第23回 不採算部門の解体――真っ暗な坑道で、金の脈を見つけなさい
「……寒い。アイリス、本当に正気か? こんな奈落の底みたいな場所で、一体何をさせるつもりだ」
ガタガタと軋む馬車の窓から外を覗き、セドリック様が顔を青くして震えています。
帝国の北端、バルカ。
そこは、年中灰色の雲が垂れ込め、空気さえも凍りついたような鉄と煤の土地でした。
視線の先には、骸骨のように聳え立つ錆びついた昇降機と、やる気なく地面を叩く労働者たちの姿。
「あら、セドリック様。ここは『奈落』ではありませんわ。……ここは、帝国の貴族たちが長年かけて育て上げた、世界で最も贅沢な『赤字の温床』ですのよ」
私は、厚手の毛皮に包まりながら、手元の資料を優雅に閉じました。
馬車が止まり、セレーネが扉を開けます。
一歩踏み出した瞬間、鼻を突くのは湿った土と、そして腐敗した『利権』の臭い。
「ようこそ、アイリス総帥。レナード総裁から話は聞いておりますよ。……しかし、お可哀想に。公爵令嬢ともあろう方が、こんな死にかけた炭鉱を押し付けられるとは」
出迎えたのは、丸々と肥え太った男。
バルカ炭鉱の現管理者、ガザ男爵です。
彼は、下着同然の格好をしたマリア様や、作業着姿のセドリック様を蔑むような目で見やり、私に脂ぎった笑みを向けました。
「ここはもう、掘っても石炭は出ません。毎年、帝国からの補助金でようやく労働者の口を糊している。……返却するなら今のうちですよ? もっとも、契約書にサインしてしまった以上、維持費の全額はあなたの『朝凪商会』が負うことになりますがね」
「ふふ、ご心配なく。……ガザ男爵。私は『掘れない石炭』に興味はありませんわ」
私は、彼の脇をすり抜け、炭鉱の入り口へと歩き出しました。
労働者たちが、虚ろな瞳でこちらを見ています。
彼らの手にあるツルハシはボロボロ。昇降機は油切れで悲鳴を上げている。
ガザ男爵は、国からの補助金を自分の懐に入れ、現場には一クローナの再投資も行っていなかった。……典型的な『資産の私物化』ですわね。
「セドリック様、マリア様。……ぼんやりしないで。あなたたちの今日の仕事は、第一坑道の奥底に溜まった泥の掻き出しですわ」
「なっ、アイリス! 泥だと!? 私は王子だぞ!」
「私は、神に祈る身ですのに……!」
「いいえ。……今この瞬間、あなたたちは『朝凪商会・バルカ支店』の最低賃金労働者です。……動かないのであれば、今日の夕食は『補助金カット』に伴い、欠食となりますわよ?」
私の冷徹な宣告に、二人は青ざめて坑道の中へと消えていきました。
彼らを見送った後、私は後をつけてきたガザ男爵に、一枚の『監査報告書』を突きつけました。
「さて、ガザ男爵。……あなたの『お仕事』についてお話ししましょうか」
「……なんですかな、それは。うちは適正に運営されている」
「適正? ふふ、笑わせないで。……過去五年の帳簿と、実際の石炭出荷量を照合しました。……帝国に報告されている採掘量の三割が、裏ルートで隣国に流れていますわね。……そして、その代金はあなたの個人口座、アルカディア銀行の隠し口座へ。……違いますかしら?」
ガザ男爵の顔から、一気に血の気が引きました。
「な、何を根拠に……! 妄想を口にするのは慎め!」
「根拠? ……セレーネ、やりなさい」
セレーネが影から音もなく現れ、ガザ男爵の首筋に冷たい短剣を添えました。
同時に、彼女の反対の手には、彼が隠し持っていた『裏帳簿』の実物が握られていました。
「……バルカの労働者たちが、なぜこれほど痩せ細っているのか。……それはあなたが彼らの給与を『管理費』として着服していたからです。……男爵。……労働基準法、および帝国背任罪。……今すぐここで、この炭鉱の『全権利放棄』と、過去の着服金の返還にサインするか。……それとも、今すぐレナード総裁の元へ、この裏帳簿を届けさせるか。……どちらを選びますこと?」
男爵は、膝を折って崩れ落ちました。
彼は、自分がレナードから「捨て駒」として使われたこと、そしてその相手が、数字の鬼である私であることを、ようやく理解したのです。
「……わ、分かった。サインする……。だから、命だけは……!」
「命? ……ふふ、価値のない命を買い取る趣味はありませんわ。……今すぐこの地を立ち去りなさい。……あなたの服と、その脂ぎった体以外の全資産は、本日をもって『朝凪商会』が差し押さえました」
数分後。
震える手でサインを終えた男爵を、セレーネが文字通りつまみ出しました。
私は、静まり返った炭鉱を見渡しました。
「……セレーネ。……労働者たちを集めなさい。……彼らに、今日から『本当の給与』を支払うと伝えなさいな。……それから、グリスを呼びなさい。……この炭鉱で、石炭の代わりに掘り出す『真の金脈』の正体を、教えてあげなくては」
坑道の奥から、ドロドロに汚れたセドリック様とマリア様が戻ってきました。
その手には、泥にまみれた『赤茶色の石』。
「……アイリス……。……石炭なんて、どこにもないぞ。……こんな、錆びた鉄くずみたいな石ばかりだ……」
セドリック様が投げ捨てたその石を、私は大切に拾い上げました。
「……セドリック様。……たまには有能な働きをなさるのね。……これは石炭ではありません。……『褐鉄鉱』……。……産業革命に必要な『鉄』の原材料ですわ」
レナードは、石炭が出なくなったこの地をゴミだと思った。
けれど、魔法が消えた世界で、次に価値を持つのはエネルギーだけではない。
機械を作り、鉄道を敷き、世界を鉄の鎖で繋ぐための『鋼鉄』。
その巨大な資産が、この凍てついた大地の底に、無尽蔵に眠っていたのです。
「……フェリシアさん。……見ていらして? ……あなたの総裁が私に贈った『毒饅頭』。……中身は、大陸の覇権を握るための『鋼鉄の種』でしたわよ」
私は、錆びた一クローナをその鉄石に重ねました。
不採算部門の解体。
それは、私の商会が『製造業』という名の、第二のエンジンを始動させる瞬間でした。
第23回、最後までお読みいただきありがとうございます。
赤字炭鉱に隠された真の価値――それは石炭ではなく、次世代の主役である「鉄」でした。
無能なガザ男爵を「帳簿の穴」で一蹴し、アイリス様はついに帝国の重工業利権に食い込みましたわ。
セドリック王子も、図らずも「お手柄」を立てたようです。
さて、鉄を手に入れたアイリス様。
彼女が次に着手するのは、この鉄を使った「世界を縮める発明」。
しかし、炭鉱を奪われた帝国貴族たちの逆襲も、また静かに始まろうとしています。
次回、「保険制度の発明――死すらも商品にするアイリスの非情な発明」。
アイリス様、ついに「未来の不安」に値段をつけ、人々をさらなる経済の鎖で繋ぎます。
「私の成長株(物語)、これからも買い増ししてくださいませ。評価とブクマという名の『投資』、お待ちしておりますわ」




