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バグ職シーフは紙すら切れない。  作者: 藤原 智
魔王討伐

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二十一話 百億ペニー! 受胎 式典

「うさぎ様、陛下がお待ちです」


 扉が開かれると、皆が椅子に座っていた。

 アンドゥル、レイヴィル、ナキリ、カルラの姿はなかった。


「うさぎ、遅ーい」


 うるさい、人で遊びやがって……。


 華菜に無言で歩いていく。


「何?」


 華菜が聞いてきたけど、


 ゴンッ!


 拳骨をした。


「いたー」


 直哉とおいちゃんが笑う。


「大丈夫か?」


 リンクが心配そうに聞いてきた。

 その言葉に、何故かホッとした。


「うん! 大丈夫!」

「うさぎ様、こっちに座るがよい」


 イツキが催促する。

 一度、皆を見て言われるがままに座った。


「うさぎ様は何か欲しい物はあるか?」


 イツキがそう言った瞬間に即答していた。


「え? 百億ペニー!」

「おい! うさぎ!」


 後から、直哉の声が聞こえた。


「ふむ……オリーはいるか?」


 イツキがそう言うと、一人の女が現れた。


「はっ、ここに」


 見た目は、普通の人間に見えるが、頭から生えた二本の角が魔族であることを証明している。


「百億ペニー、自由に出来るか?」


 へ?

 自由に?

 ま、まさか?


「可能でございますが?」

「ならば、うさぎ様、百億ペニー授けよう。オリー」

「はっ、どこに送れば?」


 へ?

 マジで?


「浪漫だ!!」

「本当?」

「あははは! これはこれは」


 リンクが立ち上がる。


「俺がクランのマスターで、俺のウィンドウにクラン用の口座が」

「分かりました。教えて頂けますか?」


 オリーが、そう言うと、リンクがクランの口座番号などを教える。

 暫くオリーは、ウィンドウの操作をしていた。


 私達は、立ち上がり、リンクの周りに集まった。


 すると、クランの口座に、一瞬百億が入金され、損害賠償金の八十六億ペニーが引かれて、十四億が残った。


「うおおおおおお!! ジュウヨンオクウウウウ!!!」

「浪漫だあああ!!!」

「よっしゃああーー!!」

「お酒のむぞ! 皆飲むぞ!!」

「まぁまぁ、皆落ち着け」

「おいちゃん! 落ち着けるわけない!!」


 うおおお!!

 イツキ!!


 これは、もう!


「イツキ!! 子を授けるううう!!!」


 と言った瞬間、イツキが立ち上がった。

 部屋の空気が、止まった。


「……真か?」


 イツキの声が、震えていた。


「うん! ヒャクオクウウウウ! ヒャッホオオオオ! イツキ大好きいい!」


 次の瞬間、イツキの顔が目の前にあった。


「むぐっ!?」


 唇が重なると、身体の奥にある、何か小さなものを、引き抜かれるような感覚がした。

 でも、痛くはない。

 私はイツキの肩を叩いた。


「むぐうううう!」


 しばらくしてようやく唇が離れ、イツキは私を抱きしめた。


「確かに、うさぎ様の因子を頂いた」

「……因子?」

「これで、余に子が宿る」


 イツキは真っ赤な顔で、私の胸に顔を埋めた。


「へ?」


 私は、ゆっくりと聞いた。


「子供、できるの?」

「うむ」


 部屋が、静まり返った。


  この後が大変だった……。


 私は、三日間、魔王城の一室に拘束された。


 拘束と言っても、縄で縛られたわけじゃない。

 部屋に鍵をかけられたわけでもない。

 逃げようと思えば、たぶん逃げられた。


 でも、逃げられなかった。


 部屋の外には、常にメイドが二十人くらい立っていた。

 部屋の中にも、常にメイドが十人くらいいた。


 何か食べようとすれば運ばれ、寝ようとすれば布団を整えられた。


 逃げる隙がない。

 というより、逃げる空気じゃなかった。


「うさぎ様、こちらの布はいかがでしょう」


 華菜が、やたら真剣な顔で白い布を見比べていた。


「……華菜」

「何?」

「何してるの?」

「ドレス選んでる」


 華菜は、楽しそうだった。


「こっちの方が似合うかな。うさぎ、肌白いし」

「こっちは少し大人っぽい」

「こっちは可愛い」


 私は、抵抗しなかった。

 抵抗する気力がなかった。


 何かを言うたびに、メイド達が真剣な顔で頭を下げるからだ。


「御子の祝賀に相応しい装いにございます」


 そう言われると、何も言えない。


 御子。


 その言葉が出るたびに、部屋の空気が少しだけ重くなる。


 私が百億ペニーでテンション上がって叫んだ言葉が、魔王国では本当に大きな意味を持ってしまったらしい。


 ◇


 直哉とおいちゃんは、式場の準備を手伝っていた。


「何で、楽しそうなのよ」


 私が聞くと、直哉は木箱を運びながら笑った。


「だって面白いだろ」

「面白くない」

「千五百人来るらしいぞ」

「多くない?」

「魔族の主要貴族と幹部だけで千五百らしい」

「だけで!?」


 おじ様は、大きな黒い柱を一人で担いでいた。


「うさぎちゃん、ここまで大変な事になるとはな」

「おいちゃんまで真面目な顔しないで」

「めでたいことは、きちんと祝わねばな」

「これさ、何の式?」

「御子祝賀の儀らしいが」

「……結婚式じゃないよね?」

「結婚式じゃね?これ」


 直哉が笑った。

 その横で、リンクが重い顔をしていた。

 ずっと反対していたらしい。


「うさぎが結婚て認めてないが?」


 リンクがそう言った瞬間、レイヴィルが静かに答えた。


「では、百億ペニーをお返しいただけますか?」


 リンクは黙った。


「……」


「百億ペニーをお返しいただけますか?」


「……手伝う」


 リンクは、式場に置く長椅子を運び始めた。


 ◇


 三日間、歩き方、立ち位置、頭を下げる角度を念入りに叩き込まれ、手の置き方を教えられた。


 誓いの言葉も渡された。


『我、御子に因子を授けし者として、陛下と共に御子を守り――』


 重いんだけど?


 部屋の中にいる魔族達が、誰一人笑っていない。

 皆、本気だった。

 意味は半分も分からなかったけど、声に出して読んだ。

 メイド達が、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、うさぎ様」


 ◇


 三日後。


 扉が開いた。

 私は、白い衣装を着ていた。

 華菜が選んだものだ。


 白い布が肩から流れて、腰には銀色の飾り。

 胸元には黒い宝石。

 頭には薄い布がかけられている。


「うさぎ、綺麗だよ」


 華菜だけが、小さくそう言った。


「……うん」


 私は、それだけ答えた。

 扉の向こうには、長い廊下があった。

 その先に、玉座の間。


 いや。


 玉座の間だった場所。


 今は、まるで別の場所になっていた。


 黒い旗が天井から垂れ、銀の紋章が並び、赤い絨毯が、まっすぐ奥まで続いている。


 左右には、魔族達が並んでいた。


 千五百名。


 でも、その時の私には、数なんて分からなかった。

 ただ、壁のように魔族がいた。

 そして、リンク、華菜、直哉、おいちゃんの姿があった。

 皆だけが、どこか違う世界のように見えたけど、姿をみて、安心した。


 全員が静かに立っている。

 誰も喋らない。

 誰も笑わない。


 楽器の音だけが、低く響いていた。

 私は、歩いた。

 言われた通り、教えられた通りに。


 一歩、歩く度に左右の魔族達が、私に頭を下げていく。


 奥に、黒い正装を着ている、イツキが立っていた。

 いつものドレスとは違う。

 魔王としての衣装なのだと思う。


 綺麗だった。

 怖いくらいに……。


 イツキは、私を見つめていた。

 いつものように飛びついてこない。

 抱きしめてもこない。

 ただ、静かに待っている。


 私が、イツキの隣に立つと、レイヴィルが前に出た。


「これより、御子祝賀の儀を執り行う」


 その声が、広い玉座の間に響いた。

 魔族達が、一斉に膝をついた。

 

「陛下は、御子を宿された」


 イツキが、自分のお腹にそっと手を当てる。


「うさぎ様は、御子に因子を授けられた」


 今度は、魔族達の視線が私に集まった。


「これより、御子を守るための誓いを」


 レイヴィルは続けた。


「陛下と、因子を授けしうさぎ様が、御子の前に立ち、共に守ることをお示しください」


「陛下」


 レイヴィルがイツキを見る。

 イツキは、静かに頷いた。


「余は誓う」


 玉座の間が、さらに静かになった。


「この身に宿りし命を守る。余の力が、この子を焼くならば、余は力を封じよう。余の王威が、この子を苦しめるならば、余は王威を抑えよう」


 イツキの声は、震えていなかった。

 次に、レイヴィルが私を見た。


「うさぎ様」


 来た。


 私は、渡されていた紙を開いた。


 手が少し震えていた。


 でも、読んだ。


「我、御子に因子を授けし者として……」


 声が小さかった。


 でも、玉座の間は静かだったから、たぶん聞こえた。


「陛下と共に、御子を守ることを……誓います」


 言ってしまった。


 その瞬間、魔族達が深く頭を下げた。


「御子に祝福を」


 千五百の声が重なり、玉座の間全体が震えた。


 私は、息を呑んだ。

 イツキが、私の手を取った、冷たい手だった。


「うさぎ様」


 イツキが小さく言った。


「ありがとう」


 その顔を見たら、何も言えなかった。

 レイヴィルが、黒い箱を差し出した。

 中には、小さな銀の輪が二つ入っていた。

 私は、それを見て固まった。


 指輪?


「これは?」


 思わず聞いた。


「御子守りの輪でございます」

「指輪じゃなくて?」

「御子守りの輪でございます」

「指に付けるの?」

「はい」


 イツキが一つを取って、私の指にはめる。

 私も、言われるままに、もう一つをイツキの指にはめた。


 魔族達が、また頭を下げた。

 楽器の音が大きくなる。

 黒い花びらが、天井から静かに降ってきた。


 レイヴィルが厳かに宣言した。


「これにて、御子祝賀の儀は成された」


 魔族達が一斉に立ち上がる。

 そして、深く頭を下げた。


「陛下に祝福を」

「御子に祝福を」

「うさぎ様に祝福を」


 私は、黙って聞いていた。

 最後まで、黙っていた。


 言われた通りに歩いて、言われた通りに誓って、言われた通りに輪をはめた。


 そして、全部が終わった。


「結婚式かああああ!!!」

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