第27回 暴動と損害賠償――『神の怒り』という名のデモ活動、すべて違約金(キャッシュ)で解決しますわ
「……アイリス様、市街地の三カ所で暴動が発生しました。聖国の扇動を受けた民衆が、『魂を売るな』『熱の女王を処刑せよ』と叫びながら、当商会の石炭貯蔵庫へと向かっています」
セレーネの報告が、執務室の凍てつく空気を揺らしました。
窓の外を見下ろせば、松明を掲げた黒い群衆が、アリの這い出すように大通りを埋め尽くしています。
彼らは神の罰を恐れ、それ以上に、自分たちの「信仰」という名の安っぽい自尊心を、私の「数字」によって解体されたことに激昂しているのですわ。
「……アイリス! 大変だ、門が破られるぞ! 私たちが殺されたら、貴様のせいだからな!」
隅で震えるセドリック様が、雑巾を放り出して叫びました。
「セドリック様。掃除を中断した分の賃金は、当然差し引かせていただきますわよ。……セレーネ、拡声器の準備を。……それから、グリス。例の『個別信用口座』の端末をバルコニーへ出しなさい」
私は、最高級の黒狐の毛皮をまとい、荒れ狂う暴徒たちの前に姿を現しました。
階下からは、石つぶてと怒号が飛んできます。
「『悪魔の令嬢』を殺せ!」
「神の奇跡を返せ! 私たちの土地を返せ!」
私は、騒ぐ彼らを「不採算な在庫」を眺めるような目で見つめ、静かに、けれど芯の通った声で拡声器を起動しました。
「——皆様。お静かになさい。……今この瞬間、皆様が踏みつけている石畳の『清掃費用』、および騒音による私の『執務効率低下の損失』……すべて秒単位で、皆様の『個別預金口座』から天引き(ドロップ)しておりますわよ?」
一瞬、群衆の動きが止まりました。
何人かが、懐の『朝凪紙幣』、あるいは銀行の通帳を慌てて確認します。
「ふざけるな! そんな勝手なことが許されるか!」
先頭に立つ司祭が、聖典を掲げて叫びました。
「許されるか、ではなく、それが『利用規約』ですわ。……皆様が私の発行した紙幣を受け取り、石炭で暖を取った瞬間、皆様は私の商会の『サービス利用者』となりました。……利用規約第十二条、『商会の業務を妨害する行為があった場合、その損害額を口座より即時徴収する』……。……現在、お一人あたり銀貨五枚の『違約金』が発生しておりますわ」
「な……!? 銀貨五枚だと!? 家族の三日分の食費だぞ!」
群衆の中に、動揺が走りました。
昨日まで「魂」だの「神」だのと叫んでいた彼らが、数字という名の冷酷な鎖を突きつけられた瞬間、一気に「消費者」としての現実に引き戻されたのです。
「……さらに。……これ以上暴動を継続なさるようであれば、皆様の『熱供給契約』を、異端審問……いえ、規約違反として即刻『解約』いたしますわ。……今夜の最低気温はマイナス十度。……神の慈悲で、その凍える手足が温まるかどうか、試してみられるとよろしいわ」
松明を掲げていた手が、次々と震え、力なく降りていきました。
死ぬのは怖い。けれど、今夜「凍死」するのはもっと現実的に怖い。
彼らは、信仰よりも、自分の体温という名の最も切実な『資産』を選んだのです。
「……さて。民衆を扇動した司祭様。……あなたの口座、拝見させていただきましたわよ?」
私は、グリスが持ってきた端末を司祭に向けました。
「聖国からの『秘密援助金』、金貨三百枚。……これ、我が銀行を通じた海外送金ですわね? ……脱税、および外患誘致罪の疑いで、全額『没収』させていただきました。……さらに、今回の暴動による商会の損害、金貨五百枚の請求書をお届けします。……支払えなければ、生涯、我が商会の炭鉱で労働返済していただきますわ」
司祭は、泡を吹いてその場に崩れ落ちました。
背後にいた民衆は、自分たちのリーダーが「金で動いていた」という事実と、自分たちの口座が削られ続けている事実に、蜘蛛の子を散らすように散っていきました。
「……カカッ! 嬢ちゃん、えげつねえ。……暴動一回で、また銀行の利益が跳ね上がったぜ」
グリスが、濁った瞳で帳簿を叩きました。
「感情は、コスト計算ができないからこそ爆発するのです。……なら、最初からすべての感情に『価格設定』をしておけばいいだけですわ」
嵐は去りました。
けれど、窓の外には、静かに雪が降り積もっています。
聖国の軍勢は、もう国境を越えている。
「……セレーネ。……グリス。……『鉄の馬』の準備はどうかしら? ……物流こそが、戦争という名の最大の公共事業を制する唯一の鍵ですわ」
「……起動テスト、成功しました。……アイリス様。……歴史が、鉄の音と共に動き始めます」
王都の地下。
巨大な蒸気機関が、心臓のような鼓動を打ち始めました。
神の奇跡を過去にする、黒い煙を吐く怪物の誕生。
私は、自分の商会が世界の「血管」を完全に掌握するその瞬間を、冷酷な笑みで迎えました。
第27回、最後までお読みいただきありがとうございました。
暴徒を「規約違反」で黙らせるアイリス様……。
信仰という名の炎を、冷徹な「口座凍結」という氷で消し止めるその姿、まさに市場の支配者ですわね。
もはや民衆は、彼女なしでは一晩も越せない「依存者」へと変貌しました。
さて、ついにアイリス様の最終兵器、蒸気機関車『鉄の馬』が動き出します。
聖国の「信仰の軍勢」に対し、アイリス様が仕掛けるのは「物流革命による絶滅」。
戦場に響くのは、祈りではなく、轟く汽笛の音です。
次回、「鉄の馬(蒸気機関)の始動――馬車を過去にする、物流革命のデモンストレーション、お見せしますわ」。
アイリス様、ついに世界の距離を「数字」で縮めにかかります。
「私の事業計画がさらなる加速を遂げるよう、評価とブクマという名の『燃料』を投下していただけますかしら? 投資、お待ちしておりますわ」




