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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第7回 帝国の投資家――あなたの『信用』に、値段をつけに来ましたわ

王宮の広間は、もはや国家の儀事堂ではなく、私の銀行の『窓口』へと成り下がっていました。

 膝をつき、必死に偽造金貨を差し出す貴族たちの列。それを事務的に査定し、三割の手数料を差し引いて「朝凪紙幣」を渡していくスラム出身の若者たち。……光景としては滑稽ですが、これこそが真の権力構造の再構築ですわ。


「アイリス様、予定通り王室の宝物庫から金塊の運び出しを完了しました。……ですが、妙なことが」


 セレーネが、私の耳元で氷のように冷たい声を落としました。


「……王都の市場で、我が商会の紙幣が、急激に売られています。……それも、個人が手放すレベルではない、組織的な『空売り』です」


 私の指先が、わずかに止まりました。

 朝凪紙幣は、私が管理する本物の金貨に裏打ちされた「信用」そのもの。それをこのタイミングで大量に売り払うということは、私の信用を根底から破壊し、紙幣をただの紙切れに戻そうとする……明確な『宣戦布告』に他なりません。


「……犯人は、王家ではありませんわね。彼らにはそんな資本も、知能も残っていない」


「ええ。……その売り注文の出所は、隣国、クリストフ帝国。……大陸最大の銀行を保有する、レナード・クリストフ総裁の名義です」


 その名を聞いた瞬間、私の背筋を、心地よい戦慄が駆け抜けました。

 レナード・クリストフ。

 かつて大陸全土の通貨価値を一夜で半分に変え、三つの王国を経済的に解体したと言われる「帝国の怪物」。……無能なセドリックなどとは比較にならない、数字で世界を捕食する側の人間。


「……面白いですわね。……ようやく、対等な商談ゲームができる相手が現れたというわけかしら」


「失礼します、アイリス様! ……帝国の使者と名乗る男が、広間に!」


 グリスの怒鳴り声と同時に、広間の入り口から、一人の男が歩み寄ってきました。

 王宮の衛兵すらも、その圧倒的な「資本の気配」に気圧され、道を開けています。

 男は、帝国の最高級の仕立てであろう漆黒のスーツを纏い、片眼鏡モノクルの奥で、値踏みするように私を見つめました。


「ごきげんよう、アイリス・フォン・アルトハイム公爵令嬢。……いえ、今は『朝凪商会総帥』とお呼びすべきでしょうか」


 男は、セドリック王子の前ですら失わなかった私の「結界」に、土足で踏み込んできました。


「レナード・クリストフ総裁の代理人、ヴィクターと申します。……我があるじより、あなたへの『査定結果』をお預かりしてまいりました」


 ヴィクターと名乗った男は、懐から一通の黒い封筒を取り出し、私の目の前にある査定テーブルに置きました。

 貴族たちが息を呑みます。……それは、帝国の「最後通牒」にも似た重圧を放っていました。


「……査定? ……ふふ、私の『価値』に値段をつけるというのかしら。……ずいぶんと傲慢な投資家ですわね」


「傲慢ではなく、合理的判断です。……我が主は仰いました。『この小国の令嬢が発行した紙きれには、大陸の経済を背負うだけの担保ゴールドが足りない』と」


 ヴィクターは冷徹に言い放ちました。


「現在、我が帝国銀行は、あなたの朝凪紙幣に対し、全面的な『売り』を浴びせております。……あなたの銀行にある金貨が底を突くのが先か、我が帝国の資本が尽きるのが先か。……答えは、計算するまでもありません」


 周囲の貴族たちが、騒ぎ始めました。

 せっかく手に入れた「朝凪紙幣」が、帝国の攻撃で紙屑になる……その恐怖が、またしても王宮を支配しようとしています。


「……資本力でねじ伏せる。……なるほど、いかにも巨大銀行が好みそうな、退屈な暴力ですわね」


 私は、テーブルの上に置かれた黒い封筒を、手に取ることもなく扇で弾き飛ばしました。

 ヴィクターの眉が、ピクリと動きます。


「……何をする、アイリス様。これはレナード様からの招待状でもあるのですぞ」


「招待状? ……いいえ、これは『不良債権の通知』ですわ。……レナード氏に伝えなさい。……私の紙幣の価値を決めるのは、帝国の資本ではなく、私の『意志』であると。……そして――」


 私は、ヴィクターの目を見据え、一歩前に出ました。

 裸足のまま。……けれど、その一歩は、帝国の軍勢を前にした女王よりも重く、鋭く。


「――売り浴びせるなら、もっと本気でいらっしゃい。……その程度の中途半端な売り注文では、私の胃袋を満たす前菜にもなりませんわ。……市場マーケットが閉まるまでに、帝国の資本を半分ほど溶かして差し上げてもよろしくてよ?」


 私の挑発に、ヴィクターは絶句しました。

 まさか、追放されたばかりの令嬢が、帝国の怪物に真っ向から「買い向かう」と宣言するとは、夢にも思わなかったのでしょう。


「……正気ですか。……レナード様を敵に回して、この国がどうなるか……」


「国? ……ふふ、そんなものは、必要なら買い直せばいいだけですわ。……私は、自分の『信用』に嘘をつくことの方が、何倍も高くつくと理解しておりますの」


 私はセレーネに視線を送りました。

 彼女は待ってましたと言わぬばかりに、予備の帳簿を開き、魔筆を走らせます。


「……全商会員に告ぐ。……帝国の売り注文、すべて私が『買い』で飲み込みます。……一クローナの価格下落も許しません。……今日、世界で最も価値があるのは、クリストフ帝国の金貨ではなく、この朝凪の紙片であることを、数字で証明なさい!」


 グリスが、背後で狂ったように笑い声を上げました。

 王宮の窓の外、王都のギルドたちが一斉に動き出す気配がします。


 通貨戦争。

 それは、剣も魔法も使わない、けれど最も残酷な虐殺。


「……伝えなさい、ヴィクター。……レナード・クリストフ氏。……あなたの『資本』、私がすべて、端数まで美味しく買い叩いて差し上げますわ」


 ヴィクターは、蛇に睨まれた蛙のように硬直した後、逃げるように広間を立ち去りました。

 静寂が戻った広間で、私は自分を捨てたセドリック王子を……もはや誰からも相手にされず、床に転がったパンを拾おうとしている無残な男を、一瞥しました。


「セドリック様。……これが、真の『戦い』ですわ。……愛だの裏切りだのといった、湿っぽい遊びとは次元が違いますの」


 私は、自分の胸元に輝く「錆びた一クローナ」を強く握りしめました。

 帝国。レナード。

 私の「信用」を測りにかけた報いは、利息を乗せて、その心臓(銀行)ごと支払っていただきますわ。

第7回、お読みいただきありがとうございました。


ついに登場した、アイリス様の「運命のライバル」レナードの代理人。

通貨の「空売り」という、現代金融さながらの攻撃に、アイリス様は「全弾買い戻し」という超強気のカウンターで応じました。

王宮のざまぁを越え、物語はいよいよ「世界規模のマネーゲーム」へと突入します。


「私の価値に値段をつけたこと、後悔させて差し上げますわ」

アイリス様の不敵な笑みが、帝国の巨人をどう揺さぶるのか。


次回、「買い支え(バイバック)の狂宴――帝国を破産させる三つのステップ」。

アイリス様による、史上最大の『逆転買収』が始まります。


「私の『ポートフォリオ』の時価総額を決めるのは、あなたの『評価』と『ブクマ』ですわ。投資、お待ちしておりますわ」

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