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追放令嬢アイリスの銀行経営 ~神を監査(リストラ)して世界を逆買収するまで~  作者: 雫石アイナ


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10/30

第10回 奈落の底の配当(リターン)――生きて戻るまでが商売ですわ

轟音。衝撃。そして、視界を埋め尽くす白い土煙。

 世界が傾斜し、数千万クローナの価値があるシャンデリアが、無残な鉄の塊となって床に激突しました。

 崖下の坑道爆破による地盤沈下。私が自らの資産を投じて仕掛けた、この晩餐会への「強制的な返礼」ですわ。


「アイリス様!」


 セレーネが、宙を舞う瓦礫を蹴って私の隣に着地しました。彼女の頬には、先ほどのヴィクターとの交戦でついたと思われる薄い切り傷。

 一方で、私の目の前に座るレナード・クリストフは、傾いたテーブルを指先で支えながら、愉快そうに喉を鳴らしました。


「……あはは! 素晴らしい、最高だ、アイリス! 自分の命が乗った邸宅を、迷いなく地盤ごと買い崩すなんて。……君は、損切りのタイミングを完璧に理解しているね」


「あら、買い叩かれたまま引き下がるのは、商人の名折れですもの。……それにレナード、私は『損切り』したつもりはありませんわ。……これは、あなたという怪物を手に入れるための、必要な『更地化クリアランス』です」


 私は、倒れかけた椅子を捨て、崩落する床の上で真っ直ぐに立ちました。

 シュミーズの上に羽織った安物の外套は汚れ、裸足の足先は砂にまみれています。……ですが、私の背筋は、この邸宅のどんな柱よりも強固に屹立していました。


 崩落が止まりました。

 邸宅の半分は崖下へ消えましたが、私たちがいる食堂の区画だけは、計算通り、強固な岩盤の上に「中吊り」の状態で残っています。


「……レナード。……あなたの命を救ったコスト、高くつきますわよ?」


「……だろうね。……ヴィクター、武器を収めろ。……彼女には、もう一割の『利息』を上乗せして対話する価値がある」


 レナードの合図で、影に潜んでいた殺気が霧散しました。

 彼は埃を払いながら立ち上がり、崖下に消えた自らの資産――数々の美術品や金銀財宝――を一顧だにせず、私だけを見つめました。


「アイリス。……君の言う『魔法のリボ払い』……その元帳レジャーの秘密を、私は共有したい。……神という名の支配人が管理するこの世界を、私たちは債権者として買い叩く。……どうだい、正式な合併交渉といこうじゃないか」


「ふふ、いいでしょう。……ただし、主導権マジョリティは私が握ります。……あなたは私の商会の『筆頭投資家』。……口出しはさせませんが、配当だけは約束してあげますわ」


「……厳しいな。……だが、君という資産を所有できるなら、それも悪くない契約だ」


 瓦礫の中で、私たちは互いの瞳の奥にある「強欲」を確認し合いました。

 愛や信頼ではありません。……お互いがお互いを「最も収益性の高い道具」として認め合う、共犯者の契約。


「……アイリス様、失礼します」


 セレーネが私の腰を抱き、そのまま崩落した壁の隙間から外へと跳躍しました。

 夜の冷気が、私の火照った頬を撫でます。

 背後では、レナードもまたヴィクターの手を借りて、崖の上に生還するのが見えました。


 国境の闇の中、私たちは一度だけ視線を交わし、それぞれの領地へと別れました。

 これが、歴史に刻まれることのない、世界で最も「高額な」密約。


 馬車が王都へと戻る道中、私はセレーネが差し出した冷たい水を口に含みました。


「……アイリス様。……王都から、緊急の伝令が。……グリス様が『もう持たない』と仰っています」


「……何がかしら。……王子の首が、私の請求書の重さに耐えきれなくなったの?」


「いいえ。……王国内の『魔石鉱山』が、次々と活動を停止。……魔法を動力源とするあらゆるインフラが、一斉にデフォルトを起こしました。……そして――」


 セレーネが、震える指先で一通の報告書を差し出しました。


「――元婚約者のセドリック様が、国民からの糾弾を逃れるため、隣の『サンクチュアリ聖国』に、王国の領土の三分の一を担保として、勝手に借入契約を結びました」


 私の指が、水の入ったグラスを強く握りしめました。


「……三分の一? ……あのアホ王子、私が買い取った『抵当物件(この国)』を、勝手に他人に転売しようとしているというの?」


 認識の変化。

 これまでの戦いは、王都という狭い箱庭の中の「喧嘩」でした。

 ですが、セドリックの暴挙によって、聖国という名の宗教国家……魔法の「リボ払い」を神聖化する最大の敵が、土足で私の市場に踏み込んできたのです。


「……面白いですわね。……二重契約は、商業界では禁忌。……セドリック様、あなたが他人の懐に逃げ込めると思っているなら、大きな計算違いですわ」


 私は馬車の窓を開け、夜明け前の王都の灯りを眺めました。


「聖国。……神の声を代弁すると宣う連中。……彼らがどれほど『信仰』を積んでいようとも、私の帳簿から見れば、ただの『未払い金だらけの団体』に過ぎませんわ」


 私は胸元の『錆びた一クローナ』を強く握りました。

 魔法が消え、インフラが崩壊し、宗教が支配を強める……カオスと化した王国。

 そこは、最も安く、そして最も大胆に「国を買い叩く」ための、最高の市場戦場マーケットでした。


「……セレーネ。……帰ったらすぐに、全資産を『兵糧』と『鉄』に換えなさい。……今度はこちらから、聖国の門前で『強制執行』をかけに行きますわよ」


 朝日が、水平線から顔を出しました。

 私の新しい商売――「神の国からの債権回収」が、今、幕を開けました。

第10回、お読みいただきありがとうございました。


絶体絶命の崩落を生き残り、レナードと「世界を買い叩く」共犯関係を結んだアイリス様。

しかし、帰路を急ぐ彼女を待っていたのは、元婚約者セドリックによる最悪の「二重契約」でした。

王国の領土を勝手に宗教国家に売り渡すという暴挙。……商売人として、アイリス様が最も許せない「契約違反」です。


聖国という新たな敵。そして加速する「世界の魔法崩壊」。

アイリス様の戦いは、ついに国家間の戦争、そして信仰との衝突へとステージを上げます。


「私の市場に土足で踏み込んだ代償……魂ごと買い叩いて差し上げますわ」

アイリス様の次なる一手、ご期待ください。


物語の「株価ランキング」を支えるのは、皆様のブックマークと評価(投資)です。

次回の配当(更新)まで、しばしお待ちを。

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