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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第4回 ギルド買収――暴力には、倍の違和感(コスト)を

「……許可なくスラムで商売を始めた不届き者は、貴様か?」


 蹴り破られた扉から舞い上がった砂埃が、私の積み上げた金貨に薄く積もりました。

 私は、眉一つ動かさずに手元の帳簿に目を落としたまま、静かに口を開きました。


「セレーネ、清掃費の計上を。扉の修理代、金貨の汚損による資産価値低下の補償、そして――私の優雅なティータイムを中断させた『慰謝料』。……合計金貨五枚。この男たちの債務に追加しておきなさい」

「承知いたしました。……執行しますか?」


 セレーネが影の中から音もなく踏み出します。

 男たちのリーダー格――鉄鎖ギルドの徴収員、ガストンと名乗った大男が、鼻で笑って斧を突き出しました。


「ハッ! 慰謝料だと? 夢でも見ているのか。この街の物流と徴税は、俺たち鉄鎖ギルドが握っている。新入りの商売人は、売上の五割を『通行税』として納めるのが掟だ。……さあ、その金貨をすべてこちらへ渡せ」


 五割。ふふ、利回りを全く理解していない、無能な搾取者の台詞ですわね。

 私はゆっくりと椅子(木箱)から立ち上がり、裸足のまま、男の前へ歩み寄りました。


「ガストンさん、でしたかしら。……あなたは、自分が今、誰の敷地に土足で踏み込んでいるか、理解していらして?」

「ああん? ここはスラムだ。王宮も騎士団も見放した、吹き溜まりだろうが」

「ええ、昨日までは。……ですが、第1話――失礼、昨夜、私は王家が抱える全ての不良債権を買い取り、この国の資産を差し押さえました。……つまり、このスラムの土地も、あなたが今踏みつけているその土壌も、法的には『私の私有地』です。不法侵入罪で即刻処刑してもよろしいのですが……」


 私はセレーネから差し出された、別の羊皮紙をガストンの目の前に突きつけました。


「……それよりも、もっと効率的なおディールをしましょう。あなたたち鉄鎖ギルドの経営状況、芳しくありませんわね。主要な荷馬車の維持費を、隣街の『バロウズ貸金庫』から借り入れている。……違いますかしら?」


 ガストンの表情が、一瞬で強張りました。


「な、なぜそれを……」

「今朝、その貸金庫の経営権を私が買い取りました。……そして、あなたたちの『未払い利息』を理由に、ギルドの全資産――馬車、倉庫、そしてあなたたちの武器に至るまで、すべての『差押執行命令』を発行済みです」


 私はガストンの斧を指先で軽く叩きました。


「この斧も、すでに私の所有物ですわ。……私の許可なく振り回すのは、窃盗罪に当たりますけれど?」


「ふ、ふざけるな! そんな紙切れ一枚で……!」


 ガストンが逆上し、斧を振り上げようとした瞬間。

 彼の背後にいた手下たちが、次々と悲鳴を上げてその場に膝をつきました。

 物理的な攻撃ではありません。セレーネが彼らの急所に「見えない糸」を絡ませ、自由を奪ったのです。


「暴力は、コストが掛かりすぎる上にリターンが低い不合理な手段ですわ。……ガストンさん、あなたの首にかけられた賞金は金貨十枚。対して、あなたのギルドが抱える負債は金貨五百枚。……殺すよりも、働かせて回収する方が、私にとって利益ベネフィットが高い。……わかりますこと?」


 私は彼の耳元で、甘く、冷たく囁きました。


「今日から、鉄鎖ギルドは『朝凪商会・物流部門』として再編します。……給与は、負債の返済として全額天引き。……完済までおよそ三十年かしら。その間、あなたたちの命は私が管理いたします」


 ガストンの斧が、力なく床に落ちました。

 彼は恐怖に震えながら、私の足元に跪きました。かつての傲慢さは消え失せ、そこにあるのは「破産」という名の絶対的な絶望に叩き落とされた敗者の姿。


「……ま、待ってくれ。せめて、食い扶持だけは……」

「一クローナの無駄も許さないのが、我が商会の社訓です。……ですが、有能な働きを見せるのであれば、ボーナスとしてパンの耳くらいは支給して差し上げてもよろしくてよ?」


 私はグリスに合図を送りました。

 彼は酔ったような足取りで近づくと、ガストンの首を掴んで強引に立たせました。


「カカッ! 運がいいじゃねえか、ガストン。……この嬢ちゃんの下で働くのは、地獄の業火に焼かれるよりキツいぜ。だがな、死ぬまで仕事があるってのは、幸せなことだと思わねえか?」


 ガストンたちは、もはや言葉も出ないまま、グリスに引きずられるようにして作業場へと連れて行かれました。

 こうして、私は一兵の損害も出すことなく、王都スラムの物流網と、数十人の「無料タダの労働力」を手に入れたのです。


「アイリス様。……王宮の方で、動きがありました」


 セレーネが、懐から一通の書状を取り出しました。

 封蝋には、王家の紋章。……けれど、その印影は焦燥に駆られたように歪んでいます。


「セドリック王子からです。『早急に王宮へ参じ、債権の返済について協議したい』とのこと。……それから、王宮のシェフたちがストライキを始めたようです。食材の仕入れ資金が尽きたため、と」


 私は書状を受け取ると、読みもせずに、先ほど精製した香料の火の中に放り込みました。

 高価な香りが、紙を焼く嫌な臭いをかき消します。


「協議? 勘違いも甚だしいですわね。……返済できないのであれば、次に私が買い取るのは『王宮の敷地そのもの』。……セドリック様には、そのまま飢えを楽しんでいただくようお伝えなさい。……お腹が空けば、愛の味も少しは変わるでしょうから」


 私は窓の外、遠くに見える王宮の尖塔を眺めました。

 あの煌びやかな城が、私の帳簿の中で「負債の塊」として赤く燃え盛っているのが、目に見えるようでした。


「さあ、清算の続きを始めましょうか。……まだ、世界の百分の一も買い取っていませんもの」

第4回、最後までお読みいただきありがとうございます。


物理的な暴力に対し、相手の「借金」を買い取って法的に詰ませる。

アイリス様の、冷徹かつ合理的な「ギルド買収(M&A)」、お楽しみいただけましたか?

筋肉よりも契約書の方が強い……それが彼女の住む世界のルールです。


さて、ついに元婚約者のセドリック王子が音を上げ始めました。

王宮の食卓から食事が消え、贅沢に慣れきった彼らが直面する「空腹」という名のコスト。

しかし、アイリス様の反撃は、まだ序の口に過ぎません。


次回、「王宮の競売オークション――思い出の品に、相応の値を」。

アイリス様が、王宮の「プライド」を文字通り二束三文で売り飛ばす、痛快なショーが始まります。


「次の配当(お話)も受け取る準備はできていて? あなたの『評価』と『ブクマ』が、私の商会の信頼残高を押し上げますの。投資、お待ちしておりますわ」

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