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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第8回 買い支え(バイバック)の狂宴――帝国を破産させる三つのステップ

「……紙屑だ! 朝凪の紙幣が、昨日の半値にまで暴落しているぞ!」

「帝国銀行が『売り』を出しているんだ、もう終わりだ! 公爵令嬢のハッタリに騙された!」


 王宮の広間は、数時間前の熱狂が嘘のような絶望に包まれていました。

 窓の外、王都の市場では帝国の工作員たちが「朝凪商会は破産する」「金貨との交換は停止される」という噂をバラ撒き、恐怖に駆られた市民たちが紙幣を投げ売っています。


 帝国の『空売り』。

 持たざる者が、借りた資産を売り浴びせ、価格が下がったところで買い戻して差益を得る。巨大資本が小規模な市場を破壊する際の、最も卑劣で効率的な略奪作法。


 私は、荒れ狂う貴族たちを無視し、特等席に置いた肘掛け椅子に深く腰掛けていました。

 手元には、グリスが書き殴る最新の「相場表」が次々と届けられます。


「嬢ちゃん、価格はさらに一割下落したぜ。……帝国の資本投下量は想定以上だ。このまま買い支えを続ければ、うちの金庫も三日と持たねえぞ」


「……三日? ふふ、三時間もあれば十分ですわ」


 私は、指先で『錆びた一クローナ』を弄びながら、セレーネに合図を送りました。


「セレーネ。……帝国の連中が『売っている』のは、どこから調達した紙幣かしら?」


「……調査済みです。……彼らは、王都の各ギルドや貴族たちから、高利の利息を条件に『朝凪紙幣』を借り受けて売りに出しています。……いわゆる、貸株かしかぶならぬ貸紙幣かししへいです」


「よろしい。……では、ステップ一。……『供給の遮断』を始めなさい」


 私は、静かに立ち上がりました。


「ガストン。……あなたの『鉄鎖ギルド』の出番ですわ。……王都に入るすべての街道を封鎖しなさい。……『検疫』と称して、帝国の馬車も、帝国の金貨も、一切の物流を止めなさい」


「へっ、合点だ! ……野郎ども、仕事だ! アイリス様の許可なく、ネズミ一匹街に入れるな!」


 ガストン率いる荒くれ者たちが、一斉に広間を飛び出していきます。

 これが、物流を握るということの真の意味。

 いくら帝国が莫大な「金貨ゴールド」を持っていても、それがこの街に物理的に届かなければ、ただの重い石に過ぎません。


「ステップ二。……『現物の囲い込み』ですわ」


 私は、騒ぎ立てる貴族たちを一喝しました。


「皆様! ……今、自分の紙幣を売った方は、今すぐこの場から立ち去りなさい。……ですが、私を信じて紙幣を持ち続ける方には、今この瞬間から『朝凪紙幣』の特別配当――一割の利息付与を約束いたしますわ!」


 どよめきが走ります。

 暴落している最中に利息をつける。……それは、さらなる損失を招く狂気の沙汰に見えるでしょう。

 けれど、投資家という生き物は「期待」に飢えています。


「……アイリス様、そんなことをすれば商会の資金が……」


「いいえ。……これで、市場に流通する紙幣の『還流かんりゅう』が止まります。……帝国の連中が買い戻したくても、市場に紙幣が残っていない状況を作るのです」


 そして。

 私は、グリスが持ってきた「帝国の借用書」を高く掲げました。


「ステップ三。……『強制買い戻し(ショートスクイズ)』の執行ですわ」


 帝国の工作員たちは、市場で紙幣を売り叩きました。

 けれど、彼らが「借りた紙幣」を返却する期限は、刻一刻と迫っています。

 物流を止められ、新たな紙幣の調達が不可能になった彼らが、期限までに紙幣を返せなくなったらどうなるか?


「……デフォルト(債務不履行)ですわね。……帝国の名誉は失墜し、彼らが担保として差し出した『本物の金貨』は、すべて私の所有物となります」


 数時間後。

 市場の風向きが、一瞬で変わりました。


 紙幣を売り払った工作員たちが、今度は血眼になって紙幣を「買い戻そう」と奔走し始めたのです。

 けれど、街道は封鎖され、貴族たちは配当欲しさに紙幣を手放さない。

 供給がゼロになり、需要だけが爆発する。……価格は、暴落したスピードの数倍で跳ね上がりました。


「お、おい! 朝凪の紙幣を売ってくれ! 金貨三枚出す、いや五枚だ!」

「ふざけるな! さっき一倍で買ったばかりだぞ! 十枚出さなきゃ売らん!」


 市場は、アイリスの思惑通り「帝国の自滅」によるバブルへと突入しました。

 帝国の資本が、帝国の買い戻しによって、アイリスの金庫へと吸い込まれていく。……まさに、自らの尾を喰らう蛇。


「……チェックメイト(詰み)ですわ」


 私は、窓から市場の混乱を眺め、冷たく微笑みました。

 帝国の『空売り』を逆手に取った、冷徹な資産略奪。


 やがて、広間に一人の男が転がり込んできました。

 先ほどの使者、ヴィクターです。……その顔は、幽霊のように真っ白でした。


「あ、アイリス様……。……救援を……。……我が帝国の支部が……破産……」


「救援? ……あら、投資は自己責任ですわよ、ヴィクターさん」


 私は、彼の手から帝国の「破産宣告書」を奪い取り、代わりに一通の請求書を渡しました。


「……今回の通貨操作による市場混乱の損害賠償、及び我が商会の買い支えコスト。……合計、金貨一千万枚。……支払えないのであれば、隣国クリストフ帝国の『王都支部』の建物ごと、私が差し押さえさせていただきますわ」


 ヴィクターは、そのまま泡を吹いて倒れました。

 一国の経済を揺るがした巨大銀行が、たった数時間の「流動性のわな」によって、一介の追放令嬢に飲み込まれたのです。


「カカッ! 大金星だ、嬢ちゃん! ……これで大陸中の投資家が、朝凪の名前を覚えたぜ!」


 グリスが歓喜の声を上げる中、私は不意に、部屋の隅に置かれた一通の手紙に気づきました。

 封蝋には、レナード・クリストフの個人紋章。


 震える指先でそれを開くと、そこには短い一文だけが記されていました。


『素晴らしい。……君という資産に、ようやく適正な評価を下す準備ができた。……近いうちに、直接会って「契約」を交わそうじゃないか』


 ……招待状?

 いいえ、これは。


「……狩猟の誘い、かしら」


 私は手紙を握りつぶし、広間の王座――今は私の机代わりとなっている椅子に、深く身を沈めました。


「受けて立ちますわ、レナード。……私の『信用』を測り損ねた代償、あなたの帝国ごと、買い取って差し上げますから」

第8回、お読みいただきありがとうございます。


巨大資本による「空売り」を物流封鎖と配当政策で迎え撃ち、強制買い戻し(ショートスクイズ)に追い込む……。

アイリス様の、魔術よりも鮮やかな経済的勝利、いかがでしたか?

帝国という巨人の一角を崩し、彼女の名前は大陸全土へと轟くことになります。


しかし、帝国の総帥レナード本人からの、宣戦布告とも取れる招待状。

これまでの代理人を通じた小競り合いとは次元の違う、真の怪物がついに動き出します。


次回、「闇の晩餐会――敵のふところで、毒を喰らう」。

アイリス様、ついにレナード・クリストフと直接対決の場へ。


「私の市場価値を、さらに跳ね上げてくださいませ。……評価とブクマという名の『投資』、お待ちしておりますわ」

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