第26回 聖国の反撃:異端審問――暴力のコストも、お客様のツケにして差し上げますわ
悲鳴。怒号。そして、砕け散ったステンドグラスが床を叩く、不吉なクリスタルの音。
『金剛閣』の静寂は一瞬で殺戮の予感に塗り替えられました。
「異端の毒婦、アイリス! 神の法を数字で汚した報いを受けよ!」
赤い法衣を纏った襲撃者たちが、魔導を帯びた長剣を抜き放ち、壇上の私へと殺到します。
周囲の王侯貴族たちは、昨日までの傲慢さをどこへやら、椅子を蹴り倒して逃げ惑うばかり。……ああ、情けない。命の危機に直面した瞬間に、彼らの『市場価値』は暴落ですわ。
「アイリス様、下がって」
セレーネが音もなく私の前に立ち、影から漆黒の短剣を抜き放ちました。
ですが、私は彼女の肩をそっと叩いて制止しました。
「待ちなさい、セレーネ。……ただで追い払うのは、警備費の無駄ですわ」
私は、飛んでくる矢をセレーネの影が叩き落とすのを眺めながら、パニックに陥った広間の中心で、声を張り上げました。
「皆様! 落ち着きなさいな! ……今ここで逃げ出しても、外には聖国の伏兵が控えておりますわよ!」
私の言葉に、出口へ殺到していた王たちが足を止め、絶望に顔を歪めました。
その隙に、私は手元の魔導拡声器を最大出力に設定します。
「……現在、この会場の『安全維持』は、我が朝凪商会が委託を受けております。……ですが、今回の襲撃は想定外の『追加オプション』。……命が惜しい方は、今すぐお手元の契約書に『防衛付帯条項』を追加しなさいな!」
「貴様、この状況で金を要求するのか!?」
帝国の老貴族が、柱の影から叫びました。
「あら、プロの仕事には適正な対価が必要ですわ。……お一人あたり金貨五百枚。……高いと思われます? 命の買い戻し(バイバック)としては、破格の安値ですわよ?」
「……書く! 書くから助けてくれ!」
一人が叫ぶと、雪崩を打ったように「契約」の声が上がりました。
彼らが震える手で条約書にサインを書き加えるのを確認し、私は満足げに頷きました。
「——契約成立。……セレーネ、清掃を始めなさい」
その瞬間、サミット会場の床に設置されていた『石炭ストーブ』が、不気味な蒸気を噴き上げました。
魔法が死んだ世界で、私が密かに配備していた秘密兵器。
グリスが開発した、高圧蒸気を動力源とする自律防御装置——『蒸気式連装銃』が、壁の裏から姿を現します。
「……目標、赤い服の廃棄物。……一掃しなさい」
シュシュシュ、と小気味よい蒸気の音と共に、鉄の弾丸が空間を支配しました。
聖国の襲撃者たちは、魔法の盾を展開しようとしましたが、地脈の魔力が枯渇した今の世界では、その輝きはあまりに脆い。
鉄の質量と速度の前に、信仰の盾は粉々に砕け散りました。
わずか一分。
広間を埋め尽くしていた赤衣の集団は、文字通り『処分の終わった不良在庫』として床に転がりました。
「……ふぅ。……これほどの弾薬消費。……後でしっかりと請求書に反映させておかなくては」
私は、返り血一つついていないシュミーズの裾を整え、呆然と立ち尽くす王たちを見渡しました。
彼らは、魔法ではない、けれど魔法以上に冷徹で圧倒的な『鉄と蒸気の暴力』に、言葉を失っていました。
「……アイリス。……君は、平和の象徴(銀行家)から、死の商人(軍需産業)へと鞍替えしたわけだね」
レナード・クリストフが、椅子に深く腰掛けたまま、感心したように肩をすくめました。
彼は最初から、私がこう動くことを予見していたのでしょう。……実に、腹の立つ男ですわ。
「あら。需要がある場所に供給を提供するのが、商人の務めですもの。……レナード氏。あなたの帝国の国境警備も、我が商会の『蒸気兵器』、サブスクリプション制で導入なさいませんこと?」
「……検討しておこう。……だが、彼女たちは黙っていないだろうね」
レナードが指差した先。
サミット会場の巨大な扉が、再び、今度は静かに開かれました。
現れたのは、ボロボロの法衣を纏った一人の司祭。
彼は、血の海に沈んだ同胞たちを見ることなく、私を指差して呪詛を吐きました。
「……数字の悪魔、アイリス・フォン・アルトハイムよ。……聖国は本日をもって、貴様と、貴様に加担するすべての国への『聖戦』を宣言する。……神の怒りは、石炭の火では消せぬと知れ!」
聖戦。
それは、大陸全土を巻き込む、最も「リターンの低い」泥沼の戦争の合図。
「……聖戦、ですか。……いいでしょう。……『信仰』という名の不採算部門が、どこまで耐えられるか。……私の帳簿で、徹底的に解体して差し上げますわ」
窓の外、雪が血の色を隠すように降り積もっています。
私の商会は、銀行、インフラ、そして軍事。
世界そのものを『買い取る』ための、最後のピースを手にしました。
第26回、最後までお読みいただきありがとうございました。
テロの現場を「防衛オプション」の即売会に変えてしまうアイリス様。
彼女の非情なまでの合理性が、王たちの命を救い、同時に彼らの「財布の紐」を完全に掌握しました。
魔法を圧倒する蒸気兵器の登場……時代の歯車が、一気に加速していきますわね。
さて、ついに聖国が公式に「聖戦」を宣言。
理屈の通じない狂信者たちとの、最も「高くつく」戦争が始まります。
アイリス様は、この泥沼の戦争すらも、一体どうやって「黒字」に変えてしまうのでしょうか。
次回、「暴動と損害賠償――『神の怒り』という名のデモ活動、すべて違約金で解決しますわ」。
アイリス様、ついに「民衆の感情」という名の最も扱いにくい資産をコントロールしに参ります。
「私の防衛軍への支援(評価・ブクマ)、お待ちしておりますわ。……あなたの一票が、聖国の法衣を剥ぎ取る力になりますの。……次なる配当まで、しばしお待ちを」




