二十九話 町を作ろー!
いくつもの小屋が、作られていく。
先程まで、そこは何もない平野だった。
木々に囲まれた、ただ広いだけの場所。
草が伸び放題だったのに。
それが今は、まるで別の場所みたいになっている。
木を切る魔族。
草を刈る魔族。
切った木を運ぶ魔族。
地面に杭を打ち、縄を張っていく魔族。
誰かが大声で命令しているわけではない。
それなのに、全員が始めから自分の役目を知っているみたいに動いている。
道具は、持っていなかった。
なのに、木が倒れる。
草が消え、地面が平らになっていく。
……魔法?
私は、少し離れた場所に座って、それを見ていた。
リンク、華菜、直哉は、小屋の中に入っている。
私は、その小屋に入れなかった。
入る勇気がない。
皆は何も言わないかもしれない。
リンクなら、きっと「気にするな」って言う。
直哉なら、変な冗談を言ってくれる。
華菜は怒るかもしれないけど、最後には隣に座ってくれる。
でも、足が動かなかった。
だって、私のせいだ。
始まりの街を出された。
皆の家もなくなった。
クランの口座は、とんでもない事になった。
今、こうして知らない土地で、知らない魔族の人達に小屋を作ってもらっているのも、全部、私がやらかしたからだ。
笑ってごまかせる範囲を、もう越えている気がした。
横には崖がある。
その下では、川が流れていた。
遠くで水の音がする。
思ったよりも深い谷みたいで、覗き込むと少し怖い。
アンドゥルが、数人の魔族を連れて崖の近くに立っていた。
「上流より水路を引けば、この地にも水は満ちましょう」
そんな声が聞こえた。
水路?
川を引く?
いや、言っている事は分かる。
でも、そんな簡単に言うこと?
私がぼんやり見ている間にも、別の魔族達が始まりの街の方へ向かっていった。
荷物を運ぶためらしい。
食料。
毛布。
鍋。
油。
「油?」
独り言が不意に出た。
「灯りに使うものじゃ」
いつの間にか、イツキが隣に立っていた。幸村さんも後にいた。
黒い服を風に揺らしながら、腕を組んでいる。
小さな身体なのに、周りの魔族達はイツキの一言で一斉に動く。
「始まりの街より購入させる。夜になれば灯りが要るであろう」
「買うんだ……」
「当然じゃ。奪えば、商いにならぬ」
イツキは当然のように言った。
魔王なのに。
私は、何とも言えない気持ちでイツキを見る。
私よりずっと小さく見えるのに。
私よりずっと、何でも分かっている気がする。
「夕刻までに、仮小屋を八百ほど建てる」
「八百!?」
思わず声が出た。
「足りぬか?」
「足りるとか、足りないとかじゃなくて、八百って……」
「少ない方じゃ。まずは寝床じゃからな」
イツキは、平然と言う。
私はもう一度、周りを見る。
小屋が建っていく。
本当に、建っていく。
柱が立ち、壁ができ、屋根が乗る。
見ている間に、小屋の形になる。
魔族、すごい。すごすぎる。
でも、そのすごさが、余計に胸を苦しくした。
私達だけなら、何もできなかった。
たぶん、一日かけても小屋一つ建てられない。
雨が降ったら終わりだ。
夜になったら寒くて震える。
なのに今は、魔族の人達が全部やってくれている。
私が、座っている間に。
「うさぎ様」
イツキが、少しだけ私を見下ろす。
「何じゃ、その顔は」
「え?」
「余の前で、そのような顔をするでない」
「どんな顔?」
「今にも、川に身を投げそうな顔じゃ」
そんなつもりはない。
ないけど、否定できなかった。
「……私、何もしてない」
「しておる」
「してないよ。皆が働いてるの見てるだけ」
「うさぎ様は、余の隣におればよい」
「それ、何もしてないって意味じゃん」
「余にとっては、大事なことじゃ」
イツキは、さらっと言った。
その言葉に甘えていいのか分からない。
木を切った場所には、縄が張られて、四角く区切られた土地に、札のようなものが立てられていく。
「あれは?」
「どこに何を作るか、決めておる」
「もう?」
「当然じゃ。無秩序に建てれば、後で困る」
広場。
食料庫。
鍛冶場。
井戸予定地。
倉庫。
兵舎。
作業場。
魔族達が、淡々と場所を決めていく。
さらに、空を飛べる魔族達が、次々と飛び立っていった。
空に影がいくつも流れていく。
「周辺の探索じゃ」
「探索?」
「森、獣、魔物、鉱石、水源、道。住むなら、まず知らねばならぬ」
「……本当に、国みたい」
「国を作るのじゃ」
イツキの言葉に、私は黙った。
国。
その言葉が、重すぎた。
私達は、街を追い出されただけだ。
行く場所がなくなっただけだ。
なのに、イツキは当たり前みたいに国を作ろうとしている。
「陛下!」
空から一人の魔族が降りてきた。
膝をつき、頭を下げる。
「北西に石切場に適した岩場を発見致しました。川にも近く、搬出も可能かと」
「よい。作業所を作れ。外壁に使う」
「はっ!」
魔族はすぐに飛び去った。
日が傾いていく。
夕陽が、作りかけの小屋の壁を赤く染めた。
昼間はただの木だったものが、影を持ち、形を持ち、村みたいに見え始める。
魔族達は、まだ動いている。
誰も文句を言わない。
疲れた顔もしない。
でも、だからって、何も感じないわけじゃないと思う。
私には分からないだけで。
皆、それぞれ考えているのかもしれない。
私は、膝を抱えた。
小屋の中には、リンク達がいる。
行かなきゃ。
謝らなきゃ。
そう思うのに、足が動かない。
「うさぎ様」
イツキが、私の前に立った。
「そろそろ中に入るがよい」
「……うん」
「うん、ではない。入るのじゃ」
「でも」
「でも、ではない」
イツキは、私の手を取った。
小さな手なのに、強かった。
「一人で座っていても、何も変わらぬ」
「……」
「謝りたいなら、謝れ。泣きたいなら、泣け。怒られたいなら、怒られてこい」
「うん……」
イツキは少しだけ黙って、それから私の手を引いた。
そのまま、小屋の前まで連れて行かれる。
中から、華菜の声がした。
「だから、うさぎは?」
「外にいる」
「まだ? もう暗くなるじゃん」
「イツキが連れてくるだろ」
「何であんたはそんなに落ち着いてるのよ」
「落ち着いてねえよ」
リンクの声。
華菜の声。
直哉の声。
いつもの声だった。
それだけで、泣きそうになった。
イツキが、扉の前で私を見る。
「入るがよい」
「……うん」
私は、小屋の扉を開けた。
中は、思ったより広かった。
木の匂いがする。
床には毛布が敷かれていて、壁には小さな灯りが置かれている。
リンクが立ち上がった。
華菜がこっちを見た。
直哉が、何か言おうとして口を閉じた。
私は、三人を見る。
言わなきゃ。
ちゃんと。
逃げないで。
「ごめんなさい」
声が、思ったより小さくなった。
でも、止まらなかった。
華菜の顔が歪む。
リンクは、黙っている。
直哉も、笑わなかった。
「本当に、ごめんなさい」
頭を下げた。
床しか見えなくなる。
怖かった。
次に何を言われるのか、怖かった。
華菜に怒鳴られるかもしれない。
リンクに呆れられるかもしれない。
直哉に、もう無理だって言われるかもしれない。
しばらく、誰も喋らなかった。
沈黙が痛い。
すると、足音がした。
誰かが近づいてくる。
ゴンッ!
「痛っ!」
頭に拳骨が落ちた。
顔を上げると、華菜が私を睨んでいた。
「あんたねえ……謝るのが遅いのよ」
「ご、ごめん」
「今後、金には絡むな」
リンクが、強く言った。
「でもさ、百二十億の借金って、浪漫じゃね?」
「なわけねえだろ! 心臓止まるかと思ったぞ」
「本当だよ。私は漏らしかけたよ。今後、お金は私が管理する。いい?」
「うん」
「本当に、この馬鹿は……」
「ごめんなさい」
「でもさ、俺楽しくなってきたんだけど」
「確かにな」
リンクはそう言い、私の頭を撫でる。スッと涙が落ちた。
声を出して泣いた。
「まあ、正直に言うと、私も……」
そう言って、華菜は私を毛布の上に座らせた。
リンクが隣に座る。
直哉が反対側に寝転がる。
「俺達は、これでいいか」
「はぁ〜。貧乏神に取り憑かれているわ」
「あははは。うさぎがいる限り、金持ちになれねえな。華菜、貧乏クラン一緒に抜けるか?」
「お、そうしますか? 直哉さん」
「おい。お前らな」
「大体、リンク、うさぎに甘すぎだろ」
「そうそう、何? リンク……もしかして、うさぎの事……」
華菜は、イタズラ顔で笑う。
「おい! ふざけんな!」
「ふざけてんのどっちだよ? 簡単にうさぎを許すとか言ってたよな?」
「そうそう! 簡単に許すって何言ってんの?」
「俺はだな、うさぎの事を考えて」
「何でうさぎなんだよ! 俺達の事は、考えてないって事か?」
「そうそう、うさぎ、うさぎ、うさぎってさ!」
「ちげーだろうが! お前らの事も考えてるだろうが!」
な、何か喧嘩しだした……。
華菜が、ニヤニヤしながら私を見ると声を掛けてきた。
「うさぎも、何か、言ってやりなよ。いつも、うさぎ、うさぎってうるさいんだよ」
直哉も、ニヤニヤしていた。
「だよな。リンク、うさぎ、うさぎってうるさいんだよ」
「お、おい! お前ら……」
リンクの顔が真っ赤になって俯いた。
何を言えばいいのか、分からなかった。
「え、えと……。もしかして、リンク……私のこと好きだったりして……? なんて……はは……はは」
華菜と直哉の笑い声が外に響き渡った、その時だった。
小屋の戸が開けられた。
全員が入り口を見ると、イナの楽しげな声が部屋に響き渡った。
「やっほー! うさぎ楽しそうだねー。来たよー」




