第6話:諦めきれない夏
蝉の煩い声が鳴き止まぬ夜。
俺は隆也を呼び出して『もみや』に来ていた。
今、俺の中で消化しきれずに残っているドス黒いモヤモヤ。
それを誰かに聞いて欲しくてたまらなかった。
前の日と同じテーブルでビールを飲んでいると、丸い体が店に入ってくる。
俺の顔を見つけると、隆也は笑いながら近づいてきた。
「今日も一緒に飲もうとか、そんなに寂しいのか?」
「そうじゃなくて……、ちょっと聞いてほしい事があるんだ」
その言葉に隆也の顔から笑みが消え、真剣な表情で俺の向かいに腰を下ろした。
「それでどうした?」
ビールを注文すると隆也は俺を見る。
メガネに店の光が反射して眩しい。
「今日、美咲と一緒に出かけたんだ」
そう言うと隆也は驚いた顔で俺を見る。
「お前な……、昨日俺が話した事を忘れたのか?」
ため息をつきうんざりした顔をする隆也に、俺は「覚えてる」とだけ返した。
「だったらなんで美咲と会った。しかも一緒に出かけただと? 誰かに見られたら、あいつの見合い話もダメになるところだぞ」
隆也の怒りはもっともだった。
見合い直前に他の男と2人で歩いてたなど知られたら、見合いの話もなくなる可能性もあった。
自分の迂闊さにイラッとする。
「……それで美咲と何があったんだ?」
おばさんが持ってきたビールに口をつけ、隆也が聞いてくる。
正直何から話していいか分からない。
昼間の美咲の言葉、夕方渡された写真、どれもこれも俺には分からなかった。
昨日と変わらない、古い演歌が店内に流れる。
「……なあ、隆也」
ビールを喉に流し込み、俺は話し出した。
「美咲は俺にどうしてほしいと思う?」
隆也のビールを飲む手が止まる。
そしてゆっくりと俺を見た。
「祐樹、お前まさか見合いを潰したいなんて考えてないよな?」
その言葉に、喉の奥が詰まる。
そんなつもりはない。
……はずなのに、胸のどこかで反論できない自分がいた。
そんな俺の心を見透かすように、隆也は声のトーンを落として話す。
「祐樹、よく考えろ。お前がそんな事したら、美咲の店の責任を取れるのか?」
大人の発言だった。
確かにそうだ。
学生時代の色恋の話じゃない。
その裏に様々な憶測があって、それを叶えるための見合いなんだ。
昔見た映画みたいに、花嫁を奪い取ってエンド、なんて事にはならない。
「確かにそうだよ。だけどさ、美咲の気持ちも聞いちゃったんだよ」
結婚するのが怖い、彼女はそう言っていた。
それを周りの事情で結婚させていいのか。
じゃあ正解はなんなんだ。
「俺、思うけどな。昔、お前が美咲と別れなければ、こんな事にならなかったと思うぞ」
隆也のに眉間に皺が寄っている。
だけど、その声はどこか寂しそうだった。
俺たちの青春を知ってるからこその、言葉だった。
その隆也の言葉は俺の心をズタズタに切り裂く。
大学時代は確かに忙しかった。
授業も大変だったし、サークルも楽しかったし。
でも俺のそんな都合で、彼女と別れる羽目になった。
それをまた、俺の都合でとうにかして良いわけがない。
「帰りにさ、美咲が写真を渡してきたんだ」
「写真?」
隆也が興味深そうに見てくる。
「高校の時の写真。俺と美咲で撮った写真だよ」
隆也はゆっくりと天を仰ぐ。
俺はこの後にどんな言葉が出てくるのかを待った。
「それはもうあれだ。あいつはお前を忘れたいんだよ」
やっぱりか。
俺の心が萎んでいく。
落ち込む俺の肩に、隆也がそっと手を置いた。
「諦めろ。もう美咲は前に進もうとしてるんだ。お前もしっかり前を見ろ」
分かってる。
隆也の言う事はもっともなんだ。
だけど昼間見た美咲のあの表情。
あれを見てしまっては踏ん切りがつかない。
俺は残っていたジョッキのビールを一気に飲み干す。
今まで飲んだ中で一番苦く感じた。
酔いが回る俺の頭に。彼女のあの表情が何度も思い浮かぶ。
自分の無力さに心底腹が立ってくる。
俺は勢いよくジョッキをテーブルに叩きつけた。
ドンという音に隆也の体がビクンとなる。
「俺は……諦めきれない。あの美咲の顔が忘れられないんだ」
どうしようもないのにどうにかしようとしてしまう。
昔から、この諦めの悪さが長所でもあり、短所でもあった。
隆也が俺の顔を見て、大きく息を吐く。
「祐樹、お前のその性格は昔から知ってるけどな。だけど今回ばかりは無理だ」
「分かってる。だけどこのままじゃ彼女が可哀想で……」
隆也はしばらく何も話さず、ただジョッキのビールを飲んでいた。
俺も何も言わず、ただ目の前の焼き鳥に手を伸ばす。
「祐樹、それは美咲のためじゃなくて、お前のためだろ」
突然の隆也の言葉。
言葉が喉の奥で詰まる。
苦いビールの味だけが、口の中にいつまでも残っていた。
外では蝉の声がまだ響いている。
まるで夏だけが、俺を置いていかないように思えた。
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