第3回 ゴミを金に変える錬金術――「価値」は、私が見出すものですわ
「……嬢ちゃん、正気か? これが金になるってのかよ」
夜明け前のスラムに、グリスの呆れた声が響きました。
彼の目の前には、昨夜私が命じて「買い取らせた」ゴミの山。王都の高級料理店から出された果物の皮、酒場で余った澱の溜まった腐りかけのワイン、そして――私が一話で脱ぎ捨て、衛兵たちが「価値なし」と判断して捨てたドレスの端切れ。
「ええ。市場とは、無知な者から賢い者が富を吸い上げるための装置ですもの。彼らにとっての『廃棄物』は、私にとっては『未加工の資本』に過ぎませんわ」
私はシュミーズの袖をまくり、グリスが調達してきた蒸留器の前に立ちました。
スラムの男たちが、泥だらけの顔でこちらを窺っています。彼らは私のことを、狂った元令嬢だと思っているのでしょう。結構なことですわ。市場の独占は、常に周囲の「侮り」から始まるのですから。
「セレーネ、火を。グリス、あなたはアルコールの純度を管理しなさい。……一滴の誤差も許しませんわよ。それは我が商会の『信用』そのものですから」
「へいへい、厳しいねえ……」
作業は単純ですが、緻密さを極めるものでした。
果物の皮から抽出した香料、それを高度に蒸留した酒精と配合する。現代知識という名のレシピがあれば、この世界の「魔法」に頼った不純物だらけの香水など、ただの泥水同然です。
そして、最も重要なのは「布」でした。
「グリス、この端切れをよく見て。……何かに気づきませんか?」
「……ん? ただの絹じゃねえな。妙に丈夫で、染料のノリが良すぎる」
「ええ。これは私が実家で密かに開発させていた、蜘蛛の魔物の糸を配合した合成絹。……王都の馬鹿な衛兵たちは、これの価値を見抜けずに『古布』として捨てましたわ」
私はそれを、先ほど精製した香料に浸しました。
揮発性の高いアルコールが香りを運び、特殊な繊維がそれを長時間保持する。
「これは『香る栞』。文字を読む習慣のある貴族たちにとって、最高の嗜好品になりますわ。……原価はほぼゼロ。ですが、私はこれを金貨一枚で売ります」
「……金貨一枚だと!? 嬢ちゃん、詐欺師かよ!」
「いいえ、マーケティングですわ。……グリス、思い出して。今、王都で最も『渇望』されているのは何?」
私の問いに、グリスがハッとしたように目を見開きました。
「……王家の、破産騒動だ。貴族たちは自分の資産がどうなるか、不安で夜も眠れねえ」
「その通り。不安は、購買意欲を加速させるスパイスです。彼らは今、何か『変わらない価値』を求めている。……この香りは、私の実家――アルトハイム公爵家の紋章と同じ香りを配合しました。つまり、これを身につけることは『私はまだ沈まない船の味方だ』という政治的表明になるのです」
ゴミから生まれた香る布。
それは単なる雑貨ではなく、王都の混乱に乗じた「通行手形」へと化ける。
数時間後。
王都の社交界の入り口にある高級商店『ベルモン商会』の前に、私は立っていました。
相変わらずのシュミーズ姿ですが、セレーネが調達してきた安物の外套を羽織るだけで、私の気品を隠すことはできません。
「おい、スラムの娘が何の用だ。ここは公爵家御用達の――」
「公爵家(わたくしの実家)の御用達なら、話が早いですわね。店主を呼びなさい。彼が昨日から頭を悩ませている『在庫の山』を、私がすべて捌いてあげますから」
現れた店主は、私を見るなり顔を青くしました。当然です、昨日まで王太子の婚約者だった女が、下着姿でゴミを売りに来たのですから。
しかし、私が「香る栞」を彼の鼻先に突きつけた瞬間、彼の瞳の色が変わりました。
「こ、これは……アルトハイム公の香り……!? なぜ、これを……」
「使い方は教えましたわ。……これを『救済の証』として、不安に震える貴族たちに売りなさい。……売上の七割は、我が朝凪商会へ。残りの三割で、あなたの店の負債を清算させてあげてもよろしくてよ?」
店主の震える手が、栞を掴みました。
商売における「勝ち」とは、相手に断る余地を与えないことです。
その日の夕刻。
王都では「追放された令嬢が残した、奇跡の香り」の噂が、火薬に火をつけたように広がりました。
金貨が、次々とセレーネの持つ袋の中に吸い込まれていきます。
「……報告します、アイリス様。初日の売上、金貨百二十枚。……スラムの男たちの雇用継続、及び次なる原料の確保、すべて完了しました」
「ふふ、まずまずの利回りですわね。……グリス、これで『次の投資』の準備が整いましたわ」
スラムのボロ屋。そこにはもう、絶望の影はありません。
積み上がった金貨の輝きが、私の野心を照らし出していました。
「……だが、嬢ちゃん。目立ちすぎた。……街の商会ギルドが、うちのやり方に不快感を示してる。……『血の気の多い』連中が、こっちに向かってるぜ」
グリスの言葉と同時に、商会の扉が荒々しく蹴り破られました。
現れたのは、重厚な革鎧を纏った男たち。王都の流通を牛耳る『鉄鎖ギルド』の徴収人たちです。
「……許可なくスラムで商売を始めた不届き者は、貴様か?」
私は、積み上がった金貨を指先で愛でながら、ゆっくりと椅子――ただの木箱ですが――に座り直しました。
「許可? 面白いことを仰るのね。……私の土地(差し押さえた王都)で商売をするのに、誰の許可が必要だと言うのかしら?」
冷徹な微笑みを浮かべる私の前で、男たちが武器を構えます。
市場独占への第一歩。
それは、既存のルールを「金」で粉砕することから始まるのです。
第3回、お読みいただき感謝いたしますわ。
ゴミを金貨120枚に変える……アイリス様の「現代知識×政治的ハッタリ」の威力、いかがでしたか?
公爵令嬢としての権威すらも「香り」にして売り捌くその姿、まさに資本主義の権化です。
さて、順調に利益を上げ始めた「朝凪商会」ですが、さっそく既存の既得権益団体から目をつけられてしまいました。
力でねじ伏せようとする彼らに対し、アイリス様が用意した「暴力よりも残酷な解決策」とは?
次回、「ギルド買収――暴力には、倍の違和感を」。
アイリス様の、最初の「法的・経済的処刑」をお見せします。
「私のポートフォリオに、あなたの『評価』と『ブックマーク』を加える準備はできていますか? 投資をお待ちしておりますわ」




