第13回 不況の聖戦――信じぬ者には、死より重い増税を
「……アイリス様。王宮の正門が、聖国の『聖騎士団』によって封鎖されました。名目は『異端審問のための治安維持』です」
セレーネの報告を受け、私は朝凪中央銀行の執務デスクでペンを置きました。
広場での「奇跡の虚偽」を暴いてから数時間。聖国は、慈悲の仮面を脱ぎ捨てるのが随分と早かったようですわね。
「治安維持? ふふ、随分と高くつく警備員を雇ったものですわね、セドリック様は。……グリス、聖騎士団の『維持費』はどこから出ているかしら?」
「カカッ、決まってるだろ。……連中、広場での醜態を隠すために『信仰税』とかいうふざけた臨時の徴税を始めたぜ。……神を信じない不届き者の資産は、すべて神の代理人が管理(没収)するんだとよ」
窓の外を見下ろせば、白い鎧を纏った騎士たちが、怯える市民の家へ押し入り、食糧や財産を「奉納」の名の下に強奪している光景が見えました。
聖国による、なりふり構わない『強制徴収』。
経済的な論理が通用しない「暴力」という名の、最悪の市場介入です。
「……セレーネ。私の銀行の正面玄関に、聖騎士が何人来ているかしら?」
「……小隊一つ。十二名です。……指揮官は、聖国の第三騎士団長、エドモン。……『異端の資金源を凍結する』と息巻いています」
「結構ですわ。……お茶の準備を。……最高級の、聖国では禁輸されているはずの『龍の雫』を淹れてちょうだい」
私はゆっくりと立ち上がり、銀行の重厚な扉を開けさせました。
そこには、光り輝く白い鎧に身を固めた、いかにも「正義の味方」といった顔つきの男が立っていました。
「アイリス・フォン・アルトハイム! 貴様がこの国に害をなす異端の元凶か! この銀行にある全資産は、神の名の元に聖国が一時差し押さえる!」
「……差し押さえ? ふふ、エドモン騎士団長。……その言葉、私がこの王宮に対して既に行使した権利ですわ。……二番煎じの真似事をするなんて、聖国の教育水準も随分と下がりましたのね」
私は、彼の剣先が私の鼻先を掠めるのを意に介さず、一通の『契約書』を突きつけました。
「エドモン様。……あなたが今立っているこの銀行の敷地。……そして、あなたが纏っているその『聖なる鎧』の潤滑油。……それから、あなたが今朝召し上がったはずの、聖国御用達の『聖水』。……これらすべてのサプライチェーン(流通網)を握っているのは、誰だかご存知?」
「……何が言いたい!」
「……簡単な計算ですわ。……あなたがこの銀行の扉を一歩でも跨いだ瞬間、聖国に対する『物流の全面停止』を執行いたします。……聖騎士団が誇るその鎧も、私の商会が提供する特殊な油脂がなければ、三日で錆びて動かなくなりますわ。……そして、あなた方が本国から取り寄せている食糧……。……すべて、私の検問所を通過しなければ届きませんの」
エドモンの顔が、一瞬で青ざめました。
暴力は一瞬ですが、飢えと機能不全は永続的な「コスト」として彼らを蝕みます。
「貴様……神の使徒を飢えさせると言うのか……!」
「いいえ。……私はただ、取引条件を提示しているだけです。……聖国がこの国で徴収した『信仰税』。……その全額を、我が商会への『物流手数料』として即刻納入なさい。……さもなくば、明日から聖騎士団は、重い鉄屑を抱えたまま、ただの餓死者になりますわ」
「……っ……!!」
エドモンの剣が、屈辱に震えました。
彼らがどれほど武勇を誇ろうとも、その後方支援を敵に握られているという事実は、戦う前から『詰み』を意味しています。
「……アイリス。……君は、本当に悪魔のような女だ」
「最高の褒め言葉ですわ、エドモン様。……商人にとって、計算できない『神』よりも、計算可能な『悪魔』の方が、よほど誠実なパートナーですもの」
私は、彼に背を向け、悠然と銀行の中へと戻りました。
背後でエドモンが吐き捨てるような声を上げましたが、結局、彼らが銀行の中へ踏み込むことはありませんでした。……命より重い「コスト」を、彼は計算してしまったのです。
「……セレーネ。……次のステップよ。……『聖国の通貨』の価値を暴落させるために、ある噂を市場に流しなさい」
「……はい。……『聖国の中央神殿が、実は巨額の不良債権を隠している』……ですね?」
「ええ。……信仰という名のバブルが弾ける瞬間。……その時こそ、私が聖国を『まるごと買い取る』絶好の買い時ですわ」
王都の空には、まだ白い旗が翻っています。
けれど、その旗を支えるための金は、すでに私の帳簿によって吸い取られ始めていました。
神の不況。
それは、私の野心が世界を飲み込むための、最高の前触れ(シグナル)でした。
第13回、お読みいただき感謝いたします。
聖騎士団の物理的な封鎖に対し、物流の遮断という「生殺与奪の権利」を突きつけて一歩も引かないアイリス様。
どんなに高潔な正義も、アイリス様の前では「メンテナンス・コスト」が必要な商品に過ぎません。
しかし、聖国も黙ってはいません。
彼らが次に仕掛けるのは、経済でも武力でもない、もっと根源的な……人々の「絶望」を利用した禁断の手札。
さらに、隣国の怪物レナード・クリストフが、このカオスな市場に本格的な「空売り」を仕掛けようとしています。
次回、「死の清算――魂の価値は、誰が決めるのか」。
アイリス様、ついに「命の値段」を巡る究極の商談に挑みます。
「私の市場価値、今日も上げてくださいませ。……投資(評価・ブクマ)をお待ちしておりますわ」




