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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第15回 敵対的買収――私の市場は非売品ですわ

降り頻る雨が、祭壇にこびりついた聖国の香煙を洗い流していきます。

 広場を包囲したのは、漆黒の甲冑を纏ったクリストフ帝国の魔導騎士団。その中心、黒馬に跨るレナード・クリストフが、私に向けて優雅に手を差し伸べました。


「アイリス。君が聖国という『非効率な経営者』を追い出した手際は見事だった。だが、今のこの国は資本も法も崩壊したジャンク品だ。……帝国が『保護』という名の管理下に置くのが、最も合理的な救済だと思わないかい?」


「……合理的な救済? ふふ、泥事場に火事場泥棒ハゲタカが現れただけではなくて?」


 私は、泥に汚れたシュミーズの裾を払い、背後に控える『一千人の負債者(資産)』たちを背負って一歩前に出ました。

 レナードの背後では、巨大な魔導砲がその砲身を王宮へと向けています。武力による強制的な『敵対的買収ホスタイル・テイクオーバー』。これが、帝国の、そしてレナード・クリストフの本性。


「レナード。……この国の『営業権』は、すでに私が買い取っておりますわ。……たとえ帝国であっても、無断での市場介入は国際法上の『不当競争』に当たりますの」


「法? ……アイリス、君ともあろう者が、そんな形骸化した紙切れを盾にするのかい。……法とは、それを維持できる『力』がある者が書き換えるものだ。……今の君に、私の軍勢を押し返すだけのキャッシュが残っているのかな?」


 レナードが指を鳴らすと、魔導騎士たちが一斉に抜剣しました。

 その鋭い金属音が、雨音を切り裂きます。

 広場の民衆が悲鳴を上げ、私の後ろに隠れるように身を縮めました。……無理もありません、彼らは今、聖国という死の恐怖から逃れた直後に、帝国という巨大な暴力に直面しているのですから。


「……セレーネ。……帝国の『戦費コスト』、どのくらいだと見積もるかしら?」


「……報告します。……今回の遠征、及び魔導砲の維持費。一日あたり金貨三万枚。……さらに、彼らが本国で発行した『戦時国債』、現在、市場で激しい値動きを見せています」


 私は、セレーネから受け取った最新の相場表を、雨に濡れるのも構わずに広げました。


「……レナード。……あなたは、私を買い叩くために全力を出しすぎましたわね」


「……何?」


「……あなたがこの国に軍を進めた瞬間、私は隣国のギルドを通じて、帝国の通貨を『全力で空売り』させていただきましたわ。……名目は、『帝国の過剰な軍事拡大による財政不安』。……市場は敏感ですわよ? あなたがここで一発でも砲弾を放てば、帝国の信用は地の底に落ち、あなたの銀行の株価は紙屑同然になりますわ」


 レナードの瞳が、わずかに細まりました。

 彼は私の手元にある相場表を、射抜くような視線で見つめます。


「……ハッタリだね。……君には、そんな大規模な仕掛けを動かすための『担保』がないはずだ」


「……担保なら、今ここで手に入れましたわ。……グリス、準備は?」


 影から現れたグリスが、泥だらけの手で一通の『署名簿』を掲げました。

 そこには、先ほど私が命を買い取った一千人の市民たちのサイン――彼らの将来の労働力と、この国の『全土地の利用権』を私に委託するという誓約。


「カカッ! 嬢ちゃん、完璧だぜ! ……この千人分の『生命保証証券』を束ねて、大陸全土の投資家に『王国再建ファンド』として売り出した! ……引受先は、君に敵対している帝国のライバル銀行共だ!」


 レナードの顔から、余裕の笑みが消えました。


「……私のライバルと組んだというのか。……アイリス、君は……!」


「……ええ。……あなたの『独占モノポリー』を壊すには、他人の資本レバレッジを利用するのが一番ですもの。……レナード、今この瞬間、あなたの軍隊は『私の私有地』に不法侵入しているだけでなく、あなたのスポンサーたちの利益を損なう『不採算部門』に成り下がりましたわ」


 私は、レナードに向けて人差し指を突きつけました。


「……さあ、レナード。……撤退して損失を確定させる(ロスカット)か、それともこのまま砲弾を放ち、自国の経済ごと心中なさるかしら? ……どちらがより『合理的』か、あなたなら計算できるはずですわ」


 静寂が広場を支配しました。

 雨音だけが、虚しく甲冑を叩く音。

 魔導砲を構える騎士たちの手が、迷いに震えています。


 やがて、レナードは深いため息をつき、ゆっくりと剣を鞘に収めました。


「……完敗だ。……まさか、自分のライバルたちを私の敵に回すとは。……アイリス、君は本当に、人の『欲望』を繋ぎ合わせる天才だね」


「……お褒めに預かり光栄ですわ。……ですが、レナード。……不法侵入の賠償金、しっかり利息を乗せて請求させていただきますから」


 レナードは馬の首を巡らせ、退却の合図を出しました。

 漆黒の軍勢が、波が引くように王都を去っていきます。


 その背中を見送りながら、私はその場に膝をつきそうになるのを、必死に堪えました。

 全資産を賭けた、一世一代の大勝負。

 もしレナードが、合理性よりも感情を優先して砲弾を放っていたら、今頃私は灰になっていたでしょう。


「……アイリス様」


 セレーネが私を支えました。

 私は、自分の手の中にある『錆びた一クローナ』を、ぎゅっと握りしめました。


「……勝ちましたわ、セレーネ。……この国は、名実ともに私の『所有物』になりました」


 王国の崩壊から始まった、この長く、残酷な商戦。

 聖国を追い出し、帝国を退け、私はついに、一介の追放令嬢から「一国の主」へと成り上がったのです。


 しかし、私の視線の先には、もはやこの小さな王国だけはありませんでした。

 レナードが去り際に残した、あの「悔しそうな、それでいて楽しそうな瞳」。

 彼との戦いは、これから大陸全土を舞台にした、より巨大なマネーゲームへと発展していく予感がしていました。


「……さて。……まずは、ボロボロになったこの街の『リフォーム計画』から始めましょうか。……一クローナの無駄も出さない、完璧な帝国の建築をね」


 雨が上がり、雲の間から一筋の光が差し込みました。

 私の商会、そして私の新しい人生の「時価総額」が、今、無限へと向かって上昇を始めました。

第1章『王国倒産編』、完結。

最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございます。


婚約破棄から始まり、ドレス一枚の身一つから「国を差し押さえる」まで上り詰めたアイリス様。

彼女の武器はチート魔法でも聖女の祈りでもなく、冷徹な『数字』と、人を動かす『欲望の計算』でした。


レナードを退け、真の自由を手に入れた彼女ですが、これはまだ「朝凪商会」の壮大な事業計画の序章に過ぎません。

第2章では、舞台を大陸全土へと広げ、魔法に隠された「世界の負債」の謎、そしてレナードとの「究極の合併交渉(愛憎劇)」が本格化します。


「私の市場価値をここまで上げてくださった皆様に、最大限の配当を。……第2章でも、あなたの時間を投資する価値があることを、数字で証明してみせますわ」


これからも、アイリス様という『銘柄』を応援(評価・ブクマ)していただければ幸いです。

第2章の幕開けまで、少々お時間を頂戴いたしますわ!

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