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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
街造り

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三十話 イナとイツキ

 小屋の中が静まり返る。


 リンクが不思議そうに言う。


「裁判長、何故ここに?」

「うん? うさぎを見に来たの」

「は、はぁ」

「うさぎ、裁判長とどういう関係なの?」


 華菜が、聞いてきた。

 皆に会った頃、イナの事話した記憶があるけど、皆覚えてないようだ。


「えーと……」


 説明しようとした時、戸が開くとイツキが入ってきた。

 イツキは、イナを見ると、クククと笑う。


「その方、名を何と言う?」

「イナだよー」

「そうか、皆、この者と二人にしてくれぬか?」


 イツキは、私達が出て行くのを見ると、戸を閉めた。


 魔王と神の話し?

 興味あるかも。


 小屋の戸が閉まった。

 外へ出ていく足音が遠ざかる。

 中に残ったのは、イツキとイナの二人だけだった。

 作られたばかりの小屋は、木の匂いが強い。

 壁も床も新しく、まだ人の生活の匂いはない。

 だが、イツキはそんなものを見ていなかった。

 目の前の女を見ていた。


「ふむ」


 イツキは、ゆっくりと笑った。


「其方か。この世界の創造主は」


 イナは、驚いた顔をした。

 それから、いつものように笑う。


「あ、魔王ちゃんには分かっちゃうんだ」

「隠す気もなかろう」


 イツキは、腕を組む。


「其方から漂う気配が、そう言っておる。人のものではない。魔族のものでもない。神、と呼ぶべきものじゃな」

「あはは。すごいねー。やっぱり魔王って、ちゃんと魔王なんだ」


 イナは軽く言った。

 だが、その軽さの奥に、底の見えないものがある。

 イツキは、油断しなかった。


「その神が、何故うさぎ様の前に現れる」

「友達だからだよー」

「友達、か」


 イツキは、笑う。


「神が友を持つとは、随分と人に寄せたものじゃ」

「いいじゃん。神様だって友達くらい欲しいよ」

「信じる理由がない」

「ひどいなー」


 イナは笑っている。


「魔王ちゃんこそ不思議だよー」


 イナは、イツキを見た。


「何でうさぎ達と一緒にいるの? 私は、君を人間と対立する存在として置いたんだけどねー」

「余は、うさぎ様と共にある」

「設定、無視するんだ」

「設定など知らぬ」


 イツキは、はっきりと言った。


「余は、余が選んだものに従う」

「へえ」

「そして余は、うさぎ様より子を賜った」

「……」


 その瞬間。

 ほんの一瞬だけ、イナの笑みが止まった。

 それは、普通の者なら見逃すほど小さな変化だった。

 だが、イツキは見逃さない。

 神が、驚いた。

 イツキは、それだけで十分だった。


「ほう。知らなんだか」

「あは。うん。ちょっと予想外だったかな」


 イナはすぐに笑顔へ戻った。


「おめでとー、魔王ちゃん」

「心にもないことを」

「いやいや、本当にめでたいと思ってるよー」


 イナは、首を傾げる。


「魔王の選択としては、すごく正しいから」

「どういう意味じゃ」

「うさぎはね、ただのシーフじゃないんだよ」


 イナの声は、変わらず軽い。

 だが、その言葉だけは、笑って流すには重かった。


「八十億人の中から、たった一人だった」

「何がじゃ」

「シーフになれる人間」

「八十億から、一人か」

「うん。探すの大変だったよー。ほんと、見つからなかったんだから」

「それほどの器だと?」

「そうだよー」


 イツキの目が細くなる。


「うさぎ様に、何をさせるつもりじゃ」

「世界を安定させる手伝い」

「安定だと?」

「そう。この世界、ちょっと困ったことになってるんだよねー」


 イナは、壁に背を預けた。


「このままだと、崩壊して消滅する」

「世界がか?」

「うん」


 あまりにも簡単に言った。

 今日の天気でも話すように。

 夕飯の献立でも決めるように。

 だが、言っている内容は世界の終わりだった。


「それを、うさぎ様の力で防ぐと?」

「そう」

「危険は?」

「あるよ」


 イナは即答した。

 イツキの周囲の空気が、わずかに沈む。

 灯りが揺れた。

 壁が軋む。


「うさぎ様に危害を加えるなら、余がお主を殺す」


 イナは笑った。


「あはは。うん。魔王ちゃんと本気で戦ったら、私、殺されちゃうかもね」

「冗談で言っておらぬ」

「私も冗談で言ってないよ」


 その一言だけ、イナの声が静かだった。

 軽さが消えた。

 笑みはある。

 だが、目が笑っていない。


「うさぎは、絶対に傷つけない。この世界に絶対に必要だからね」


 イナは、イツキをまっすぐ見た。


「それだけは、本当だよ」


 イツキは黙った。

 神の言葉を信じたわけではない。

 だが、少なくとも今の言葉に嘘はない。

 そう判断した。


「ならば問う」


 イツキは、静かに言った。


「うさぎ様の子はどうなる」

「気になる?」

「当然じゃ」

「大事にしなよ」


 イナは、また笑った。

 いつもの軽い笑顔に戻っていた。


「その子、魔王ちゃんより大きなものになるよ」

「余を超えると?」

「うん」

「魔王である余をか」

「魔王じゃ、足りないかもね」


 イツキは、楽しそうに笑った。


「ならば、魔神か」

「あは。そうなるかも」


 イナは、まるで他人事のように言う。

 だが、イツキには分かる。

 この神は、すべてを面白がっているわけではない。

 うさぎという存在に、期待している。


「余の子じゃ」


 イツキは、誇らしげに言った。


「それくらいにはなってもらわねば困る」

「魔王ちゃん、親バカになりそうだねー」

「余を愚弄するか?」

「してないしてない。褒めてるよー」


 イナは、両手をひらひら振った。


「それで? 協力してくれる?」

「うさぎ様に危害を加えぬ限りはな」

「やったー。よろしくねー」

「ただし」


 イツキの声が低くなる。


「うさぎ様を駒として扱うなら、余はお主を敵と見なす」

「分かってるよ」


 イナは笑う。


「うさぎは、駒じゃないよー。友達だよ?」

「まだ言うか」

「あはは。本当だよー」


 その時、小屋の外から、うさぎの声がした。


「ねえ。もう入っていいの?」


 イナが、ぱっと顔を明るくする。


「あ、うさぎだ」

「……話は終わりじゃ」

「うん。じゃあ次は、うさぎと話すね」


 イツキは、戸へ向かうイナの背を見た。

 世界を作り、魔王を配置し、人間を動かし、うさぎを選んだ者。

 だが、その背中は軽い。

 軽すぎる。

 だからこそ、イツキは思った。

 この神は、最も信用できぬ。


 うさぎ様を守るためならば、利用する価値はある。

 戸が開く。

 外にいたうさぎが、目を丸くしてこちらを見た。


「もう終わったの?」

「あはは。終わったよー」


 イナは笑った。


「うさぎ様、今日の作業は終わりじゃ。皆の小屋を用意しておる。イナとやらも、今日はここに泊まるとよい」


 皆、小屋に案内されて、小屋に入っていった。

 イナは、「うさぎー、おやすみー」と言い、大人しく従っていた。

 そして、私は一番大きな小屋じゃなく家に……。

 当然、イツキと一緒に。

 家と言っても、一部屋で、木でベッドが作成されていた。

 部屋のど真ん中に置かれている。


 やっぱり、一緒に寝るのか。

 自分の時間が欲しい……。


 幸村さんは、隣の小屋に入った。


 こちらの話、盗み聞きしてたりして……。

 考えすぎか。


 ベッドに飛び込むと、イツキも横になり腕を掴む。


「今日は、ちゃんとした食事を用意出来なくて……明日には、運ばせよう」

「うん、お風呂は?」

「明日じゃ。それよりも、イナとはどんな関係なのじゃ?」

「イナは、私をこの世界に送りこんだ犯人。まあ、悪人てわけではないけど、アホの子かな?」

「ククク、アホの子か……」


 大きくあくびをした。


「うさぎ様、もう寝ると良い。明日から忙しくなる故にの」

「うん。おやすみ」


 外では、イナが一人、小屋の前に座っていた。

 膝を抱え、星空を眺めている。


「あれ? 一刀、どこに行った?」


 小さく呟いた声は、夜の中に溶けた。

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