十三話 魔王討伐に行こう
「行こう! 行こう! 魔王! 魔王! 行くぞお!」
「やめて、うさぎがそういうこと言う時、ろくな事にならないから」
華菜が本気で嫌そうな顔をしていた。
「ははは、でも次は大丈夫だろ」
「だよな。俺達、出番なさそうだし」
「おいちゃんの出番だよ」
私が胸を張ると、おいちゃんは苦笑した。
「ははは、期待に応えられるか分からんが」
「おじ様、気をつけて」
華菜だけが、やたら深刻だった。
八十六億の借金。
もうこれは、詰んだはずだった。
だが、そんな私達の前に、一本の光が差した。
おいちゃんが言ったのだ。
「魔王を討伐すると、報奨金が百億らしい」
百億ペニー。
つまり、八十六億を払っても、十四億残る。
十四億残る……だと……?
なんて素敵な響き。
「勝った」
「まだ何もしてない」
華菜が即座に言った。
「華菜」
「何?」
「今回は勝ったよ」
「その顔やめて。本当に嫌な予感しかしない」
華菜は頭を抱えている。
失礼な。
私は、今まで何度も失敗してきた。
でも、それは私の作戦だったからだ!
しかーし! 今回は違う!
今回は、おいちゃんの作戦だ!
つまり!
勝利確定!
百億確定だ!
そうでしょ?
「うおおおおお! 待ってろ百億うううう!!」
リンクと直哉が魔王の居場所を事前に調べてくれていた。
二人もやる気だ。
ワクワクが止まらない。
「さて、皆、少し休憩しようか?」
おいちゃんが提案する。
皆が賛成して、草原に座った。
「ねね、サンドウィッチ作って来た」
「お、さすが華菜」
「浪漫だな」
「華菜ちゃん、いいお嫁さんになりそうだ」
「そう?」
華菜は、少し照れているようだ。
「華菜、けっこうやる気じゃん」
「違う! ピクニック! 私はピクニックって思ってるから」
「つうか、うさぎ、今回はでしゃばるなよ」
「ええ、私だって」
「ダメだ! 浪漫じゃねえ」
「皆、酷くない?」
「うさぎが何かするんなら、ここで私は帰る」
「あははは。うさぎちゃん、俺が危ない時頼むよ」
「任せて!」
「あぁー、終わった……次はいくらの損害賠償?」
サンドウィッチを食べ終え、私達は再び歩き出した。
草原は、思ったより穏やかだった。
空が青く、風が気持ちいい。
遠くの方で、小さな鳥が飛んでいる。
華菜は、さっきから何度も辺りを見渡す。
帰り道を確認しているのだろう。
気持ちは分かる。
リンクと直哉は、事前に調べた道を確認しながら歩いていた。こういう時、二人はちゃんとしている。
おいちゃんは、少し後ろを歩いていた。
歩き方はのんびりしているのに、不思議と隙がない。
あの人、何者なんだろう?
おいちゃんがいるだけで、少し安心する。
途中までは、本当にピクニックみたいだった。
華菜の作ってくれたサンドウィッチはおいしかった。
卵と野菜と肉が入っていて、塩加減もちょうどよかった。
草原を抜けたあたりから、少しずつ空気が変わった。
地面の色が変わってきた。
青々としていた草は、少しずつ黒ずんでいる。
枯れているわけではなかった。
濃い緑と黒が混じったような草が、ざわざわと揺れていた。
空も、さっきより暗く見えた。
雲が増えたわけではない。
太陽もある。
それなのに、光が少しだけ弱く感じた。
華菜が、私の袖を掴む。
こういう時の華菜はとても可愛い。
さらに進むと、道の先に森が見えてきた。
普通の森ではなかった。
木の幹が黒い。
枝はねじれていて、葉は濃い紫色をしている。
綺麗と言えなくもない。
でも近づきたくはない、そんな森だった。
道は、その森の中へ続いている。
リンクが足を止めた。
直哉も地図を確認している。
おいちゃんは、少しだけ目を細めた。
華菜は、完全に私の袖を握りしめている。
袖が伸びる。
服がかわいそう。
でも、今は文句を言わないでおいた。
私も、少し怖くなってきたからだ。
森に入ると、空気が一気に冷えた。
昼なのに薄暗い。
葉の隙間から差し込む光が、細い線になって地面に落ちている。
その光の中を、小さな虫のようなものが飛んでいた。
虫だと思った。
でも、よく見ると羽の生えた小さな人型だった。
見なかったことにした。
異世界には、見なかったことにした方がいいものがたくさんある。
森の中は、やけに静かだった。
魔物が出てもおかしくない。
むしろ、絶対出ると思っていた。
魔王領の近くだ。
強い魔物がうじゃうじゃいてもおかしくない。
なのに、何も出ない。
それが逆に怖かった。
森を抜けると、視界が開けた。
そこは、丘の上だった。
遠くの山の上に、黒い城が建っていた。
魔王城。
誰に説明されなくても分かった。
空を突き刺すような塔。
壁に絡みつく黒い蔦。
城の周囲を飛ぶ、大きな鳥のような影。
不気味なのに、どこか美しい。
人間の城とは違う。
始まりの街とも違う。
王城とも違う。
そこには、別の国の匂いがあった。
魔王が住む城。
百億ペニーが眠る城。
目的を間違えてはいけない。
魔王討伐。
つまり、あの城は百億の城。
丘を下り、城へ続く道を進む。
道は綺麗に整えられていた。
魔王領なのに、道がちゃんとしている。
もっと、骨とか転がっていると思っていた。
ドクロの門とか。
血の池とか。
そういうのは、何もない。
代わりに、道の脇には畑のようなものが広がっていた。
黒い土に、見たことのない作物が植えられている。
遠くには、柵で囲われた広い牧場のような場所も見えた。
大きな角のある牛みたいな生き物が、のんびり草を食べている。
魔王領に、牧場?
「ねえ、なんか畑とかあるんだけど?」
「だな」
「俺達とかわらないな」
思ってたのと違う。
魔族って、もっとこう、人間をさらって食べたりするんじゃ?
畑?
牧場?
石畳?
普通に国では?
私が混乱していると、リンクも同じような顔をしていた。
直哉は、周囲を見ながら小さく呟く。
「浪漫だな」
魔王領は、荒れていない。
むしろ、人間の街の外より綺麗だった。
おいちゃんは、何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑っていた。
その表情が、少し引っかかる。
まるで、おいちゃんは最初から知っていたみたいだった。
さらに進むと、城門が近づいてきた。
見上げるほど大きな門だった。
黒い金属でできていて、表面には細かい模様が彫られている。
門の前には、誰もいない。
不自然なくらい、静かだった。
「……ねえ」
華菜が小さく言った。
「もう見つかってるの?」
「大丈夫。見つかってない」
そう言い、華菜に親指を立てた瞬間、空気が揺れる。
目の前の空間が、黒く歪んだ。
私達の前に一人の男が立っていた。
華菜が、無言で私の親指を折り曲げた。
黒い礼服。
白い手袋。
銀色の髪。
背中から伸びる、黒い翼。
男は、私達をゆっくり見回した。
そして、静かな声で言った。
「人間が、魔王様の城に何用か?」




