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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三十三話 喧嘩前

「ただいま……」

「たっだいまー!」

「そこで止まれ」


 拠点に戻ると、直哉が言ってきた。


「その先は、罠があるからさ。そこのロープとロープの間を歩けよ」

「分かった」

「はーい!」


 イナが子供のように元気よく返事をした。


 うーん……。

 コイツ、本当に神か?


 中に入ると、直哉もついてきた。


「今、イツキの部屋で作戦中だ。行ってこいよ」

「何の作戦?」

「喧嘩だってよ」

「へ?」

「面白そー」


 イナが目を輝かせる。面白くはないだろと思ったが、どうせイナに反論したところで適当にあしらわれるのは目に見えている。


「喧嘩って?」

「さあ? 罠張り直ししてたからな。誰かのせいでよ」

「ごめん」

「あははは!」

「じゃあ、後でな。もう少しで全部張れるからさ」

「うん。頑張って」

「おう。イツキのとこは、一番でかい建物だぞ」


 なんか、釣りに行く前より建物が建っている。


 朝は、まだ小屋がいくつか並んでいるだけだった。

 けれど今は違う。

 広い道が一本、拠点の中央をまっすぐ奥へ伸びていた。


 人が何人も並んで歩けそうな道だ。

 まだ石畳は敷かれていない。

 土は掘り返されたばかりで、ところどころに木の杭が打たれ、縄が張られている。

 道の両側には、水路を通すための溝がずっと続いていた。

 深く掘られた溝の中では、魔族達が石を並べ、崩れないように固めている。


 水路の途中には、丸く広い穴がいくつも作られていた。

 縁には石が積まれていて、貯水槽にするつもりらしい。

 まだ水は入っていないのに、そこだけもう町の設備みたいに見えた。


 広い道の左右には、家が建ち始めていた。


 柱だけの家。

 壁が半分だけできている家。

 屋根の骨組みまで進んでいる家。

 扉も窓もまだないのに、ちゃんと人が住む場所になるのだと分かる。


 木材の匂い、掘り返された土の匂いがする。

 切り出されたばかりの石が積まれ、運ばれていく音があちこちから聞こえていた。


 少し奥には、大きく空けられた場所があった。

 そこだけ家が建てられていない。

 地面は平らに均され、中央には丸い土台のようなものが作られている。


 広場にするのだろう。


 周りには、腰を下ろせそうな石や、何かの店を並べるための木枠まで置かれていた。


 まだ誰も集まっていない。

 まだ何も売られていない。

 それなのに、いつか人が集まって、声が飛び交う場所になるのが分かる気がした。


 広い道の突き当たりには、一際大きな建物が作られていた。


 他の家とは比べものにならない。

 太い柱が何本も立ち、正面には大きな玄関になりそうな場所がある。

 石段も作りかけで、左右には庭にするのか、広い空間が取られていた。

 まだ壁も屋根も完成していないのに、そこだけはもう屋敷の形をしている。


 町全体が、まだ作り途中だった。


 道も途中。

 水路も途中。

 広場も途中。

 家も途中。


 けれど、もうただの野原ではなかった。

 ここには、誰かが住むための形ができ始めている。

 何もなかった場所に、少しずつ町が生まれようとしていた。


 私とイナは、一番大きな家に入った。

 中に入ると、階段が目に入る。

 見上げると吹き抜けになっていて、三階まであるみたい。

 一階の奥からイツキの声が聞こえていた。

 声が聞こえてくる部屋の戸を開けた。


「おかえりー! 釣れた?」


 華菜が元気に言ってきた。

 中を見ると、大きなベッドがあり、そのベッドにイツキが腰を下ろしている。

 その前の椅子に華菜とリンク、そして、幸村さんが座っていた。

 ベッドの横には、アンドゥルさんが立っている。


「釣れたというか、大きすぎて逃げていった」

「だねー。三メートルくらいあったよー」

「嘘っだー!」


 華菜が驚いた顔で言った。


「ふむ。それほどの大きさなら……陛下、町を囲むように大きな堀を作り、そこにその魚を多く引き入れれば」

「うむ。非常食にもなるのう。アンドゥル、すぐに計測に向かえ」

「はっ、すぐに」


 アンドゥルが部屋を出ていく。


「うさぎ様、イナ、座るとよい」

「うん」

「はーい!」


 私とイナはイツキの横に座った。

 リンクは何か考え込んでいる様に見える。


「リンクどうしたの?」

「いや……」


 イツキがすぐに口を開いた。


「いくつかの問題がある。それに対処せねばならぬ。まずは、この辺りを縄張りにしている者達と争いになるであろう。もう一つは、収入源をどうするかじゃ」

「争いはちょっと……」

「ならぬ。喧嘩して、その者達を支配するのじゃ」


 リンクが口を開く。


「うさぎ、イツキに言ってくれよ。さっきからこの調子だ。喧嘩するぞって」

「協力ってのは?」 

「協力なぞというものは、裏切る前提での話じゃ。甘い考えは捨てよ」


 イナは、暇そうに足をぶらぶらしている。

 華菜は、黙ったままでいた。


「裏切るって……そんな事は」

「利があればの? それはうさぎ様がよう分かっておるであろう?」

「え?」

「あの街を追放された理由はなんじゃ?」

「あははは!」


 華菜とイナが同時に笑った。


「たしかに、うさぎが金に目が眩んでこんな事に」


 リンクが頷きながら言った。

 何も言い返せない。


「喧嘩するつうても……俺たちはどうしたらいいか」

「アンドゥルを伏した者達であろうが、胸を張るがよい」

「あれは、伊藤さんが」

「ならば余が受けよう」

「イツキは絶対にダメ!」

「だよね。イツキが出ると、死人が出そう」


 華菜が心配そうに言う。


「大丈夫じゃ。明日の朝までには、作戦をたてねばの」

「はい!」


 イナが元気よく手を挙げた。

 皆がイナを見る。


「喧嘩なら、うさぎが相手の武器とか防具盗むといいよー」

「ダメ! 絶対にダメ!」


 華菜が声を強めに反対する。


「えー、大丈夫だよー」

「うさぎにまた何かあったら……」

「そうだよ! 絶対にダメだ」


 リンクと華菜が心配そうに言う。

 それを聞いた私は、胸が熱くなった。

 心配してくれて嬉しかった。

 私が喜んでいる姿をイツキは眺めている。


「大丈夫だよー。武器と防具なら制約ほぼ無いし、スキルとか盗んだら危ないかもね」

「何でそんな事分かるんだよ。現に、うさぎ魔族になっちまってるしよ」

「イナ、本当に大丈夫なの?」

「うん! 物は絶対に大丈夫だよー」

「おい! うさぎ!」

「ダメだからね? うさぎ絶対に」

「リンク、華菜、イナが言っているから大丈夫」

「何の根拠があるんだ? 裁判長は知らないだろ?」


 華菜は黙って頷いている。


「イナ、大丈夫なのじゃな?」

「うん! 私が保証するよー」

「分かった。リンク、華菜、大丈夫じゃ」

「でも……」


 リンクと華菜は声が揃って言った。

 イツキは、一回頷く。


「ならば」

「あの、イツキ殿」


 幸村さんが口を開いた。


「私も何か手伝う事はありますか?」

「お主は、何が出来るのじゃ?」

「私は」


 幸村さんが立ち上がると、指輪を操作する。

 次の瞬間、スーツ姿から、まるで忍者のような黒い装束に服が換装された。


「私も、少しは戦う事は出来ます。イツキ殿に協力を……何もしなければ陛下に申し訳が」

「うむ。ならばお主にも役を与えよう」

「ありがとうございます」


 ……絶対忍者じゃん。この人スパイだよ。

 大丈夫なんだろうか?

 

 その時、部屋の戸がノックされた。


「お嬢様、お客様がお見えになりました」


 タンドレさんの声だった。

 イツキは、勢いよく立ち上がる。


「来たか。皆行くぞ」


 その声を合図に、タンドレさんが戸を開けた。

 イツキは、堂々と部屋を出て行く。

 その後を、幸村さんがついてゆく。いつのまにか、スーツ姿に戻っていた。


「ねえ、大丈夫なの?」


 華菜が心配そうに声をかけてきた。

 リンクは、私を見つめている。


「大丈夫だよー」


 イナが能天気に答える。 

 

「本当に大丈夫だから」

「危ないと思ったら止めるからな」

「私達が、ダメって言ったら、盗む使わないで」

「分かった。約束する」

 

  部屋を出ようとすると、イナが私の袖を掴んだ。


「うさぎ、ちょっとだけ」


「何?」


 イナは、リンクと華菜をちらっと見た。


「リンク、華菜、先に行ってて」

「ああ」

「……本当に大丈夫なんでしょうね」


 華菜は不安そうにそう言ってから、リンクと一緒に部屋を出て行った。


 二人の足音が遠ざかる。

 部屋には、私とイナだけが残った。


 さっきまで足をぶらぶらさせていたイナが、急に真面目な顔をする。


「うさぎ。世界を盗む約束、したよね?」

「あっ……うん」

「じゃあ、契約しよっか」

「今?」

「今」


 イナは笑っていた。

 でも、目だけは笑っていなかった。


「指輪、出して」


 言われるまま、私は左手を差し出した。

 イナの指先が、私の指輪に触れる。


「詩韻兎」


 軽い声ではなかった。


「世界を盗め」


 その瞬間、指輪に小さな魔法陣が浮かび上がった。

 細い光が走り、指輪の内側に吸い込まれていく。


「これで契約完了だよー」


 イナはいつもの声に戻った。


「これから、うさぎには私の神性が少し流れる。だから、盗むは今までより使いやすくなると思うよー」

「神性って何?」

「私と繋がったってこと」

「……全然分からない」

「あはは。だよねー」


 イナは笑った。

 けれど、次の言葉だけは妙に静かだった。


「でも、一つだけ守って」

「何?」

「人を殺しちゃダメ」

「殺すって……そんなこと、できないよ」

「うん。うさぎはそう言うと思った」


 イナは、私の指輪を見つめたまま言う。


「私は人を殺せない。そういう制約で、この世界を作ったから。私が人を殺せば、私自身が死ぬ可能性がある。私が死ねば、この世界も死ぬの」

「……」

「今のうさぎは、私と繋がった。だから、うさぎが人を殺すと、私にも」


 イナは、いつものように笑った。


「だから、人殺しはダメだよー」

「……うん。しない」

「うん。うさぎは優しいからね」


 胸の奥がざわついた。


 本当に、これでよかったのだろうか?


 自分の指輪を見下ろした。

 小さな魔法陣は、もう消えている。


 けれど、何かが変わってしまったことだけは分かった。


「行こっか。お客さん、待ってるよー」


 イナは何事もなかったように歩き出した。

 私は少し遅れて、その後を追った。


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