第5回 王宮の競売(オークション)――そのプライド、一クローナの価値もありませんわ
「……アイリス、よくぞ来た。貴様の無礼な振る舞い、本来なら極刑に値するが……今は特別に許してやろう。さあ、早くその馬車に積んできた食糧を差し出せ」
数日ぶりに足を踏み入れた王宮の広間。
出迎えたセドリック王子の顔は、見るも無残に窶れていました。自慢の金髪は油ぎり、豪奢な衣装には食べこぼしの跡。……どうやら、私の差し止めによって一流の料理人たちが去った後、彼らは「自炊」という高度な知的労働に失敗したようですわね。
私は、セレーネが差し出したシルクの手袋をはめ直し、鼻を鳴らしました。
「勘違いなさらないで、セドリック様。私は『配給』に来たのではありません。……今日は、未払い債務の代物弁済……分かりやすく言えば、あなたの持ち物を『差し押さえ』に来たのですわ」
「な……差し押さえだと!? この私から、何を奪うというのだ!」
王子の隣で、聖女マリアが震える声で叫びます。彼女の純白のドレスも、今や煤けて灰色に見えました。
「アイリス様、ひどいですわ! 王子様はお腹を空かせているのですよ!? あなたには人の心がないのですか!」
「ええ、ありませんわ。……あるのは『損益計算書』だけです。セレーネ、査定を開始なさい」
私の合図とともに、後ろに控えていた鉄鎖ギルドの元徴収員たちが、大きな箱を抱えて広間に展開しました。彼らは今や、私の忠実な「資産調査員」です。
「ちょ、ちょっと! 何をするの、私の宝飾品に触らないで!」
マリアが悲鳴を上げますが、調査員たちは事務的に彼女の首飾りや指輪を剥ぎ取っていきます。私はそれを、冷ややかな目で見つめ、手元の手帳にペンを走らせました。
「聖女様の首飾り……模造石の可能性あり。時価、銀貨三枚。……王子のマント、裏地にカビが発生。金貨一つきり。……セドリック様、これでようやく、今日のあなた方の『パン一切れ』の代金が払えましたわね」
「貴様ぁっ! 私の愛用していた名剣を、そんな端金で……!」
セドリックが腰の剣を引き抜こうとしますが、空腹で力が入らないのか、その手は無様に震えています。私は歩み寄り、その剣の切っ先を扇の端で軽く押し下げました。
「名剣? ……ふふ、銘は立派ですが、手入れを怠ったために刃こぼれが酷い。……実用価値ゼロ。鉄屑としての重さで査定して、二クローナですわ」
私は、彼の足元に「一クローナ硬貨」を二枚、放り投げました。
カラン、と乾いた音が広間に響き渡ります。
「拾いなさいな。それが今の、あなたの『プライド』の適正価格ですわよ」
「っ……!!」
セドリックが屈辱に顔を歪め、地面の硬貨を睨みつけます。……ですが、彼はそれを蹴り飛ばすことはしませんでした。……いえ、できませんでした。その二枚があれば、市場で黒パンが一つ買えることを、本能が理解しているからです。
「アイリス様……そこまでして、何が望みなのです! 王国を滅ぼして、あなたが女王にでもなりたいのですか!?」
マリアが涙を流しながら叫びます。……ああ、相変わらず「感情」を通貨にしようとする、非効率な女。
「女王? ……そんな面倒な地位、お断りですわ。責任ばかり重くてリターンが少ない。……私が欲しいのは、この国の『所有権』。王が誰であれ、私の許可なく一クローナも動かせない……そんな、完璧な管理社会ですわ」
私は広間の中心にある、王座を見上げました。
かつて私が座るはずだった、あの椅子。……今は、古びた木材と金メッキの塊にしか見えません。
「セドリック様。……本日の回収分では、利息の百分の一にも満たない。……ですから、次は『徴税権』の一部を譲渡していただきますわ」
「なっ……国の財布を、貴様のような商人に渡せというのか!」
「ええ。あなたが管理するより、よほど国民の生活は安定しますわよ。……現に、私が物流を握ったスラムでは、すでに餓死者がゼロになりましたもの」
事実です。
私がギルドを再編し、流通を最適化したことで、これまで中間搾取されていた食糧が、適正な価格でスラムに回るようになっています。……もちろん、私の利益をたっぷり乗せた上での話ですが。
セドリックが絶望に打ちひしがれ、膝をついたその時。
マリアが、縋るような瞳で私の手を取りました。
「待ってください……アイリス様! 私には『奇跡』の力があります! 私が祈れば、病は治り、作物は実ります! その力で、借金を返しますから……!」
マリアの手から、柔らかな白い光が溢れ出しました。
周囲の者たちが、その神聖な輝きに息を呑みます。……ですが、私はその「光」を見つめながら、懐から例の『錆びた一クローナ』を取り出し、光にかざしました。
すると、どうでしょう。
神聖なはずの光が、私の硬貨に触れた瞬間、ドロリとした「黒い霧」のように変色したのです。
「……あ、あれ……? なぜ……?」
「『奇跡』には対価が必要……。グリス、この現象をどう見ますか?」
影から現れたグリスが、濁った瞳でマリアを指差しました。
「カカッ! 嬢ちゃん、読み通りだ。……この聖女様が奇跡を使うたびに、王国の土地から『生命力』が吸い出されてやがる。……つまり、彼女の祈りは『未来の収穫量』を担保にした、超高金利の先食いだ」
マリアの顔から、一気に血の気が引きました。
「私が……国を……削っていた……?」
「ええ。あなたの『奇跡』一回につき、来年の小麦収穫量が数トン減少する……。……マリア様、あなたの存在そのものが、この国最大の『負債』だったのですわ」
私はマリアの手を冷たく振り払いました。
救済の象徴であったはずの聖女が、実は最悪の疫病神であったという事実。
「……さあ、セドリック様。……まだ、聖女(この女)を傍に置いておくおつもりかしら? ……それとも、賢明な『資産切り捨て(損切り)』を決断されますか?」
王宮の広間に、冷酷な沈黙が落ちました。
愛か、生存か。
数字という名の審判が、今、彼らの運命を確定させようとしていました。
第5回、最後までお読みいただきありがとうございます。
王宮に乗り込み、王子の剣を「鉄屑」として買い叩くアイリス様……。
かつての婚約破棄を、完璧な「経済的処刑」で塗り替えるカタルシス、いかがでしたか?
さらに聖女マリアの「奇跡」に隠された恐ろしい負債の正体。……愛や祈りですら、アイリス様の帳簿からは逃げられません。
さて、聖女という名の「不良債権」を突きつけられたセドリック王子。
彼は果たして、愛を捨てるのか、それとも心中を選ぶのか。
そして、アイリス様の「国を差し押さえる」計画は、次のフェーズ――『中央銀行の設立』へと向かいます。
次回、「通貨の革命――王の顔より、私のサインを」。
ついにアイリス様が、この国の「信用」そのものを上書きします。
「私の投資(物語)の利回りに満足いただけましたら、ぜひ星(評価)やブックマークで配当をお願いいたしますわ。……次の商談でお会いしましょう」




