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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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第11回 二重契約の報い――聖国の「慈悲」は、最も高利な闇金ですわ

王都へ戻る馬車の窓から見えたのは、数日前とは明らかに異質な光景でした。

 大通りには白い法衣を纏った司祭たちが練り歩き、至る所に「聖国」の純白の旗が掲げられています。人々は、魔法が消えて動かなくなった魔導街灯の代わりに、司祭たちが配る『祈りの灯火』を求めて跪いていました。


「……気持ち悪いですわね。カビの生えたパンに、白い砂糖をまぶしたような光景だわ」


 私は扇――セドリック様から差し押さえた、最高級の孔雀の羽根製――で口元を隠し、冷たく吐き捨てました。

 セレーネが影から囁きます。


「……王宮内、すでに聖国の『審問官』たちが執務室を占拠しています。セドリック様は、彼らを『救済の使者』として公式に迎え入れました」


「救済? ふふ、泥棒に鍵を渡しておいて、よく言うものですわ。……行きましょう。私の『所有物』に勝手についた、白い埃を払いに行きますわよ」


 王宮の広間。

 かつて私が債権執行を宣言したその場所には、今や香炉から立ち上る重苦しい香煙が満ちていました。

 玉座の隣には、セドリック様。そしてその横に、雪のように白い法衣に身を包んだ一人の男。


「――おやおや。噂の『守銭奴令嬢』がお戻りになられたか」


 セドリック様が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて私を見下ろしました。やつれていた顔には、どこか狂信的な艶が戻っています。


「アイリス、遅かったな! 私は聖国と『救済条約』を締結した。私の負債は、聖国の広大な慈悲によって肩代わりされる。貴様のような品性のない金貸しに、これ以上この国を弄ばせはしない!」


 私は、彼の言葉を遮るように、手に持っていた『不動産登記原簿』の写しを高く掲げました。


「セドリック様。……契約の基礎すら忘れてしまったのかしら? あなたが聖国に差し出した領土の三分の一……それは、すでに私が『抵当権』を設定している物件ですわ」


「な……何だと?」


「この国が私に負っている債務の担保として、王国の全土はすでに私の管理下にあります。……抵当権が設定された資産を、権利者の承諾なく他国に譲渡する。……これを、世間では『詐欺』と呼びますの。……わかりますこと?」


 私は歩み寄り、玉座の隣に立つ白い法衣の男――聖国の審問官、ウルスに冷徹な視線を向けました。


「審問官様。……聖国ともあろうお方が、他人の所有権を侵害した『盗品』を、慈悲という名で受け取られるおつもりかしら? もしそうなら、聖国の教典には『盗みを推奨する』という一文が加わったことになりますわね」


 ウルスの細い瞳が、さらに鋭く細まりました。


「……アイリス・フォン・アルトハイム。あなたの言葉は神への冒涜に近い。……この国の土地は神の賜物であり、王がそれを神に返上することに、人間の法律が口を挟む余地はない」


「あら、神様が直接私の銀行へ『返済』に来てくださるのかしら? もしそうなら喜んで受理いたしますわ。……ですが、あなたがしているのは、神の名を借りた『他人の資産の横取り』ですわ。……そして何より、私が許せないのは――」


 私は、ウルスの纏っている法衣を、扇の先で指しました。


「――その法衣に使われている最高級の『聖糸せいし』。……それ、我が朝凪商会が独占販売権を持つ、東方の絹ではありませんこと? ……代金、まだ一クローナも頂いておりませんわよね?」


 ウルスの顔から、余裕が消えました。


「……それがどうした。これは神への奉納品……」


「未払いの奉納品など、ただの『万引き商品』ですわ。……セレーネ、やりなさい」


 刹那。

 セレーネの影が伸び、ウルスの法衣の袖を、目にも止まらぬ速さで「裁断」しました。

 床に落ちる、純白の絹の切れ端。


「ひ、ひぃっ……! 貴様、神の使者に何という真似を!」


「……不渡りを出した債務者の持ち物を回収しただけですわ。……今日から、聖国関連の全資産に対し、我が商会は『対抗措置』を講じます。……聖国がこの国から一粒の麦も持ち出そうとすれば、それはすべて我が商会の負債の返済として差し押さえさせていただきますわ」


 私は、セドリック様を一瞥しました。

 彼は、自分が逃げ込んだ先すらも、アイリスの計算の中にあったことに気づき、ガタガタと震え始めました。


「セドリック様。……二重契約という最悪の失策ミスを犯した報いは、高くつきますわよ? ……あなたの『救世主』たちは、私から見れば、ただの『新しいカモ』に過ぎませんの」


 広間に漂う香煙が、私の放つ冷徹な殺気に押し流されていきました。


「……ウルス審問官。……伝えておきなさい。……聖国が掲げる『慈悲』の値段……私の帳簿で、端数まで査定して差し上げますわ。……戦争ビジネスをしたいのであれば、喜んでお相手いたしますことよ」


 私は背を向け、カツ、カツ、と乾いた足音を響かせながら広間を去りました。

 背後でウルスの怒号とセドリック様の悲鳴が聞こえますが、もはや私の資産価値ターゲットではありません。


「……セレーネ。……聖国の『魔石』の保有状況を調べなさい。……彼らが祈りで奇跡を起こしているのなら、その『燃料コスト』を断てば、ただの詐欺師の集団になりますわ」


「……御意に。……すでに、グリス様が聖国の隠し口座の『ハッキング(帳簿改ざん)』を開始しています」


 夜明け前の王都。

 白い旗が風に揺れる中、私は自分の帝国を守るために、神すらも買い叩く決意を固めていました。

第11回、お読みいただきありがとうございました。


二重契約という愚行を犯したセドリック王子に対し、アイリス様が突きつけたのは「抵当権」という名の冷徹な正論。

聖国の審問官すらも、その「未払いの法衣」を剥ぎ取ることで黙らせる姿……。

愛も祈りも、アイリス様の帳簿の前ではただの数字に過ぎません。


しかし、聖国は「信仰」という、数字では測りにくい武器を持っています。

国民を味方につけ始めた彼らに対し、アイリス様はどうやって「神の奇跡」を無力化していくのか。


次回、「神の不渡り――信仰の価値、暴落につき」。

アイリス様による、宗教国家をターゲットにした史上最大の「空売り」が始まります。


「神様を信じるのは勝手ですが、私の許可なく奇跡を使うのはコスト違反ですわ。……投資(評価・ブクマ)をお待ちしておりますわ」

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