4。裕福獣1-6
現在時刻、十一四十二分。
海斗が行く分には構わないのだけど、僕は気まずくて家には上がれないだろうな、人の家とか上がったことないし挨拶の仕方もよくわかんないし、ましてや警察官なんて尚更だ、僕が世界で一番大嫌いな役職。警察と聞くとアイツの顔が出てくる、雪を奪ったあの警官の顔が。一歩間違えたら暴言を言ってしまいそうで。
「楽しんできてね」
「何言ってんだ?お前も行くんだよ」
「気まずいよ」
「気にすんな俺がついてるから、」
そう言う問題じゃないんだけどな、断っても下がってくれないの結構腹立つ、と言っても口には出さないけどさ。
「わかった」
とりあえず愛想笑いを並べてはべらかしておく。
「よし、そう来なくっちゃ」
そう歩いてると、一軒家の隅が見えてきた、山の麓にある一軒家、庭の葉はかなり生い茂り手入れがあまり成されていないのがすぐにでもわかる、家が綺麗なのに勿体無いな。
以前までは綺麗だったのだろう、道具が見受けられる。車庫には一台の車が止まっており、青色のいかにも高さそうな車が停車している。
「ここ?」
「そうここ」
慣れた動きで海斗は玄関前まで行き扉をそっと開ける、鍵はかかっていなかった、すんなりと開いて静かに海斗は中へと入っていく。何と言うか、これが日常だったんだろうなと不思議な感じが胸にこびり付く。
「鍵開けっぱって結構不用心じゃない?」
「それな、まぁ警察官の家に入ってくる強盗とかそういないだろうし良いんじゃね?」
「まぁそっか、そうだね」
外観とは違い家の中はそこまで散らかっていない、靴は整頓されているし汚れもない、上げる点があるとすれば花瓶の花が枯れていることぐらいだろうか、それと少々埃が舞っている気がする。
僕は玄関で立ちすくみ、海斗の背中を見ているだけで歩こうとしない。やっぱり気まずい、外に出たい。
海斗はリビングの扉をガチャっと何くわぬ顔で開けてその先にいるであろう海斗の父に「ただいま」と虚ながらな目で答えている、その横顔を何食わぬ顔で僕はひたすら静かに眼に映す。
「なんで帰ってきた」と籠った声が微かに聞こえて来て背筋がふらついてしまう、嫌だ。大人の声だ。
「風呂入りに来た」
「勝手に敷居を跨ぐとは良い度胸してんじゃねーか、海斗。」
「自分家だろここ、勝手に帰ってきて何が悪いんだよ」
「俺はお前を追い出したんだよ忘れんな。お前に帰ってくる場所なんてない。さっさと出て行け」
僕の嫌いな人種だ。確実な喧嘩に、海斗もすごいよなんでこうもズカズカと親に言い合えるんだ。もう脚がすくんで動かない、仲裁しにいくにも僕が入って何になるノイズにしかならない。
「酒、飲み過ぎだよ」
「誰のせいだと思ってんだ碌でなし」
碌でなしって、自分と血の繋がった家族になんて事言うんだ。やっぱり警察は苦手だ、我が強すぎる。
「お前自分の息子に碌でなしとか言う?普通さ……香、来いよ」
ここで僕に話が振られるのか。と思わずビクッとなり咄嗟に声を出す。
「あっ……っえ。うん。」
靴を脱いで海斗の隣へ行く、扉の隙間からリビングの様子を覗き込むと海斗の父親らしき人と目が合った。顔は少し赤らめていて窶れている空いた缶の数々から酔っ払っているのだろうと一目で分かる。
「誰だお前」
「っ……」
言葉選びに時間を食っている。何を発せば相手の気を逆撫でせずに話せる。数秒がものすごく長く感じる、視線が痛い、辛い。怖い。
そう慌てふためいている僕を海斗が察したのが「俺の友達だよ」とフォローしてくれた、気が利くいい奴だ彼は。
「海斗の知り合いか、碌なヤツじゃないんだろうな、身形からして出来損ないなのが見てわかる」
合ってるけど腹の蟲が苛立ちを物申してしまう。言い方がキツすぎやしないかなこの人。
「香、ちょっと待ってろ」
海斗はドタドタと大きな足音を立てながらキッチンに向かっていく。物音から何かを探しているんだろうか。海斗の父親はあいも変わらず酒を飲んでる。つまみもなく、テレビもつけず。ただひたすらに酒を飲んで飲んで飲んでいる。アルコールの特有の匂いが家中に充満してる。
そして海斗は右手に何かを隠しながら僕の方へ戻ってきた。
「香、見てろよ」
「え、なに?」
海斗は顔色変えず、父親の方へ向かい話しかける。
僕は驚愕していた。背中に回して隠していた右手には”包丁”があったから。最悪な情景が目に浮かんでしまった、いや家族だ。家族にそんなことするはずがない。だが剰え状況が物語っている。偶然と考えついた考えが少しずつ必然に変わりつつある。
そして空想は現実になる。
「父ちゃん」
「あぁ?」
「おやすみ」
音もなく喉に包丁が刺さった。




