表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/30

第19回 朝凪中央銀行、設立宣言――紙切れを神に変える魔法、お見せしますわ

 窓の外、王都に降り積もる雪は、帝国の監査官フェリシアの言葉のように冷たく、容赦のないものでした。

 『朝凪紙幣の格付け、最低ランクへの引き下げを決定』。

 帝国の伝令たちが王都の広場で触れ回るその知らせは、本来なら、私の築き上げた経済圏を一夜で崩壊させる「死刑宣告」になるはずでした。


「アイリス様! 大変です、広場で人々が紙幣を投げ捨てて……! 帝国の金貨に替えろと、暴動が起きかけています!」


 セドリック様が、バケツを放り出して執務室に飛び込んできました。

 ああ、掃除をサボったペナルティとして、本日の時給はさらに五分の一カットですわね。


「セドリック様。慌てるのは、自分の財布に中身がない時だけにしてください。……セレーネ、準備は?」


「……完了しました。……王都の全掲示板、及び石炭配給所に、新しい『約款やくかん』を掲示しました」


 私は、手元の『錆びた一クローナ』を、冷えた指先で弾きました。

 カラン、という高い音が、時代の終わる音のように響きます。


「……行きましょう。……帝国の『会計基準』が、いかに時代遅れの骨董品であるか。……分からせてあげなくては」


 私は王宮のバルコニーに立ちました。

 眼下には、雪の中で叫び声を上げる群衆。そしてその陰で、勝ち誇ったような片眼鏡の光を向けるフェリシアの姿が見えました。


「王都の民よ! 聞きなさい!」


 私の声が、魔導拡声器を通じて凍てつく空気を震わせます。


「帝国は、私の紙幣を『価値なし』と断じました。……結構ですわ。金貨という重い石ころに執着する連中には、そう見えるのでしょう。……ですが、皆様にお聞きしたい。……今この瞬間、凍えるあなたの体を温めるのは、帝国の冷たい金貨かしら? それとも、私の商会が配給する『熱(石炭)』かしら?」


 群衆の声が、ぴたりと止まりました。

 人々は、自分の手にある「帝国の金貨」と、凍傷になりかけた自分の指先を見比べました。


「本日をもって、朝凪商会は『朝凪中央銀行』へと昇格いたします! ……そして、我が銀行が発行する紙幣は、金貨ゴールドを基準としません! ……これより、我が紙幣は『熱量カロリー』を基準とする、世界初の『熱本位制』を導入いたしますわ!」


 どよめきが、地鳴りのように広がりました。

 フェリシアが、驚愕に片眼鏡を歪めるのが見えました。


「……熱本位制だと……!? バカな、そんな不確かなものを通貨の担保にするなんて……!」


「不確かなのは、魔法が消えて価値を失った金貨の方ですわ、フェリシアさん! ……皆様、朝凪紙幣の一クローナは、石炭一キログラム、あるいは室内を三時間暖める『熱』と、いつでも交換することを保証いたしますわ! ……私の銀行は、あなたの財産ではなく、あなたの『生命』を担保いたしますの!」


 その瞬間、風向きが変わりました。

 人々は、投げ捨てようとしていた紙幣を、慌てて拾い集めました。

 魔法が死に、金貨でパン一つ買えなくなった極寒の街。

 そこで最も価値があるのは、輝く金属ではなく、凍え死ぬのを防ぐ「熱」そのもの。


「帝国の金貨など、ただの冷たい石ですわ! ……さあ、命を惜しむ者は、今すぐその金貨を我が銀行に預けなさいな! ……代わりに、明日を生きるための『熱の引換券(紙幣)』を差し上げますわよ!」


 人々が、潮が引くように王宮の正門へと殺到しました。

 帝国の格付け攻撃によって暴落していた朝凪紙幣の価値が、わずか一分間の演説で、垂直に跳ね上がったのです。


「……ありえない。……経済の常識を、根本から……」


 フェリシアが、震える手で魔導計算機を叩いていました。

 ですが、いくら計算しても無駄ですわ。

 彼女が信じているのは「過去の数字」であり、私が支配しているのは「現在の生存」なのですから。


「……アイリス様。……帝国の売り注文、すべて焼き尽くされました(強制決済)。……我が銀行の初日の預金額、金貨換算で一千万枚を突破しました」


 セレーネの報告に、私は満足げに頷きました。

 私は、バルコニーからフェリシアを見下ろし、優雅に一礼しました。


「……フェリシアさん。……粉飾決算だと仰いましたわね? ……いいえ。……私が発行したのは、この世界の崩壊を救うための『処方箋(手形)』ですわ。……お代は、あなたたちの帝国の『利権』で支払っていただきますわね」


 空からは雪が降り続いています。

 けれど、王都のあちこちで、私の石炭が放つ黒い煙と、暖かいオレンジ色の火が灯り始めました。


 通貨の神は死に、熱の女王が誕生した。

 私は、錆びた一クローナを胸に抱き、勝利の余韻に浸りました。


「……さて、セドリック様。……仕事に戻りなさい。……あなたの時給一クローナで、ちょうどストーブの熱一時間分。……命の重さを、その体で噛み締めなさいな」


 ですが、私の勝利を祝う暇はありませんでした。

 王都の西。聖国の国境から、不吉な鐘の音が響き渡りました。


「……アイリス・フォン・アルトハイムよ! 神の与えし魔力を石に替え、人々の魂を熱で惑わす異端者め!」


 聖国が、経済的な封鎖を超え、ついに「宗教的禁忌タブー」という名の最終兵器を抜いたのです。

 預金した者すべてを死罪とする。……信仰と生存、どちらが重いかという最悪の商談が始まろうとしていました。

第19回、最後までお読みいただきありがとうございます。


金貨ではなく「エネルギー」を通貨の担保にする。

アイリス様の、常識を破壊する「熱本位制」の導入……いかがでしたでしょうか。

帝国のエリート監査官を「命の値段」で黙らせる姿は、まさに新時代の支配者ですわね。


しかし、物理的な熱では溶かせない、冷徹な「信仰」という壁。

聖国が繰り出した、預金者への死罪宣告。

アイリス様は、人々の「魂の恐怖」に、どんな値段をつけて買い叩くのでしょうか。


次回、「聖国の関税嫌がらせ――信仰を理由にした禁輸措置、密輸ルートで粉砕しますわ」。

アイリス様、宗教と物流を同時に相手にした、トリッキーな通商破壊戦に挑みます。


「私の熱量プロットに満足いただけましたら、ぜひ『評価』と『ブックマーク』という名の投資をお願いいたします。……次話の配当まで、少々お待ちを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ