。

 これは、喧嘩じゃない……。

 相手は、確実に私達を殺しにきている。


「直哉」


 リンクが小さく言った。


「まだか?」

「もう少し」


 直哉は、妙に落ち着いていた。

 いや、落ち着いているというより、嬉しそうだった。

 何でこんな時に嬉しそうなの?


 盾持ち達が、さらに一歩踏み込む。

 先頭の一人が、大きく盾を構えたまま叫んだ。


「押し潰せえええええ!!」


 その瞬間だった。

 ガンッ!

 鈍い音が響いた。


「あっ!?」


 先頭の盾持ちの足が、突然止まった。

 いや、止まったんじゃない。

 足首に何かが絡みついていた。

 地面から跳ね上がった細い縄が、足首を締め上げている。


「何だこれ」


 言い終わる前に、縄が横へ引かれた。


「うおおっ!?」


 盾持ちの身体が、横に倒れる。

 そのまま隣の盾持ちにぶつかり、二人まとめて崩れた。


「止まるな! 前へ出ろ!」


 キルアの声が飛ぶ。

 その声に従い、後ろの盾持ち達が前へ出ようとした。

 けれど。

 バンッ!

 今度は、地面の板が跳ね上がった。


「うわっ!?」


 足元の土がめくれたように見えた。

 隠されていた細い板が勢いよく起き上がり、盾持ちの脛を払う。

 一人が転ぶ。

 その後ろが止まるけど、さらに後ろが押してくる。

 前列が、転けて潰れた。


「ぎゃあ!」

「押すな!」

「足! 足が絡まってる!」

「盾が邪魔だ!」


 盾の壁が、壁じゃなくなった。

 ぶつかり合う。

 それでも後ろから人が来るから、前にいた人達は起き上がれない。


「よっしゃああ!!」


 直哉が、派手にガッツポーズをする。


「罠ってのはな、派手に殺すためじゃない。動きたい時に動けなくするためにあるんだよ」


 そう言った直哉が、スキルをなぞる。


「第二段階」


 その声に合わせたみたいに、左右へ広がっていた剣持ち達の足元で、次々と縄が跳ねた。


「うおっ!?」

「何だ!?」

「くそ、こっちにもあるぞ!」


 剣持ち達は、盾持ちと違って身軽だった。

 だから、一人目は避けた。

 二人目も跳んだ。

 三人目も、どうにか踏みとどまった。

 けれど、避けた先に、また縄があった。


「あっ」


 誰かが小さく声を出した。

 次の瞬間。


 バサッ!


 地面に敷かれていた草がめくれ、その下から網が跳ね上がった。


「うわあああああ!?」


 剣持ちが三人、まとめて網に包まれる。

 その網が、近くの木杭に引っ張られるように縮み、三人は団子みたいに転がった。

 華菜が、青い顔のまま直哉を見る。


「あんた、いつの間にこんなに仕掛けたの?」

「昨日の夜」

「寝なさいよ!」

「寝てる場合じゃなかったからな」


 直哉は、胸を張った。


「俺の仕事だ」


 その言葉に、私は少しだけ息を呑んだ。

 いつもの直哉だった。

 ふざけているみたいで。

 少しズレていて。

 でも、ちゃんと皆を守るために動いていた。


「槍隊! 盾を乗り越えろ!」


 キルアの声が響く。

 盾持ちの後ろにいた槍隊が、混乱する前列を避けるように左右へ割れた。

 長い槍を構え、こちらへ走ってくる。

 盾持ちよりも、ずっと速い。

 罠の場所を見極めようとしているのか、足元を見ながら、慎重に進んでくる。


「直哉、来る!」

「分かってる」


 直哉は、笑っていた。

 けれど、その手は少し震えていた。


「うさぎ様」


 イツキがそう言うと、すぐに理解できた。


「うん」


 私は、ウィンドウを開いた。


 『疾風』のスキルをなぞると、黒い霧の様な物が身体から噴出したのが分かった。


「うさぎ……あんた、髪からうさ耳まで真っ黒に……」


 華菜がそう言っていたけど、相手をする気はなかった。

 そして、盗むのスキルに指を触れ範囲指定『ヴァルハラ』を選択する。

 次の瞬間に、地を蹴り上空に跳躍したつもりだった。


「は?」


 とんでもない高さまで跳躍していた。


 な、なんだこれー!!


 地上を見ると、さっきまでいた場所が小さく見えた。

 そして、自分の胸の前に、以前盗んだ魔法の核が浮かんでいる。


 何が起きて……。


 でも、考えている暇はなかった。

 盗むのスキルの効果は、消えている。


 落下しながらスキルをなぞり、セットする。

 徐々に地上に近づいて、皆の姿がハッキリと見えた瞬間に、盗むを発動した。


「ヴァルハラの武器を盗め!」


 右手から、剣、槍、ナイフ、弓矢が地上に降り注ぐ。


「あははは!」


 直哉が笑う。


「すごっ」


 華菜が目を丸くする。


「どんだけ飛ぶんだ」


 リンクが感心したように呟く。

 イツキは、目を見開いてうさぎを見ると、口元で笑いお腹を撫でた。


「幸村殿」


 そのイツキの言葉を合図に、幸村が動く。それと同時に、イツキが叫んだ。


「幸村殿に続け!」

 

 ◇


 キルア達は、動揺していた。


「おい、キルア。引くしかねえぞ」


 武器が消失し、上空に飛んだ女から大量の武器が落ちている。

 そして、町の前では、縄で多くの者が縄で縛られていく。


 何が起きているのか理解出来ていないが、キルアはすぐに指示を飛ばす。


「魔法隊! 前へ! 皆! 魔法隊を守れ!」


 キルアは、そう叫んで町を見ると、黒装束に身を包んだ女が一人飛び出してきた。


 ◇


 眼下に、幸村さんが飛び出したのを確認した。

 幸村さんは、私が盗み、地上に散らばっている盾を蹴ると飛ぶように走りだすと、一瞬姿が消えた。

 次の瞬間、三人が倒れるのが見えた時、町から皆が飛び出していった。


 地上が近づくと、着地の体勢を取る。


「あたっ!」


 普通に尻もちをついた。


 カッコ良く決めるつもりが……。


「おかえり」


 華菜が一言。


「ただいま」

「俺達も行くぞ」

 

 リンクがそう言う。


「おう!」


 直哉がノリノリで言った。


「直哉。倒れた者を罠で縛っていくのじゃ」


 イツキの言葉を聞くと、直哉は手を挙げた。


「任せとけ」


 幸村さんは、短刀を手に峰打ちで更に数名を打ち据えると、腰を落とし、地を這う様に走り、蹴りを腹に叩き込んだかと思うと、その反動で反対のヴァルハラのメンバーに回し蹴りをする姿が目に入った。


 私は、幸村さんに目を奪われていた。

 とても、格好良く見えた。


「格好いい……」


 華菜も幸村さんを見つめていた。


 その時、後ろの方から、魔族の笑い声が聞こえる。

 皆が見ると、一人の若い魔族が直哉の罠にかかっていた。


「何をやっているのじゃ。馬鹿者め」


 イツキが、顰めっ面をすると、前を向く。


「リンク! 今じゃ!」

「おう!」

「やだあー! こわいい!!」

「華菜。諦めろ」

 

 直哉が笑う。


「イツキ、私もいくね」

「うむ」


 私、リンク、華菜、直哉は、横一列で飛び出した。


 その時、ヴァルハラの方から炎のボールが無数に飛んで来ていた。

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