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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第12回 神の不渡り――信仰の価値、暴落につき

「……嬢ちゃん、見てな。街の連中、すっかりあっちの『白い服』に毒されてやがるぜ」


 スラムの拠点の窓から、グリスが苦々しげに顎をしゃくりました。

 外では、聖国の司祭たちが「無償のパン」と「癒やしの光」を配り歩いています。かつて私が物流を整えて与えた『正当な労働と対価』よりも、彼らが差し出す『空から降ってきたような慈悲』に、人々は容易に膝をついていました。


「無償ほど高くつくものはありませんのに。……人間という生き物は、目先の利回りに目が眩む『短期投資家』ばかりですわね」


 私は手元の帳簿を閉じ、セレーネが淹れた苦いコーヒーを一口啜りました。

 聖国による「人道的支援」。それは表向きの顔。

 その実態は、彼らが起こす『奇跡』のたびに、この王国の地脈から魔力を吸い上げ、土地の生産性を奪い去るという、最悪の資産略奪です。


「グリス。……『魔力の消費量』と『翌年の収穫予想』の相関データは?」


「ああ。計算したぜ。……司祭共が一人癒やすたびに、周囲一ヘクタールの農地から金貨三枚分の肥料成分が抜ける計算だ。……このまま『慈悲』を配り続けりゃ、来年のこの国は、雑草すら生えねえ砂漠になるな」


「結構ですわ。……なら、その『コスト』を可視化ディスクロージャーしてあげましょう」


 私は立ち上がり、セドリック様から買い叩いた最高級の毛皮のコートを羽織りました。

 向かう先は、王都中央広場。

 そこでは今、ウルス審問官が何百人もの市民を前に、派手な『大治癒の奇跡』を披露しようとしていました。


「さあ、迷える羊たちよ! 欲深い商人が売るパンは捨てなさい! 神に祈れば、病も、飢えも、すべては光に溶けて消えるのです!」


 ウルスの手が黄金色の光を放ち、足の不自由な老人に触れようとしたその時。


「――ストップ(取引停止)ですわ」


 私の声が、広場に響き渡りました。

 群衆が割れ、私と、その背後に控える朝凪商会の『調査部隊』が姿を現します。


「また貴様か、アイリス! 神聖な儀式の邪魔をするとは、いよいよ地獄へ落ちたいようだな!」


「地獄へ行くのは、不渡りを出した債務者だけで十分ですわ。……ウルス審問官、あなたが今から行おうとしているその『奇跡』。……使用料金の支払いは済んでいらして?」


「……何だと?」


 私は、グリスが作成した巨大な『エネルギー監査報告書』を、民衆の前に広げさせました。


「皆様、よくお聞きなさい。……この白い服の方々が『無料』で配っている光。……そのエネルギー源(燃料)は、どこから来ているとお思い? ……それは、あなたたちが来年収穫するはずの麦、あなたたちが耕している土地の『栄養』を前借りしたものですわ」


 広場に、さざなみのような動揺が広がります。


「嘘をつくな! これは神の御力だ!」


「いいえ。……科学的……いえ、経済的根拠に基づいた事実ですわ。……セレーネ、魔力計測器の結果を」


 セレーネが、魔力を可視化する特殊な魔導具を空に向けました。

 すると、広場の上空を流れる魔力が、ウルスを中心に渦を巻き、大地から吸い上げられている無惨な光景が、青白い光となって映し出されました。


「……ご覧なさい。……彼らが一人を救うたびに、あなたたちの農地は痩せ、家畜は弱っていく。……これは『救済』ではありません。……あなたたちの未来を担保にした、超高利の『闇金』ですわ」


 私の言葉に、奇跡を待っていた民衆の手が止まりました。

 一人を癒やすために、村一つの未来を売る。……その計算式を突きつけられ、彼らの瞳に「不信」という名の影が差します。


「審問官様。……我が商会はこの王国の『地脈使用権』を、王家との契約で独占保有しております。……つまり、あなたが私の許可なく勝手に魔力を吸い上げる行為は、立派な『資源窃盗』に当たりますの」


 私は、ウルスに一枚の請求書を突きつけました。


「これまでの『奇跡』に使用された魔力量の換算代金。……及び、農地の減産予想による損害賠償。……合計、金貨一万枚。……即刻、現金、もしくは聖国の資産で支払っていただきますわ。……支払えないのであれば――」


 私は、広場の民衆全員に向かって、声を張り上げました。


「――現在、聖国が発行している『免罪符(お守り)』。……これを我が朝凪中央銀行は、『無価値な紙屑』として格付け(格下げ)いたします! ……もはや一クローナの価値もありませんわ!」


「なっ……! 貴様ぁっ!」


 ウルスの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まりました。

 聖国が資金源としていたお守りの価値を、民衆の前でゼロだと断定する。……それは、信仰という名の『マーケット』を、根底から破壊する空売り。


 市民たちが、手に持っていたお守りを地面に投げ捨て始めました。

 昨日まで救いの光に見えていたものが、自分たちの土地を食い潰すシロアリに見え始めたのです。


「……これが、私なりの『神への参拝』ですわ。……ウルス審問官。……信仰で腹が膨れない理由、ようやくお分かりいただけましたかしら?」


 広場の熱狂は、一瞬にして冷え切った。

 人々は司祭たちを取り囲み、「俺たちの土地をどうしてくれるんだ!」と怒りの声を上げ始めました。


 私は、混乱する広場に背を向けました。


「……セレーネ。……次のステップよ。……『聖国が隠し持っている食糧倉庫』。……あれを、市場価格の半値で強制買い取り(M&A)なさい。……彼らが施しを止めた時、人々が本当に頼るべき『財布』が誰なのか、教えてあげる必要がありますわ」


「……御意に。……グリス様が、すでに物流ルートの買収を完了しています」


 空からは、聖国の旗が引き裂かれて落ちてくる。

 私はその布を裸足で踏みつけ、一歩ずつ、この国を「私の所有物」として確実なものにしていきました。


 神の不渡り。

 それは、私の帳簿において、最も美しい利益カタルシスの瞬間でした。

第12回、お読みいただきありがとうございました。


「無償の奇跡」という名の闇金を暴き、聖国の「信仰マーケット」を暴落させたアイリス様……。

魔法を経済的な「コスト」として可視化し、人々に「救済の正体」を突きつけるその手腕、まさに冷徹なる投資家です。


しかし、面目を潰された聖国が、このまま引き下がるとは思えません。

彼らが次に繰り出すのは、経済的な論理すら通用しない「武力行使(十字軍)」か、あるいはもっと狡猾な……。


次回、「不況の聖戦――信じぬ者には、死より重い増税を」。

聖国による、なりふり構わない「魂の徴収」が始まります。


「私の言葉を信じるか、神を信じるか。……答えは、あなたの財布の中にあるはずですわ。……投資(評価・ブクマ)、お待ちしておりますわ」

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