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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三十一話 罠

「うっさぎー! おっはよー!」


 イナの能天気な声で目が覚めた。

 目を開けると、すぐ目の前にイナの顔があった。


「あはは。起きた?」

「起きたけど……」


 私は、ぼんやりした頭のまま隣を見る。

 いつもなら、当然のように私の隣にいるイツキがいなかった。

 少しだけ胸が変な感じになった瞬間、外から声が聞こえてきた。


「そこはもっと広く取れ。後々、荷車も人も通る。道が狭ければ、町はすぐに詰まるぞ」


 イツキの声だった。

 朝から働いている。


「イツキ、もう外にいるの?」

「うん。朝から町作りしてるよー」

「町作り……」


 昨日まで、小屋しかなかった。

 なのに、もう町。

 言葉が大きすぎて、頭が追いつかない。


「早く起きなよー。面白いよー」

「面白いって何が?」

「いろいろ」


 イナはそう言って、にこにこ笑った。

 その笑顔が一番信用できない。

 私は眠い目をこすりながら、外に出た。


 外に出た瞬間、思わず足を止める。

 景色が変わっていた。

 小屋の前の地面が広くならされ、まっすぐな道が作られ始めていた。左右には木の杭が打たれ、そこに紐が張られている。

 魔族達が忙しそうに動いていた。


 石を運ぶ魔族。

 土を固める魔族。

 木材を担ぐ魔族。


 執事服の魔族も、メイド服の魔族も、角のある大柄な魔族も、翼のある魔族も、皆が同じ場所で働いている。

 そして、その中央でイツキが腕を組み、次々と指示を出していた。


「中央道路はこのまま伸ばす。まずは町の背骨を作るのじゃ。家は後から増やせるが、道は後から直すと面倒であろう」


 町の背骨。

 何か、すごいことを言っている。

 私はぼんやりとイツキを見た。

 小さな体なのに、そこに立っているだけで皆が動く。

 誰も迷っていない。

 イツキが一言告げるだけで、魔族達はすぐに走り、運び、作り、整えていく。


「うさぎー、あっちも面白いよー」


 イナが私の袖を引いた。


「あっち?」


 見ると、少し離れた場所で直哉がしゃがみ込んでいた。

 その横で、リンクと華菜が腕を組んで見ている。


 ……何してるんだろう。


「行ってみよー」

「うん」


 私はイナと一緒に歩き出した。

「おはよー」


 まず、リンクと華菜に声をかける。


「おう。起きたか」

「うさぎ、おはよ」


 華菜はそう言った後、私の足元を見て、目を見開いた。


「あ、待って」

「え?」


 リンクも慌てて手を伸ばす。


「うさぎ、そこ――」

「何?」


 私は一歩踏み出した。

 カチッ。

 足元で、小さな音がした。


「……え?」


 次の瞬間。

 ビュンッ!


「はっ?」


 地面からロープが跳ね上がり、私の足首に絡みついた。


「な、何これ!」


 足を上げようとした。

 上がらない。

 ロープが足首に巻きついている。


「ちょ、直哉!」

「あ」


 直哉が振り返った。

 その顔は、完全に「あ、踏んだ」という顔だった。


「動くな! まだ仕掛けが残ってる!」

「え!? まだあるの!?」


 動くなと言われた。

 私は反射的に横へ逃げようとした。

 それがいけなかった。

 グンッ!


「ふぎゃっ!」


 足を取られて、盛大に転んだ。

 顔からいく寸前に、何とか両手をつく。

 助かった。

 そう思った瞬間。

 カチッ。

 また鳴った。


「だから動くなって言っただろ!」


 バシュッ!

 左右からロープが飛んできた。


「ひゃあああああああ!?」


 腕に絡む。

 胴体に絡む。

 肩に絡む。

 足にも絡む。

 抵抗しようとすると、さらに別のロープが跳ね上がった。


「待って待って待って!」


 ぐるん。

 体が転がる。

 ロープが巻きつく。

 さらに転がる。

 また巻きつく。

 気づいた時には、私は全身ロープでぐるぐる巻きになっていた。


 町作り初日の朝。

 私は、罠にかかっていた。


「あははははははは!」


 イナはしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだ。 


「うさぎ、すごいねー」

「何が!?」

「全部きれいに発動したよー」


 イナは、あはははと楽しそうに笑った。

 この神様、本当に楽しそうだ。


「何事じゃ?」


 少し離れた場所から、イツキの声がした。

 イツキがこちらへ歩いてくる。

 それに気づいた魔族達も、作業の手を止めて集まり始めた。

 皆が、ロープでぐるぐる巻きになった私を見ていた。


 やめて。

 見ないで。


「うさぎ様……?」


 誰かが呟いた。

 その声に、周囲の魔族達がざわざわする。


「これは……」

「見事に絡まっておられる」

「お怪我はないのだろうか」

「いや、しかし……」

「その……大変お可愛らしいお姿で」

「可愛くない!」


 私が叫ぶと、誰かが我慢できなくなったように吹き出した。

 それを合図にしたみたいに、笑い声が広がった。


「あははははは!」

「うさぎ様、申し訳ございません!」

「ですが、あまりにも見事で!」

「これほど綺麗に罠が決まるとは!」

「綺麗に決まらなくていい!」


 私が叫ぶと、また笑い声が大きくなった。

 魔族達が笑っている。

 リンクも笑っている。

 華菜も笑っている。

 直哉も申し訳なさそうな顔をしているくせに、肩が震えていた。

 イナなんて、もう地面を叩いて笑っている。

 そして、幸村さんまで。


「うさぎ、朝から人気者だねー」

「こんな人気はいらない!」


 イツキが私の前で足を止めた。

 魔族達が慌てて頭を下げようとする。

 けれど、イツキは片手を上げてそれを止めた。


「よい。そのままでよい」

「はっ」

「直哉、解除してやるがよい」

「しょうがねえな」


 直哉は、物足りなそうに言い、指を弾いて「解除」と言った。

 その瞬間に、縄が消滅した。

 イツキが、笑いながら言った。


「余興はしまいじゃ! 皆、手を動かせ!」


 魔族の皆が一斉に持ち場に戻る。


「うさぎ、邪魔すんなよな。また全ての罠張り直しだ。めんどくせー!」

「ご、ごめん」

「あははは!」


 華菜とリンクが笑う。


「うさぎー。一緒に釣りに行こうよ」


 イナが突然言い出した。


「釣り?」

「あ、私も行きたーい」


 華菜が言い出したが、イツキが止める。


「リンクとお姉ちゃんは余の側におれ。話す事がある」

「何だ?」

「何か怖いんだけど?」

「大事な話じゃ」

「う、うん」

「直哉! すぐに罠を張り直すがよい。今日中にな」

「へいへい」

 

 イナが、私の手を掴むと走り始める。


「ま、待って! まだ釣りするとは」

「するのー!」

「釣った川魚は、持って帰るのじゃ!」


 イツキの声が後ろから聞こえてきた。

 イナは、魔族に声をかけると、魔族はすぐに竿などを用意してくれた。


「これが餌だよー」


 イナがそう言いながら、桶を見せた。

 その中に入っていたのは、ミミズだった……。


 ひぃぃぃ……ミミズ……。

 気持ち悪い……。


「じゃあ、しゅぱあーつ!」

 

 イツキ達は、イナとうさぎが駆けていくのを見送ると、イツキが華菜とリンクに話し始める。


「おそらく、明日かその翌日にこの辺りを縄張りにしている者どもが来るであろう」

「はっ?」

「え? 本当に怖いんだけど」

「リンク、その者達と喧嘩するがよい」

「いやいや、無理無理」

「だよね?」

「その為の罠じゃ。勝ってその者達を配下に置くのじゃ。よいな?」

「俺には、そんな事……」

「ならぬ。どうしても無理というなら、余が喧嘩を買おう」

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