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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第18回 新キャラ:帝国の会計魔女――あなたの帳簿、不当表示(粉飾)ですわ

 石炭ストーブがパチパチとはぜる音だけが、深夜の執務室に響いています。

 扉の外では、寒さに耐えかねた貴族たちが「一クローナの温もり」を求めて長い列を作っていますが、私の部屋の結界——失礼、商売の境界線——を越えることは許されません。


 私は、手元の帳簿に『利益(純増)』の一行を書き加えようとして、その手を止めました。


「……セレーネ。紅茶をもう一杯。それから、そこに隠れている『監査官』の方にも、冷めた水を。……数字を盗み見すぎて、頭が熱くなっておいででしょうから」


 部屋の隅、暗がりに溶けていた空気がわずかに歪みました。

 現れたのは、セドリック様のような無能な刺客でも、ウルスのような狂信者でもありません。

 鉄のように整えられた黒髪に、帝国製の鋭い片眼鏡モノクル。そして、この不況の夜において、一ミリのシワもない完璧な仕立てのグレーのスーツを纏った女性。


「……お気づきでしたか。……さすがは『王国の寄生虫』改め、『朝凪の独裁者』。……アイリス・フォン・アルトハイム総帥」


 女性は、音もなく私の正面に立ち、名刺代わりの一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせました。

 そこには、クリストフ帝国の国章と——『特級会計監査官』の称号。


「フェリシア・ランバート。……レナード総裁の命により、あなたの商会の『臨時監査』に参りました」


「監査? ふふ、不法侵入の間違いではなくて? ……フェリシアさん。ここは私の私有地。あなたの帝国の法律は、一クローナの価値もありませんわ」


「いいえ。……あなたが『朝凪紙幣』を帝国の金貨と交換可能(兌換)と宣言した瞬間から、あなたの商会は大陸共通の会計基準に従う義務が生じています。……そして」


 フェリシアが、魔導計算機——複雑な歯車と魔石が組み込まれたデバイス——を叩きました。

 空中に、青白い数字の羅列が浮かび上がります。それは、我が朝凪商会の最新の貸借対照表バランスシート


「……あなたの帳簿、不当表示(粉飾)の疑いがありますわ。……石炭の在庫評価が不自然に高すぎる。……まだ採掘もされていない地中の石を、なぜ現預金キャッシュと同等に計上しているのかしら?」


 鋭い。

 彼女は、私が石炭の「将来価値」を現在の「信用」に無理やり変換している、そのレバレッジ(てこ)の急所を突いてきました。


「……将来、魔法が完全に消えれば、石炭の価値は無限大になりますわ。……私はただ、その『確実な未来』を少し早めに資産計上しただけですの。……文句があるのかしら?」


「ええ。……会計とは『保守主義』であるべきです。……不確定な未来を金に変えるのは、ただの詐欺師。……レナード様は仰いました。……『アイリスのやり方は、大陸の経済をバブルで焼き尽くす』と」


 フェリシアは、私の机の上に置かれた『錆びた一クローナ』を、冷徹な瞳で一瞥しました。


「……その錆びた硬貨を根拠に、不当な信用創造を繰り返すのであれば……クリストフ帝国銀行は、明日付けで『朝凪紙幣』の信用格付けを『デフォルト(破綻)』へと引き下げます」


 格下げ。

 それは、紙幣の価値が暴落し、せっかく築いた私の王国が、再び混乱に陥ることを意味します。

 ですが、私はゆっくりと紅茶を啜り、最高の微笑みを浮かべてみせました。


「……格下げ。……いいですわね。……市場がパニックになれば、私はさらに安く、人々の『魂』を買い叩けますもの。……フェリシアさん。あなたは私の『利益』を助けに来てくださったのかしら?」


「……強がりを。……格付けが落ちれば、あなたの石炭の輸入ルートも、帝国の船舶も、すべて停止しますわ」


「……なら、停止させればよろしいわ。……ただし、停止するのは私の商売ではなく、帝国の『灯り』ですけれど。……フェリシアさん。……あなたの総裁レナード。……彼、私の紙幣を『売り』で仕込んでいますわね?」


 フェリシアの片眼鏡の奥が、わずかに揺れました。


「……何を……」


「……私の格付けを下げ、価格を暴落させたところで、安値で買い戻す。……先日の『空売り』の焼き増しですわ。……相変わらず、レナード氏は私のことを『甘い』と評価していらっしゃるようね」


 私は立ち上がり、ストーブの真っ赤な火で、彼女の突きつけた監査書類を……そのまま炙りました。


「……フェリシア。……帝国に伝えなさい。……私の帳簿を監査したいのなら、まずは帝国の全資産を『担保』として私に預けてからにしなさいな。……私のルールでは、負債を抱えたままの者の言葉には、一クローナの価値もありませんの」


「……っ……不当表示を認める、ということですね」


「いいえ。……『私がルールである』と、宣言しているのですわ」


 フェリシアは、侮蔑と——そして微かな戦慄を含んだ視線を私に向け、再び闇の中へと消えていきました。

 嵐の予感。

 これまでのような「無能な王子」の相手とは次元の違う、数字という名の刃を持ったプロとの戦い。


「……セレーネ。……次のステップよ。……帝国の『会計基準』そのものを、古紙として回収する準備を始めなさい」


「……御意に。……フェリシア様の魔導計算機、すでに逆探知(監査)を終了しました」


 夜明け。

 灯りの消えた王都に、冷たい雪が降り始めました。

 魔法が消え、数字だけが世界を支配する、最も残酷で最も美しい朝がやってきます。

第18回、最後までお読みいただきありがとうございます。


レナードの右腕、フェリシア。

アイリス様の「未来の先食い」を「粉飾」と断じる彼女のロジック、いかがでしたか?

これまで「最強」だったアイリス様の帳簿が、初めてプロの手によって解体されようとしています。


「私のやり方がバブル?……ええ、世界を飲み込むほどの巨大な泡を、お見せいたしますわ」

アイリス様VSフェリシア。数字とプライドを賭けた、大陸規模の監査戦争が本格化します。


次回、「朝凪中央銀行、設立宣言――紙切れを神に変える魔法、お見せしますわ」。

アイリス様が、帝国の格付け攻撃を逆手に取った、空前絶後の「信用創造」を披露します。


「私の株価(評価・ブクマ)、フェリシアの監査に負けないくらい上昇させていただけますかしら? 投資、お待ちしておりますわ」

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