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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第28回 鉄の馬の始動――馬車を過去にする、物流革命のデモンストレーション

ズズ、ズズズ……。

 大地を這うような重低音が、王都の地下深くから響き渡りました。

 それは心臓の鼓動にしてはあまりに巨大で、魔獣の咆哮にしてはあまりに規則正しい。


「アイリス様、圧力、規定値に到達。……『鉄の馬』、いつでも出走可能ですわ」


 セレーネの報告を受け、私は王都の北門付近に新設された『朝凪中央操車場』のプラットホームに立ちました。

 目の前に鎮座するのは、漆黒の鋼鉄で装甲された怪物。

 バルカ炭鉱で採掘された褐鉄鉱から精錬された鋼の皮膚と、私の石炭を貪り食う巨大な火室。……かつて人々が神の奇跡に頼っていた「移動」を、自らの手で定義し直した結晶ですわ。


「カカッ! 嬢ちゃん、見てな。こいつは一回で馬車百台分の荷を運び、馬の十倍の速度で雪原を駆ける。……聖国の司祭どもが祈りを捧げている間に、俺たちは大陸の反対側で商売を終えられるぜ」


 グリスが、煤まみれの顔で不敵に笑いました。

 彼の横には、バケツを抱えて呆然と立ち尽くすセドリック様の姿。


「……バカな。こんな鉄の塊が走るはずがない。アイリス、貴様はついに『物理の法』すらも金で買収したというのか……!?」


「買収? 違いますわ、セドリック様。……私はただ、自然界に散らばっていた熱という名の『未利用資産』を、効率的に『運用アウトプット』しているだけですの」


 私は、手に持っていた懐中時計を開きました。

 聖国の『十字軍』は、現在、王都へと続く唯一の難所『氷結峠』に陣を敷き、物流を遮断しようとしている。

 彼らは信じているのでしょう。冬の山道は馬車では越えられず、籠城を続ければ王都は自滅すると。


「……残念ですわね。皆様の『冬の常識』。本日をもって、すべて償却処分ライトオフさせていただきますわ」


 私は、汽笛のレバーを引きました。


 ——ピィィィィィィィィィッ!!


 鼓膜を震わせる凄まじい絶叫と共に、機関車が蒸気を噴き上げました。

 連結された貨車には、山のような石炭と、最新式の蒸気兵器。そして、聖国の教義には存在しない『新しい世界の時間』が積まれています。


 時速五十キロ。

 魔法の加護もない、ただの鉄の車輪が、レールという名の契約書の上を狂ったように回り始めました。


 雪を蹴散らし、凍てつく風を切り裂き、私たちは一路、聖国の封鎖線へと向かいました。

 窓の外、並走しようとした馬たちが一瞬で点のように後ろへ消えていく。


「……アイリス総帥。……前方に聖国の『氷結関所』を確認。……彼ら、武器を構えていますが……停止信号は無視しますか?」


 隣に座るフェリシアが、片眼鏡を光らせながら淡々と問いかけました。

 彼女の膝の上では、魔導計算機が激しく数字を弾いています。


「停止? ふふ、私の辞書に『機会損失』という言葉はありませんわ。……フェリシアさん。……止まらない物体が、逃げない障壁にぶつかった時、発生する損害はどちらが負担するべきかしら?」


「……法的には、逃げなかった方の自己責任(過失)ですわね」


「正解ですわ。……全速前進マキシマム・レバレッジ!」


 関所に陣取っていた聖騎士たちが、目を剥いて逃げ出すのが見えました。

 彼らが誇る「不落のバリケード」は、数千トンの鋼鉄の塊の前に、乾いた小枝のように粉砕されました。

 衝撃すらない。

 ただ、圧倒的な『質量』という名の正義が、時代遅れの封鎖を過去へと押し流したのです。


 関所を突破した直後、私たちは聖国が支配していたはずの豊かな穀倉地帯へと足を踏み入れました。

 そこでは、寒さに震える農民たちが、自分たちの頭上を通り過ぎる『鉄の馬』の姿を、神の再臨を見るような目で眺めていました。


「……皆様! 暖かい石炭と、明日への希望(契約)を届けに来ましたわよ!」


 私は、車窓から朝凪紙幣の詰まった袋を放り投げました。

 物流が繋がる。

 それは、聖国の支配(呪縛)を解き、この土地のすべてを私の経済圏という名の『グローバル・マーケット』に組み込むことに他なりません。


 数時間の走行の後、私たちは目的地の駅——レナードとの境界線近くの、かつて崩落した邸宅の跡地へと滑り込みました。

 駅とは名ばかりの、瓦礫の原。


「……セレーネ。……レナード氏は?」


「……あちらですわ。……瓦礫の上で、随分と趣のない『晩餐会』を続けておいでです」


 蒸気の煙が晴れた先。

 崩れ落ちた大理石の柱をテーブル代わりに、一人でワインを注ぐ男。

 レナード・クリストフが、私の到着を待ちわびたように、空のグラスを高く掲げました。


「……アイリス。……馬を殺し、距離を殺し、ついに時間まで手に入れたか。……君との『合併交渉』。……いよいよ、最後の文言を書き換える時が来たようだね」


 漆黒の機関車が吐き出す熱気が、凍てついた跡地を溶かしていく。

 大陸を二分する二人の『支配者』が、瓦礫の中で静かに対峙しました。

第28回、最後までお読みいただきありがとうございました。


圧倒的な蒸気の力で、聖国の封鎖を「物理的」に粉砕したアイリス様。

物流の概念そのものを書き換えた彼女の前に、ついにレナードが再び現れました。

崩壊した邸宅の跡地、二人が交わす「合併交渉」……。


それは協力の申し出か、それとも世界を半分に分かつための「最終通告」か。

そして、アイリス様の胸元の『錆びた一クローナ』が、この地で共鳴を始めます。


次回、「レナードとの深夜の合併交渉――崩壊した邸宅の跡地で、二人が交わす『秘密の条約』」。

アイリス様、ついにレナードの「真の狙い」を買い叩きに参ります。


「私の機関車の燃料は、あなたの『評価』と『ブクマ』ですわ。……全速力で次話へ向かいますので、投資、お待ちしておりますわ」

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