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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
魔王討伐

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二十三話 王と魔王

「イナ様。我が国軍が魔王軍と開戦した場合、どうなるでしょうか?」


 王が、一介の裁判長に過ぎぬ女へ、明らかに遜った口調で問いかけた。

 王国軍総司令官、北斗豪は困惑していた。


 この国の王が。

 誰に対しても、決して軽く頭を垂れぬ王が。

 目の前の女にだけは、言葉を選んでいる。


「うーん……」


 イナは、窓の外を見たまま、首を傾げた。


「魔王直属師団長が一人出てきたら、全滅すると思うよー」

「一人、でございますか」


 北斗が、思わず声を漏らした。


「まさか。我が軍は三万八千。地の利もこちらにございます」

「うん」


 イナは笑った。


「だから、一瞬かな」


 執務室の空気が凍った。


「一瞬で、消滅すると思う。街も危ないかな?」


 北斗の顔から、血の気が引いた。

 王は、黙っていた。

 驚きはしなかった。

 ただ、深く息を吐いた。


「それ程までに……」

「うん。だから、頑張ってね」

「イナ様は、どうなさるおつもりで?」

「私?」


 イナは笑顔を作る。


「面白そうだから、見学してる」


 その言葉に、北斗の眉がぴくりと動いた。

 だが、王は咎めなかった。

 咎めることに意味がないと、知っている顔だった。 

「じゃあ、また後でね」


 イナは、軽く手を振る。


「皆が生きてたら、だけど」


 そう言い残して、イナは執務室から出て行った。

 室内に、重い空気が漂っている。

 王は、椅子の背もたれに身体を預けて、天井を眺めていた。

 北斗は、王を眺めながら言葉を待つ。


「最早、ここはすでに死地となったか」

「陛下、あの様な者の言葉を信じるとでも?」

「総司令は知らぬであろうが、あの方は……まぁよい」

「如何様になされますか?」

「総司令、魔王軍に手を出してはならぬ。余が出る」

「何をおっしゃいます! 陛下の身に何かあれば」

「余が出ねばならぬ。よいか、質素な椅子を二つ用意せよ。国軍と魔王軍の間に向かい合わせで設置せよ。そして、絨毯は国賓を迎える時のを敷くように。よいな?直ぐに準備せよ」

「はっ!」


 北斗は、王に一礼すると、執務室より出ていった。


「川畑はおるか」

「これに」


 すぐに、川畑が入室してきた。

 王は、椅子から立つ。


「これより、国賓を迎え入れる。正装を」

「かしこまりました」


 川畑は退室すると、すぐに使用人達へ指示を飛ばした。

 王の正装を用意する声が、室外より響いてくる。

 王は、一つ息を吐くと一言だけ呟く。


「あの馬鹿共めが、次は王国を滅ぼす気か」


 魔王軍。


「陛下、人間に動きがあります」

「うむ」

「椅子を二つ用意しております」

「椅子をか?」

「はい」

「うさぎ様、どうやら余の出番のようじゃ」

「どういうこと?」

「余を招待するのであろう。うさぎ様は、ここで待つように。カルラ!」

「はっ! ここに」

「その方、少しだけ脅して参れ。だが、手を出してはならぬ」

「御意! では」

「うむ」

「脅して大丈夫?」

「どうであろうかの。相手の出方次第になろう」

「ダメ!」

「うさぎ様は、心配症じゃの。そうはならぬであろう。歓談の場を設けるのであればな」

「本当に?」

「うむ。籠を止めよ」


 王国軍。


 街の入り口が開けられると、王が近衛兵に囲まれて姿を現した。


 その姿は、国賓を迎え晩餐会にでも赴く装いであった。


「総司令官、騎士団長」

「はっ」

「はっ」


 北斗と渡辺は、王に駆け寄ると、一礼する。


「よいか、何があっても動いてはならぬ」

「しかし」

「ならぬ。護衛も必要ない。総司令官」

「はっ」

「魔王軍に使者を、魔王殿と歓談したしと伝えよ」

「はっ」

「皆を控えさせよ」

「はっ!」



 王は、そう命じ、王国軍と魔王軍が対峙している中央に設置された椅子に、一人向かっていった。

 そして、質素な椅子に腰を下ろした時であった。


 魔族軍の中から、子供が一人歩いてきた。

 王は、目を見開いた。

 王の近くまで歩いてくると、頭を少し下げ王に話しかけた。


「初めまして、私は魔王軍参謀、カルラ・ビエンテと申します」


 こんな子共が……?


「うむ。魔王殿と歓談したし」


 その瞬間、カルラの様子が変化した。

 身体から、黒いオーラが噴出したかと思うと、一瞬で上空まで立ち昇り、空を黒く染める。


「人間ごときが、陛下と歓談など身の程を知るがいい」


 王国軍がざわつき始め、近衛兵は王の元に駆けつけようとしたが、総司令官が制した。


 カルラの黒いオーラは、王国軍へ流れ込んだ。

 一瞬で王、王国軍、始まりの街をオーラが飲み込んだ。

 立っていられない程の圧を感じ、倒れ込む者や恐怖で体が震えている者、そして、総司令官はイナの言葉を理解した。

 街の中では、外の様子を眺めていた者達が、始まりの館や教会、クランのホームに逃げ込んだ。


 王は動かなかった。

 質素な椅子に腰を下ろしたまま、カルラを見据えていた。


 逃げることも。

 叫ぶことも。

 助けを求めることもしない。


 王は知っている。

 ここで自分が怯えれば、王国軍は崩れる。

 ここで自分が目を逸らせば、民は絶望する。


 王とは、最も安全な場所に座る者ではない。

 最も恐ろしいものの前で、最後まで座っていなければならぬ者だと。


 だから、王は汗ひとつ流していないように見せた。

 眉ひとつ動かさない。

 驚きも、恐怖も、表には出さない。

 背に大量の汗を流しながら……。


 王は、静かに口を開いた。


「魔王殿と余の歓談の場ぞ、無礼であろう。参謀殿」


 その言葉を聞くと、カルラはオーラを収めた。


 魔王軍。


「陛下へ申し上げます」


 騎士隊の伝令が翼を広げ、籠の前まで飛んで来ると、膝をつく。


「うむ」


 イツキは、伝令を見ると声を掛けた。


「どうなっておる?」

「はっ! 人間側より使者が参り、人間の王が陛下と歓談をと申しておりますが、如何なされますか?」

「分かった。使者殿を丁重にもてなし、余が参ると伝えよ」

「はっ!」


 伝令は、直ぐに飛び去って行く。


「うさぎ様、そういう事じゃ」

「大丈夫?」


 その時、リンク達が来た。


「どうなってるんだ?」

「怖いんだけど? 戦争にならないよね?」

「お姉ちゃん、大丈夫じゃ。安心せよ」

「う、うん」

「引っ越しするだけで大変だな」


 直哉がそう言い笑う。


「ククク。レイヴィル。その者に惚れたか?」


 イツキが、そう言うと、皆がレイヴィルの方を見た。


 レイヴィルは、おいちゃんの腕に掴まり寄り添うように立っていた。


 おいちゃんは、恥ずかしそうに頭をかいた。


「はっ! 我を打ち負かした者ゆえ」

「うむ、いっとう! レイヴィルを任せたぞ」

「お任せを」


 おいちゃんの顔は、真っ赤になっていた。



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