二十五話 宮殿か!
「フオオオオオオオ!! 宮殿だああああ!! お金持ちじゃああああああ!!」
クラン『かなり。』のホームが、拡張されていた。
まるで、宮殿のように。
白を基調とした巨大な建物は、夕陽を受けて柔らかく輝いていた。正面には幅広い石階段が何段も連なり、その先には人が十人ほど並んでも余裕がありそうな両開きの大扉がそびえている。扉の表面には、蔦や花を思わせる繊細な彫刻が施され、いかにも高そうだった。
建物を支える柱は一本一本が太く、二階まで届くほどに高い。
左右に大きく広がる外壁には、規則正しく窓が並び、そのどれもが磨き上げられたガラスで陽光を反射している。
屋根の縁や窓枠にはさりげなく金の装飾が入っていて、嫌味ではないのに、これでもかと金持ちの匂いを放っていた。
正面の庭もまた、やたらと気合いが入っていた。
短く整えられた芝生は青々としていて、左右には花壇が並び、赤や白や黄色の花が咲き乱れている。
手入れの行き届いた木々は丸く刈り込まれ、いかにも貴族の屋敷ですと言わんばかりだ。
そして、庭の中央には大きな噴水。
白い石で作られた円形の噴水から、透き通った水が何段にも分かれて流れ落ち、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
中央の彫像は、羽を広げた鳥なのか天使なのかよく分からないけど、絶対に高い。
その宮殿の前の庭の噴水前で、両膝をつき、両手を天に掲げて叫ぶ私がいた。
ゴンッ!!
「たーーい!!」
拳骨をくらい頭を押さえて振り返ると、華菜が仁王立ちしている。
「うさぎ、金に絡むな! あんたが絡むと、ろくな事ない! 分かった!?」
「もーう! お金持ちになったのに!」
「だな! 俺も!」
直哉がそう言うと、隣に両膝をつき両手を挙げる。
「それじゃ、俺も」
リンクも、私の隣に同じポーズをとる。
「えー。じゃあ私も!」
華菜が直哉の横にポーズをとった。
そんな私達の横を、クランに加入した執事やメイドが忙しく荷物を宮殿に運び入れていた。
誰一人、私達を見なかった。
「広ーい!」
華菜が目を輝かせて、辺りを見渡す。
「すげーな」
リンクも、さすがに気圧されている。
なのに、直哉だけが静かだった。
「直哉、浪漫は?」
私が聞くと、直哉は黙ったまま玄関ホールを見渡していた。
おいちゃん、レイヴィルは、剣の稽古と言い残してどこかに出かけている。
とてつもなく広く天井が高い。
そして、目の前には階段。
大階段?
貴族がゆっくり降りてきそうなやつだ。
いや、実際に降りてきた。
イツキが、タンドレを従えて大階段を降りてくる。
「タンドレ」
「かしこまりましたわ。皆様のお部屋の用意が出来ております。こちらへ」
私達は、黙ってついて行った。
全員、周りを見渡しすぎて首が痛くなりそうだった。
一人一人、部屋に案内される。
華菜が案内され、中へ入っていった。
「華菜ー、私も見るー」
「ならぬ。うさぎ様は、こっちじゃ」
イツキが私の手を握り、引っ張っていく。
「ここじゃ」
「……何か、他の部屋より扉でかくない?」
「余の寝室じゃ。当然であろう」
「イツキの? 私は?」
「一緒に決まっておる」
「えー。一人がいい」
「ならぬ。中に入るがよい」
イツキに言われ、扉を開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、ベッドだった。
でかい。
魔王城にあったベッドと同じだと思う。
いや、同じというより、持ってきたのでは?
「ねえ、私の寝る所は?」
「一緒に決まっておる」
「えぇ……」
何か、イツキが怖い。
「変な事しないよね?」
「うむ」
「今の『うむ』、信用していいやつ?」
「うむ」
「二回言われると、余計に怖いんだけど」
その時、部屋の扉が開いた。
華菜が顔を出す。
「なっ! 何でここだけこんなに広いのよ! 卑怯でしょ!」
「余の寝室じゃ。当然であろう」
「むー……まあいいや。うさぎ、お風呂、大浴場らしいよ。行こうよ」
「行く!」
私は即答した。
「イツキは?」
「余は、後でよい」
「じゃあ、行ってくる! 華菜、行こー!」
「うん!」
私は華菜に手を引かれ、部屋を出た。
◇
うさぎ達の足音が遠ざかるのを待ってから、部屋の空気が変わった。
先ほどまで、ただの少女のように笑っていたイツキが、静かにベッドへ腰を下ろす。
その瞬間、何もない空間から、三つの影が現れた。
アンドゥル。
ナキリ。
カルラ。
三人は、同時に膝をついた。
「陛下」
アンドゥルが、低く声を発する。
「国を空けても、本当によろしいので?」
イツキは、すぐには答えなかった。
小さな手を前に出す。
それを見た三名は立ち上がる。
「よい」
イツキは、淡々と言った。
「うさぎ様に出会えたことは、余にとって望外の喜びじゃ」
その声は、柔らかい。
「そして、この状況、使わぬ手はない」
ナキリが、わずかに眉を寄せる。
「陛下。たしかに、好機かもしれませぬ。ですが……」
「危ういか?」
「はい」
ナキリは、迷わず答えた。
「陛下が国を離れた今、動く者は必ず現れます。ですが、民に混乱が広がれば」
「それも含めて見る」
イツキは言った。
「余が玉座に座っておる間は、誰も本性を出さぬ。忠臣の顔をして、余の前に膝をつく。ならば、余が玉座から離れるしかあるまい」
カルラが静かに頭を下げる。
「では、私が戻りましょうか?」
イツキは、しばらく考えた。
それから、ナキリとカルラを見る。
「ナキリ、カルラ」
「はっ」
二人は同時に返事をした。
「フロンターレへ戻れ。ただし、姿を隠せ」
「はっ」
「オリーにのみ伝えよ」
「御意」
「それと」
イツキの目が、わずかに細くなった。
「動く者がいても、すぐには止めるな」
ナキリの表情が強張った。
「……よろしいのですか?」
「よい」
イツキは、静かに笑った。
「はっ。では、直ちに」
ナキリとカルラは頭を下げ、その場から姿を消した。
残ったアンドゥルが、再び膝をつく。
「私は、如何様に」
「そちは余の側にいよ」
「はっ」
「常にフロンターレ国内の情報を得ておけ。小さな噂も拾え。兵の動き、商人の流れ、貴族の会合、すべてじゃ」
「御意」
アンドゥルは深く頭を下げ、姿を消した。
部屋には、イツキとタンドレだけが残る。
「お嬢様」
タンドレが静かに声をかける。
「大浴場へは?」
イツキは、少しだけ考えた。
そして、先ほどまでの魔王の顔を消し、楽しそうに笑う。
「行く」
「かしこまりました」
「うさぎ様が、余を待っておるかもしれぬからな」
◇
ライオンの口から湯が出ている。
「すご……」
華菜が呟いた。
大浴場は広かった。
白い石の床に、大きな浴槽。
湯気の向こうには柱が並び、天井もやたらと高い。
私と華菜が湯に浸かっていると、扉が開いた。
「うさぎ様」
イツキが入ってきた。
後ろにはタンドレと、何人ものメイド。
「多くない?」
「陛下の湯浴みでございますので」
タンドレが当然のように言った。
イツキは慣れた様子で椅子に座り、メイド達が手際よく身体を洗っていく。
「王様って大変だね」
「うむ」
イツキは少し得意そうに頷いた。
私は湯に肩まで沈みながら、ふと思ったことを聞いた。
「ねえ、イツキ。国を出てきて、本当に大丈夫なの?」
「問題ない」
イツキは目を閉じたまま答える。
「フロンターレには、宰相を置いてある」
「さいしょう?」
「余の留守を任せておる者じゃ」
「じゃあ安心だね」
「安心かどうかは、その者次第じゃな」
イツキの声が、少しだけ低くなった。
「どこの国にもおる。己の器を見誤る者がな。フロンターレにも」
「……その人、大丈夫なの?」
私が聞くと、イツキは笑った。
イツキはすぐに湯へ入ってきて、当然のように私の隣に座った。
それから少しだけ湯に浸かり、私達は大浴場を出た。
身体がぽかぽかしている。
足も少しふわふわする。
部屋に戻ると、目の前には大きなベッド。
今日は色々ありすぎた。
急に疲れが出た。
「うさぎ様、こちらへ」
イツキが手招きする。
「一緒に寝るの?」
そう言いながら、私はベッドに倒れ込んだ。
柔らかい。
もう駄目だった。
「うさぎ様?」
イツキの声が聞こえた気がする。
「……ちょっとだけ……寝る……」
目を閉じた瞬間。
むにゅ。
お尻の辺りで、何かが潰れた。
「……」
目が開いた。
私は、ゆっくり身体を起こす。
そして、自分のお尻に手を伸ばした。
そこには、白くて丸い、ふわふわした尻尾がある。
ガバッ!
身体を勢いよく起こした。
「うさぎ様、どうした?」
イツキが不思議そうに首を傾げる。
私は天井を見上げ、両手で頭を抱えた。
「どうやったら人間に戻れるんだああああ!!」




